Epi111 どっちがいい人なのか

 北ウィング到着ロビーで待つこと暫し。

 昼飯はこのロビーにある立ち食い蕎麦でいいかとなってる。安価だし、いきなり高級な店に連れて行っても、胃がびっくりして受け付けないだろ。ついでに緊張するだけで味もわからんからな。


「食べたこと無いし入ったことも無い。ちょっと興味ある」


 葉月はそうだろうよ。庶民が利用する店、すべて未体験だろうから。

 興味本位で入る店じゃないけどな。


 挙動不審な男女三人。買ってやったコートを着てるから、すぐにこっちは気付いたけど。ゲートを抜けて辺りを見回して実に滑稽だ。俺を見付けると安堵したのか、足早に駆け寄ってくるし。両隣に居る存在には気付かんのか?

 とびっきりの女性が居るんだけどな。主に花奈さんだけど。見た目だけなら葉月も負けちゃあいない。中身は弩級変態。


「直輝!」

「兄ちゃん」


 キャリーバッグを転がしながら、母ちゃんと妹が声掛けてるし。その後ろに親父が居るな。


「あの方がご家族ですか?」

「そう。まあ見苦しいのは我慢して欲しい」

「あの子が妹。ふーん」

「なんだその感想は? 普通だと言ったぞ」


 でだ、ふたりに気付いたようだな。


「兄ちゃん、その人たちって」

「直輝。この人たちは?」

「なんだ、直輝。どっちがいい人なんだ?」


 まずはあいさつだろ。育ちが悪いとこれだから。まあ俺も一緒だけどな。

 立ち止まると、しげしげとふたりの顔を見る妹が居る。


「どっち?」

「どっち、じゃねえよ。まずはあいさつしろ」

「あ、そうだったね」


 で、自己紹介を兼ねてふたりにあいさつする家族だ。それに呼応するようにあいさつする花奈さんと葉月が居る。ふたりとも実にきちんとした礼をするのに。

 うちの家族と言えば、頭だけ軽く下げて。


「向後由樹子です。直輝の母です。息子が大変お世話になって」

「あ、えっと妹の美沙樹です。兄が世話になってます」

「向後直也と言います。息子のいい人を紹介するとかで」


 こいつら、雑なあいさつしやがって。葉月も花奈さんも気にしてない風だけど。礼儀作法ができて無いなと思われてないか。


「で、どっち?」

「お前なあ」


 妹はアホだ。興味があるんだろうけど、あいにく本命は花奈さん、ダークホースが葉月だ。言う気は無いけど。まあ、あとで言っておけばいいか。ここで説明するのも面倒だし。妙な誤解を生じるだけだろうし。


「なあ、直輝。どっちもえらい別嬪さんだな」

「親父、品が無いと笑われるぞ」

「いや、だってさあ。なかなか居ないだろ? こんな別嬪さん」


 恥ずかしい。ああ、俺も金持ちに染まってきてるんだ。以前なら親父や妹と同じ反応しただろうに。すっかりセレブの仲間入りとか。いかんな。ずっと素朴であるべきだからな。

 とりあえず腹が減って無いか尋ねると、当然の答えが返ってくるわけだ。


「立ち食い蕎麦でいいか?」

「構わんぞ」

「なんかお腹に入れておきたいから」

「お腹空いたからなんでもいいよ」


 ゲートの向かい側にある蕎麦屋に入る。この店って、立ち食い蕎麦屋とラーメンとか定食屋のふたつに別れてるのか。まあ、立ち食いってことで。券売機でそれぞれ食いたいものを選び、食券を厨房に居る店員に渡す。うちの家族と花奈さんは要領を理解してる。さっさとカウンターで食い始めようとするけど。


「兄ちゃん、あの人」

「ああそうだった」


 セレブすぎて買ったこともないんだ。花奈さんは一般の人だから、問題無く買ってうちの家族と同じようにしてる。


「葉月」

「あ、これ」

「食いたいものは決まってるのか?」

「よくわかんない」


 蕎麦かうどんか、まず選べと言うと蕎麦を選んだようで、次にトッピングは何がいいのかと。


「天ぷら?」

「じゃあ海老天蕎麦でいいか?」

「うん」


 食券が出てきても取ろうとしない。セルフにはとことん慣れて無いな。仕方なく食券を取り簡単に説明して、やっと蕎麦を食える状態になった。


「兄ちゃん。もしかして」

「そうだよ。筋金入りのお嬢様だからな」

「すごいね。食券買えない人って始めて見た」

「だろうよ。電車の切符も買えなかったぞ」


 簡単に昼飯を済ませると、車で屋敷まで乗せて行くということで、エレベーターを使い三階へ上がり、P2駐車場へと移動する。

 花奈さんが車を回すということで、暫し待つと家族がなあ。


「ベンツ……」

「ひゃあー。金あるなあ」

「高そう」


 その感想はどうかと思う。まあ、うちは車すら維持できない程度に貧乏だったし。北海道で車無しの生活はきついんだっての。

 不便極まりない生活してたんだよな。今の俺には耐えられないな。すっかり贅沢が普通になってる。


「ほれ、さっさと乗れ。一番後ろの席だ」


 二列目のシートを倒し乗りやすくしておく。荷物はバックドアを開けて全部積み込んでおいた。

 のそのそ乗り込む三人。シートを戻し葉月を乗せて俺も乗り込み、ドアを閉じるとやっと出発だ。

 向かい合わせになるよう、シートを動かしてある。


「えっと、曽我部のお嬢さんだっけ?」

「葉月です。葉月ちゃんと呼んでくださいね」

「葉月ちゃん……可愛いなあ」

「直輝さんに言ってください。ぜんぜん可愛いって言ってくれないので」


 親父、アホだろ。なにが葉月ちゃんだ。歳を考えろっての。


「兄ちゃんのいい人って、結局、どっちなの?」

「それはだな、あとで話す」

「いい人って、直輝さんはどう説明したの?」

「あ、いや。だからさ」


 葉月の奴、ああ面倒臭い。葉月じゃ無いってのは確かだ。


「わかってるだろ」

「ふーん。あたしじゃないんだ」

「だからさあ」

「中条は二号だからね」


 二号じゃねえっての。視線を花奈さんに向けると、少し凹んだ感じがする。気のせいかもしれないけど。

 あと、俺と葉月の会話に不思議そうな表情をする家族だ。


「兄ちゃん。葉月ちゃんとどんな関係なの?」

「言ったはずだ。執事と主だって」

「でも、そうは見えない」

「結婚するから堅いのは無しにしてるんですよ」


 車内が騒々しい。花奈さんは撃沈している。あとでフォローしておこう。


「兄ちゃんのいい人って」

「違うぞ」

「でもねえ。堂々と公言してるでしょ」

「そうだよなあ。まさかこのお嬢様と」


 バカタレ。真に受けるな。曽我部の家になんて入って堪るか。

 屋敷に着くまで、ちょくちょく追及があった。葉月の奴も譲らんし。あげく。


「一緒に寝てます」


 このひと言で車内が実に騒々しい。


「もうそこまで」

「兄ちゃん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る