Epi114 妹の面接結果や如何に
旦那様と奥様が来ると緊張感マックスだな。俺も当初は緊張したけど、今はまあ、それなりに、って感じはある。葉月と一緒だと緊張感が無くなるけど。
それにしても、三人とも起立し迎え入れてるし。ぎこちない動きで深々と頭を下げて「そんなに畏まらないでください」と奥様に言われてる。
でだ、旦那様より。
「紹介してもらえるかな?」
と言われ、親父から順に紹介していく。
妹の番になると、なにやら質問があるようだ。
「事務職と窺ってますが、簿記は保有していますか?」
「あ、えっと二級ですけど」
「それは優秀ですね。合格率が低いですからね。他には?」
「電子会計実務検定二級です」
実務経験が二年近くあって、即戦力として期待できそうだとか言ってる。まさか妹が資格を複数所有しているとは。まじめに頑張ってきたんだな。
奥様も感心してるし。なんかやっぱ俺って誰と比較しても味噌っかす。
俺の保有資格って車と船舶だけ。なんかすごく劣等感。
「それでは明日の面接で」
「はい。よろしくお願いします」
部屋を出る際に旦那様が「妹さんも優秀だね。君にも期待してるよ」だって。俺に期待してもなんもないぞ。ボンクラが服着て歩いてるだけだし。妹にすら負けてるじゃねえか。
旦那様が部屋をあとにすると、一斉に安堵した感じの家族が居る。
「いやー緊張した」
「なんかオーラがすごい」
「存在感がすごくて」
まあすごい人なのは確かだ。そのすごい人の娘は変態だけどな。どこでどう間違えたのか、とんでもない変態娘に仕上がってるし。
葉月を見ると「緊張しすぎ」とか言ってる。そりゃ葉月にしてみりゃ親でしかない。それでも大奥様の前では緊張してるだろ。旦那様の強化バージョンだな。大奥様は俺も怖いと思うくらいだし。口答えなんて一切許さんって、そんな雰囲気が漂ってる。
食事が済み、ちびちび酒を飲んでいた親父だが、そろそろ風呂に入って休みたいと。
「直輝。たまには背中を流し合わないか?」
「要らん」
「素っ気ないなあ。あ、そうか、お嬢様と一緒に入るんだっけか」
「入りたくないけどな」
羨ましいとか言ってんじゃねえ。毎日搾り取られてみろ、干からびてぐうの音も出ないぞ。一番使いたい相手を前に、役立たずになったらどうしてくれる。白髪も混ざってるし。きっと親父より老けたぞ。股間だけは。
家族はそれぞれのんびり過ごす、ってことで俺と葉月は部屋に戻る。
花奈さんにはもちろん、あいさつしておく。葉月が邪魔してたが押し退けて「また明日お願いします」と。
「ドライバーも兼ねてるので、明日はずっと一緒ですね」
この言葉で嬉しくなるけど、葉月も一緒なんだよ。引っ付き虫だな。
翌日九時には別館をあとにし、東京観光第一弾として浅草へ。
案内は葉月よりも花奈さんの方がよくできてた。やっぱり違う。自分の足で見て回ってるだけはあるし、いろいろよく知ってる。観光ガイドも務まりそうだ。
スカイツリーで感動して大騒ぎ。浅草寺では人の多さにびっくり。下町散策を満喫して夕方には屋敷に戻ってくる。
「花奈さん。お疲れ様です」
さすがに運転だけじゃなく、ガイドも兼ねると疲れてそうだ。今夜はねぎらってあげたいけど、葉月がなあ。
このあと晩飯の支度まであるんだから、花奈さんの負担が、と思ったら諸岡さんが来た。
「晩餐の準備は私が行います。中条は明日のために休息を取りなさい」
「はい。畏まりました」
「諸岡さんが作るんですか?」
「不満ですか? 実力はご存じのはずですが?」
じゃなくて、いいのかなって。旦那様とか奥様を放置で。
「旦那様より命じられていますからね」
そうか。花奈さんの疲労も考慮したと。細かい所をよく見てるなあ。
まあ、諸岡さんなら一切合切お任せできる。ミスのひとつもないんだから、どこまでも完璧なメイドだ。ベテランの域を超えてるだろ。
その後、前日を上回る料理が並び、ご機嫌な家族が居た。それと同時に諸岡さんの立ち居振る舞いや、その腕前に驚く家族だった。
「なんかすごいのが居るんだな」
「若い頃からずっと仕えてるって」
「兄ちゃん。あの人が」
「そうだ。諸岡さん、メイド長だからめちゃ厳しいぞ」
少し怯んだな。少々強面だけど、実は化粧次第で美人になる。
「その代わり、完璧なメイドを育て上げるからな」
「なんか、務まるか心配になってきた」
葉月がさらに追い打ち掛けてるし。
「怖いよー。もう鬼だよ鬼。できないと拳の雨霰だし」
「アホか。そこまで怖くないだろ」
「あたしも幼い頃、散々諸岡に仕込まれた。泣いてもぜんぜん通じない」
「それは葉月が変態だからだ」
違うとか言ってるが、どうせ文句ばっかだったんだろ。だから叱られると。
葉月の言葉でかなり引いたみたいだな。俺は実際には知らんけど。花奈さんが教育担当だったから、実に緩く楽しく研修できた。
そして、妹の面接になり応接室へと連れて行く。
一応、この日のために一張羅を着てる。必要無いと思うんだが。俺なんて、格安のスーツだったんだし。
「兄ちゃん。大丈夫かな?」
「期待してるそうだから、まず受かるんじゃないのか?」
「そう?」
「面接よりその後の方が大変だろうよ」
諸岡さんが教育係になったらだけど。もし花奈さんなら、そこまで厳しくないだろう。
応接室の前でノックをして入室させる。俺はここまで。終わったらまた別館に連れて行くから、この場で待機はしてるけど。
暫し待つこと三十分程。
妹が出てきた。その後ろに旦那様も居る。
「向後君。妹さんだけど採用するから」
「あ、はい」
「それで、今の職場の退職手続きに引っ越しもあるから、二か月後にまた来てもらう」
「畏まりました」
妹には諸岡さんが担当している経理を任せるそうだ。やっぱそうなるよな。実務経験あって資格もあるし。
当然だけど教育係は諸岡さん。引継ぎもあるからだそうだ。でも、そうなると諸岡さんの仕事を奪う感じだけど。
「諸岡には別の仕事を任せるからね」
「そうなんですか」
俺に関係することらしい。何させる気だ?
旦那様はそのまま自室に向かい、妹を別館に連れて行く。
「緊張したか?」
「すごいした」
「上手くアピールできたんだろ」
「わかんないけど、兄ちゃんの妹だからって採用決定してたって」
なんだそれ。俺基準? 使えない筆頭だろ。それでなんで妹を。
まあでも、俺よりは使えるって判断もあるか。
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