Epi109 お嬢さまの合格発表

「男女比は?」

「男性八割、女性二割くらいだったって」


 千六百人の男性から選ばれた。とはいえ上は六十近い人が居た。って考えると意外と少ない人数からしか選べてない。リストラで食うに困ったおっさんも居ただろうし。俺みたいに就職先が無くて、藁にも縋る思いで応募したのも居るんだろう。

 ボリュームゾーンは四十代かもしれん。葉月の相手としては年取り過ぎだな。


「俺くらいの年齢層って少なかったんじゃないのか?」

「三百人くらいだったかも」

「じゃあ、やっぱ少数から選んだんだ」

「なにが言いたいの?」


 その程度の人数だと選択肢としては少ないんじゃないのか。


「二十代前半で絞って募集したら、もっといい人が居たかもしれない」

「きりがない。どんだけ多く応募して集まっても、直輝がそこに居たら選んでた」

「無いだろ。もっと条件のいい奴とか、頭のいい奴、賢い奴、育ちのいい奴。いくらでも居るだろ」

「要らない。直輝以外は要らない」


 視野が狭くなってる、とも言えそうだけど。寂しさから適当に選んじゃったとか。

 とにかく誰か傍に居て欲しい、そんな状態だと失敗するだろうし。現に俺なんか選んだんだから、完全に失敗してると言えるぞ。


「ってことだけど」

「違う。何度も言ってる。直輝を見た瞬間溢れたって。自分の気持ちに嘘は無いし、偽ってたらこんなに愛せない」


 間違っていたとすれば、とっくに見限ってるとも。

 ここに来て十か月は経過した。さらに愛が深まりこそすれ、失敗だと思ったことは一度も無いそうだ。

 そして何より、俺が居ることで楽しくて仕方ないと。


「直輝、前に言ってた。どうせ飽きるって。でも飽きるどころか強まってる」


 確かに言った。すぐ飽きると。


「だから間違いじゃない。失敗でもない。あたしには直輝しか居ない」


 一途だな。変態の癖に。いや、変態だから一途ってのもあるのか。

 ああ、もしかして。

 もし、葉月の気持ちを認めてしまったら、素直に受け入れてしまう。そう思う自分が居る。

 認めたくなかった。愛されてるとは。常に間違いであればと思い続け、そう思うことで一線引くことができていた。これ、聞いたのは失敗だったか。


「直輝?」

「あ?」

「愛してる」

「いや、あのな」


 どうすりゃいい?

 これ、答えが出ないぞ。花奈さんと葉月。なんでこんなことに。


 残りいくらも無い状況の中で、どっちかを選ぶ必要があるのか。


「元気なくなってる」

「いや、それはだな」

「あたしの気持ちが重いのかな」

「それはない」


 重さなんて感じてない。むしろ葉月に愛されてると認めた瞬間、猛烈に葉月が愛しくなってくる。滅茶苦茶欲しい。そのすべてを。

 でも、それだと花奈さん。


「まあ、今はもう少し考えたい」

「なにを?」

「葉月の夫になるか否かだよ」

「なって欲しい」


 そりゃそうだろうよ。最初からその気だったんだろうし。旦那様も奥様もそれは認めてるし。

 マジかあ……。

 この悩みは当分尽きそうにない。

 難儀だなあ。


 合格発表も間近になるが、葉月の落ち着きようはなかなかのものだ。気にならんのか?

 今日も葉月の部屋で勉強中。なぜか葉月に英語を教えてもらってる。いや、英検一級レベルなら教えられるよな。下手な英語教諭なんかより、よっぽど詳しく教えてもらえるし、理解もしやすいし。

 ただなあ、自分の合格、気にならんのかって。


「もうすぐ合格発表だろ」

「うん」

「気にならない?」

「気にしても仕方ない」


 達観してるのか受かると確信してるのか。落ちた場合を想定してないのかもしれん。

 それにしても、やっぱりまっぱで隣に座ってるし。時々掴まされるし。握ってくるし。つい許しちゃう部分もあって、今ひとつ頭に入りきらん。


「葉月」

「なに?」

「服着てくれ」

「着ない」


 勉強に身が入らんのだよ。そこに甘い果実が転がってると。

 葉月の気持ちと、自分の想いに気付いた。そうなるとな、葉月を欲しいと思う自分が居る。それでまっぱは集中力を思いっきり削がれる。

 気になるし、やりてえ、と思うから。気付け、それに。


「集中できん」

「できる。できないなら出しちゃえばいい。すっきりするよ」

「出さない」

「全部吸い取ってもいいんだよ」


 葉月の言い分に従ってると自分が駄目になる。だからこそ、一定の線引きをして抗うー!


「おいこら!」

「元気」


 だからって取り出して吸うな!

 あかん。食われた。


 ちっとも抗えない状態って。心地よさもあるけど、葉月ってのがなあ。やっぱ望んでしまう自分が居るからだ。

 なんでこんなに愛らしいんだよ。もっと性格が悪かったら惚れたりしないのに。


 そして合格発表。

 別に大学まで見に行くわけじゃない。スマホで確認できるからな。


「そろそろだな」

「直輝が見てくれる?」

「なんで俺」

「怖いから」


 不安はあったようだ。そんな素振りは見せなかったけど、合否は気になってたんだよな。適当に誤魔化してたってわけだ。

 でだ、時間になってサイトにアクセスする。


「葉月」

「見た?」

「まだ」

「じらしてる」


 ソファに寝転がり、隣で背を向けて気にする様子の葉月がおもろい。

 合否の確認をしてみる。

 まあ、あれだ。


「あー」

「なに?」

「これは」

「直輝、はっきり言って」


 背を向ける葉月を抱き抱え、こっちを向かせると不安げな表情だ。


「直輝、ちゃんと教えて」

「えっとだな」

「だから!」

「合格だよ。おめでとう」


 一瞬、呆けていたが、理解したのか笑顔になって抱き着いてきやがる。

 なんか、可愛いぞ。


「これで一歩踏み出せた」

「これからだからな」

「頑張る。直輝と結婚するために」


 まあそうなるよな。そのために進路を考え決めたんだし。

 自分が曽我部に入って経営権を取得する。本来なら俺が、と言えればいいんだろうけど、とてもじゃないが無理だ。それは今も思う。

 葉月の方がやっぱ教育はしっかりしてる。旦那様や奥様の娘だよ。いざとなれば自分で動くだけの強い意志もある。俺とは段ちだよなあ。


「お祝いのキスとセックス」

「ねえぞ。キスくらいならしてやるけど」

「セックスは?」

「それは卒業してからだ」


 もう卒業も決まってる、大学も合格した、障害は無いはずだとか言ってるけど。誓約書には卒業後って書いてあるんだよ。

 そこは忠実に従う。最後の一線は俺も腹を括る必要があるし。

 曽我部に入る気が無いのは今も同じ。ただ、葉月を欲しいのも事実。


「まだ誓約書?」

「決まり事だからな」

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