Epi112 別館への案内と宿泊

 葉月の奴、バラしやがった。

 添い寝。いや、すでに添い寝どころじゃない。最後の一線を超えないだけで、くんずほぐれつを繰り返す。最近いくらシーツを交換し、布団カバーを交換し、なおかつ乾燥させてファブっても、妙な臭いが漂うんだよ。いい香りだ、と抜かす変態が居るけどな。あれは俺と葉月の汗と汁が染み込んでるんだろう。

 全部交換した方がいい。


「あと、ち――」

「いい加減にしろ」

「むー!」

「仲いいね」


 仲がいいんじゃない。喋らせると全部暴露しやがる。だから口を塞いだだけだ。

 花奈さんを見ると、なあ、運転大丈夫か? ルームミラー越しに俺を見て、項垂れること数回。なんか言いたそうだし。

 そんな状態のまま屋敷に到着した。


「ホテルは?」

「ここ?」

「森の中にあるの?」


 高い塀に囲まれてあげく周囲には木々が茂る。外から建物は見えないからな。

 リモコンで門を開けると中に入る。

 感心する声がするが「ホテルじゃないの?」と。


「曽我部の屋敷だ」

「え?」

「なんで?」

「泊まるのどこ?」


 まあ疑問を抱くのも当然か。説明して無かったし。

 車はそのまま別館の前に。車寄せに停車させると下車するよう促しておく。

 三人とも下車すると建物に圧倒されてるようだ。俺もだったな。屋敷には圧倒された。同じ人間が住む環境が、こうも違うのかと。


「直輝。説明が無かった」

「忘れてた」


 葉月が俺の手を引いて「さっさと案内したら」と。


「じゃあ部屋に案内するから」


 荷物は俺と花奈さんが持って、宿泊予定の部屋まで先導する。

 中に入ると口が開いたままの家族が居るし。なんか情けないから口は閉じろ。

 部屋の前に着くと、部屋割りはどうするか聞いてみる。


「俺と母さんは同じ部屋でいい」

「あたしは……部屋どうなってるか見ていい?」

「見りゃいいだろ」


 おずおずとドアを開けると「ひとりだと怖い」とか抜かしやがった。つまりだ、部屋が広すぎるのと、装飾過多がゆえに怯んでるようだ。

 まあ、所謂アールデコ様式だしなあ。重厚感もあるし。


「ここじゃそれが普通だ」

「普通って……なんか落ち着けないって言うか」

「ベッド、各部屋にふたつなんだよ」

「にぃ……ひとりは怖い」


 仕方ないってことでベッドを移動することに。このベッド、めちゃ重いんだよ。アンティーク調だからか、過剰な装飾が施されてるし。マットレスにしてもダブルだし。ひとりじゃどうにもならん。

 で、親父を使い一緒に移動することに。


「腰が砕けそうだぞ、直輝」

「我慢しろ。妹が安心して寝られるようにするんだからな」

「お前、いつの間に妹想いに」

「せっかくの旅行だからな。リラックスして欲しいだろ」


 幸い部屋のドアはでかい。ヘッドボードだけ外しておけば、無理なく室内に設置できた。

 椅子も二脚しかない。ソファはあるけど、どうせだからと一脚持ってこさせた。


「直輝さん」


 花奈さんから声が掛かった。


「建物内のご案内も必要でしょう」

「ああそうだ。じゃあ、どうしよう? 俺がやっておくから、ベッドメイクだけ頼めるかな?」

「ではそのように」

「直輝。あたしが案内してあげる」


 葉月は自室にでも籠ってて欲しい。と思っても結局ついて来やがる。ついでに各部屋とかトイレだのバスルームだの、全部説明して回ってるし。まあ別館とは言え自分の家だ。細かい所までわかってるよな。


「食事はここのダイニングを使うから」


 給仕は花奈さんがするらしい。なんか悪い気がするけど、任せてくださいねと言われては。

 一旦部屋をあとにし「用があれば呼び出してくださいね」と。どこに行くのかと思ったら、別館のキッチンで食事の支度だとか。仕込みは屋敷のキッチンで、シェフが済ませてるそうだ。


「あたしも一緒でいい?」

「葉月は自分の家族」

「なんで? 直輝の家族と一緒がいいんだけど」


 取り入る気満々だな。

 食事までは部屋で寛いでいてくれと、言っておく。

 それと。


「美沙樹は面接あるだろ。履歴書持ってきたか?」

「あ、持ってきた」

「明日の晩飯以降に時間をもらったから、その時に面接するって」

「わかったけど、どこで?」


 屋敷の応接室でやるだろうから、明日にでも案内すると言っておいた。

 それにしても部屋で寛ぎきれない面々だな。あちこち見てはうろうろ。ちっとも落ち着かねえ。


「なあ、直輝はずいぶん慣れてんなあ」

「さすがに一年近く居るんだ。いい加減慣れる」

「兄ちゃん。明日の予定は?」

「一応浅草辺り行こうかと思ってる」


 浅草寺やスカイツリーで充分だろ。


「明後日は?」

「新宿か渋谷か恵比寿、あとは上野公園とか」

「麻布とか六本木とかは?」

「そんなとこ行っても面白くないぞ」


 葉月が案内するとか言ってる。都内のことは任せろとか。いいのか? 歩いて移動したこと無いだろ。まあどうせ車で移動するだろうけど。

 誰が運転するんだよ。俺だって詳しくないのに。


「中条が運転手だから」

「花奈さんに?」

「四日間、メイドとして仕えるから、直輝も一緒に楽しむんだよ」


 そう言えばそうか。なんか、花奈さんに悪い気がする。どうせなら一緒に楽しみたかった。あ、でもあれか、案内中は一緒に居ればいいんだよ。葉月はこの際放置だ。

 家族と一緒に移動させておけばいい。


「直輝はどこで寝るんだ?」

「車の中で言ってたぞ」

「お嬢様の部屋?」

「そうだよ。言っておくが添い寝だからな」


 如何わしいことは、たくさんしてるけど。最後の一線は死守してるし。


「羨ましい。可愛い子と添い寝……もう、いろいろあれか?」

「余計なこと聞くな」

「してますよ。毎晩、直輝のち――」

「アホか。いちいち言うな」


 すぐにポロッと零しそうになりやがる。


「兄ちゃん、そういう関係なんだ」

「なんだそれ」

「男女の仲」

「直輝とは結婚するから励むんですよ」


 違う。しないっての。いやまだわからんけど。花奈さんが本命なんだけど、葉月にも少しは希望を持たせてるってだけだ。

 いちいち面倒な。


「あ、そうだ。飲み物とかいるか?」

「緊張して喉乾いてた」

「じゃあ持って来る」

「直輝。それは中条の仕事だから」


 そんなんでいちいち花奈さんを使えるかっての。

 キッチンに居るなら少しは話もできそうだ。


「直輝。浮気?」

「違う。葉月と結婚すると決めたわけじゃない」

「中条は二号だってば」

「勝手に二号にするな」


 とりあえず持ってくると言って部屋をあとにする。

 葉月は家族と話しでもしてろと。

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