Epi107 お嬢さまの大学受験

 一般と同じく共通テストを受けるならば、一月中旬には試験を受けなければならない。だが、葉月の場合はそれだと間に合わないと、昨年中に判断していたようだ。

 じゃあ、どんな方法でと思ったらTEAPスコア利用型、と言う奴で二月初旬の受験となるらしい。

 幸い英語検定試験は受けていた。しかも英語に関しては優秀な成績だったとか。英検レベルで一級とかなんとか。マジか。とてもそうは見えなかった。


「海外に友だち居るし遊びに行ってたし。パパもママも英語程度は必須だって言ってたし」


 だそうだ。

 グローバル企業ゆえに英語が使えないのは致命的。幼い頃から英語だけは仕込まれていたとか。ついでに第二外国語としてフランス語もだそうだ。さらにはドイツ語も少しと中国語もとか。なんだそれ。やっぱり家庭環境は大事だよな。

 はっきり言おう。俺は英語はからっきしだ。だからこその三流大学。金の掛る塾や予備校にも行けなかった。全て自力だ。夏期講習程度で二週間。それが限界。金が続かないのと大学に合格した場合、入学金や授業料が支払えなくなる。


 貧乏が恨めしい。とその時はどれだけ思ったか。世の中所詮、金だ。


「で、国語総合と数学か地歴、それだけ?」

「大学独自試験を受ければいいから」

「楽だな」

「だからだよ。共通で全科目だと間に合わないし」


 代わりに合格人数が限られているそうだ。二十五人とか。しかも思考型があって、記述式だから塗り潰せばいい、とは違う。

 結果、徹底指導を受けているわけだ。科目が絞られている分、対策もしやすいらしい。

 ちなみに大学の理念と高校の理念はほぼ共通。キリスト系だし。その点では相性はいいかもしれんな。


 田部さんの指導もあって、ほぼ合格圏内だと太鼓判を押された。

 三科目だけなら東大も合格できるとか。頑張ったんだな、葉月も。

 俺はと言えば。


「向後さんも覚えが良いので、もうひとつ増やしましょうか?」


 要らん。脳みそが沸騰したらどうしてくれる。


「ふたつで充分です」

「ふたつですか? どうせなのでよっつくらい」

「ふたつで充分ですって」

「英語もやっておきましょうよ」


 増やそうとするし。「No four. Two,two,four」とか「And noodle」じゃねえっての。どこのデッカードさんだよ。

 腹じゃなくて頭がパンクするっての。


「経営者になる気は無いからな」

「お嬢様が望んでますよ」

「花奈さんが居るから葉月は無い」

「おいたわしや、お嬢様。最愛の恋人にその気が無いなんて」


 妙な泣き真似するなっての。恋人じゃねえし。勝手に思われてるだけで。

 ただ、今後のことを考えると、英語もできた方がいいのは確かだ。むしろ経営学より先に英語じゃねえのか? 就職先の間口が広がるし。

 ああそうか。就活全滅って今どき英語が駄目だからだ。


 とりあえず、今は田部さんのカリキュラムに従い、余裕ができたら英語も学んでおこう。


 こんな風にふたりとも指導され、葉月はいよいよ受験となった。

 受験当日の朝。少しは緊張してるのかと思いきや。


「まだ寝てやがる」


 爆睡してるし。

 昨日は早めに寝ろよ、と言って寝かせたが緊張して眠れなかったのか? いや、すぐに寝息を立ててたし。試しに頭撫でてみたり、頬を撫でてみたり。起きてる気配は無かった。愛らしい寝顔はマジでいいんだがなあ。キスしたくなるし。


「葉月。起きろ」


 無反応。

 鼻を摘まんで起こすと怒るからな。体を揺すってみるが。


「起きねえ」


 やっぱ駄目じゃねえか。優しくキスして、とか絶対起きるわけが無いな。

 仕方ない。やっぱ鼻と口を塞いで。

 もがきながらも起きたようだ。


「直輝。優しいキスって言ったでしょ!」

「起きねえじゃん」

「気持ちが籠って無いから」


 それはあるか。いや、気持ちの問題じゃない。そもそも寝坊助だ。

 起きてもらったところで、まあ、いつものことだけど。まっぱだから下着を身に着けるが、その際に必ず下垂したブツを堪能させられ、しっかり収めるとパンツを穿かせる。穿く際に両手を俺の肩に乗せてる。で、ついでに片足を俺の肩に。


「穿けねえだろ」

「見せてるから」

「そんな時間は無い」

「時間は作るんだよ」


 寝言ぶっこきやがって。作る邪魔をしてると自覚しろ。

 身支度を整えて朝食を済ませると、試験会場まで送り届ける。奥様と田部さんが見送りに出てきてた。軽くひと言かけていたが、あまり余計なことは言わないようだ。


 車に乗り込み会場へ向かうが。


「緊張……してる感じは無いな」

「してるよ」

「どこが?」

「ほら、手が震えてる。あ、これはね、直輝を握って無いからだけど」


 勉強漬けでにぎにぎが不足してるとか。アホか。


「口も寂しいんだって」

「知らん」

「あとね。ここも」

「そこは永久に無いぞ」


 卒業したらって言ったとか、喚いてるが知らん。

 受験が終わったら、まずは濃厚な奴を、とか抜かしてるし。まず合格しなきゃ話にならんだろ。少しは緊張感を持てっての。


 試験会場、即ち大学に着くと葉月を降ろし、終わる頃に迎えに来ると伝えておく。

 後姿に緊張感無し。あくびしてるし。神経の図太さは国宝級かもしれん。それでも繊細な部分もしっかりあるんだよな。まあ、可愛い奴だ。


 テストが終わる頃合いを見計らって屋敷を出る。

 いつもの場所で待つこと暫し。バックミラーに姿が見えた。堂々と向かってきてるから、手応えはあったんだろう。

 車から降りて出迎えると開口一番「疲れたから直輝の一本」とか、じゃねえっての。

 なんだよ一本って。

 車に乗せると俺を見て「たぶん合格できる」とか言ってるし。


「ミスとかは?」

「たぶん無いと思う」

「まあ、もともと優秀だったんだろうよ」

「うん。直輝とするとね、頭が冴えるから」


 そんなわけねえ。


「春から大学生か」

「やり放題。入れ放題」

「ねえぞ」

「我慢してきた」


 そうだろうけど、放題は無いんだっての。際限無いだろ、葉月の場合は。


「生でもいいんだよ」

「絶対ない」

「なんで? 直輝の子ども欲しいな」

「い、や、だ」


 そこまで拒絶しなくても、と涙目になってるし。どんだけ期待してるんだよ。

 これじゃあ、やらざるを得ないだろ。


「生はともかく、一度は相手してやるから泣くな」

「一度じゃなくて放題」


 あかん。朝から晩まで食らい尽されそうだ。

 いよいよ俺にとっての審判の日が迫ってくる。花奈さん一択とは言え、どう転ぶのかは不明だ。

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