Epi106 小寒の折、お嬢は忙しい

 結局、葉月は国立大受験を諦めたようで、私立大を受験するようだ。

 まあ、行くのはどこでもいい。何をやるかが大切だと、今になって俺も思うわけで。


「で、経営学?」

「そう。偏差値高いんだよね」

「そうか。俺は頼れないからな」

「前も言ってたよね」


 三流大学レベルで葉月の指導なんて不可能。何をやってるかすら理解できん。そもそも、バイト三昧で頭は空っぽだ。Fラン卒とアホさ加減で争えるぞ。自慢じゃないが。

 葉月が経営なり経済を学ぶ気になったのは、俺が曽我部を継ぐ意思が無いからだ。

 ならば自ら継げる立場になり、俺と結婚するのだと息巻いてる。


「簡単じゃ無いだろ」

「だからって諦めたらそこで終わり」

「そうだけど」


 曽我部の企業を継ぐということ。旦那様は静観の構えだが、まずはやってみろということだろう。やらずに後悔するならやって後悔しろとも。


「継いでからだと結婚が二十年後とか」

「五年以内に幹部候補になる」

「無茶な」

「無茶でもやるしかない。どんなに遅くても三十前に結果を出す」


 本気になったらしい。何がそうさせるのかは知らん。ただ、時間を掛けると俺が老け込む。ジジイになった俺じゃあ意味が無いとかで、早期に結婚できるよう、今頑張るのだそうだ。

 けどなあ。ベッドの枕元に例のこけし。電動化を果たした、命名、珍子ちゃんは、葉月が時々肩のマッサージに使ったりも。

 先日、それを俺に使われた。思わず漏れそうになったな。葉月の奴、マジで面白がりやがって。


 朝、学校に送り届けると、すでに待っていたふたりが居る。なんか久しぶりな気も。


「直輝たん。受験が終わったら一発」

「無いぞ」

「あの、向後さん。私には?」

「いや、あのね……」


 香央梨は葉月ばりに一発とか抜かすし。美桜ちゃんもなんか積極的だし。


「そう言えば新しい玩具を入手したそうですね」

「曽我部さんから聞きました。振動するとか」

「おい葉月」

「なに? ふたりにも使ってみればいいじゃん」


 とりあえず受験が終わって落ち着いたら、また招くからガンガンよがらせればいいと。

 アホだ。つくづくアホだ。今は真剣に受験に取り組んでいるから、さしもの葉月も大人しいが、終わったら暴れるのが目に見えるな。

 なにかしら対策を講じた方がいいかもしれん。


 葉月の登校日もこれからは減る。

 でも、俺が居ても役に立たん。代わりに家庭教師を雇ったようだ。いや正確には。


「えっと、家庭教師?」

「そうです。田部たなべと申します。あまり会話が無かったので、これを機に向後さんともお近付きに」

「いやあの」


 メイドの田部さんが、かてきょ?

 どういうこと? と思って尋ねると、なんと東大卒のインテリ。しかも経済学部だそうで。なんでそんな人がメイドやってるのさ。


「それがですね、卒業したはいいのですが、就職先が決まらずでして。あ、決して採用されなかったわけでは無いのです。どこを受けてもしっくりこなくて、丁度、曽我部でメイド募集をしていましてね」


 現在三十一歳。独身。大概の男はアホに見えてしまうがゆえ、婚期を逃しそうだとか。旦那様を称賛するも相手にされず。そりゃそうだろ。

 大旦那様は年食いすぎだとか。ただ言い寄られたことがあるとか。ジジイ。旺盛だな。


「向後さん。有望株なのですよね」

「気のせいです。俺はただのアホの極みですから」

「お嬢様が惚れ込んだ。旦那様も見込みがあると。ならば間違いなく有望ですよ」


 ただ、目標なり方向性が定まっていない。だから知識も半端なのだとか。花奈さんとの結婚を視野に入れても、自分がどうなりたいか、それが無い。無いから必要な勉強もわからない。


「経営学を学んでみると良いと思いますよ」


 ついでに教えてくれるらしい。


「でも、俺じゃ」

「大丈夫です。私が教えるのですから。あれよあれよという間に身に付きますよ」


 自信たっぷりだな。さすがは東大卒と言えばいいのか。

 葉月には受験対策。俺には経営学だそうだ。ふたり同時面倒見ることができると、その柔らかそうな胸を張って、ぶるんと震わせ「お任せくださいね」と。


「たまにはお触りも良いのですよ」

「いえ、結構です」

「聞きしに勝る堅さなのですね」


 それでも葉月を筆頭に、花奈さんとは繋がり、青沼さん、倉岡もお触りしてるじゃないかと。


「三十路を知っておくのも勉強ですよ」


 なんだそれ。

 接点が増えるから、いくらでもチャンスはあるとか抜かしてやがる。以前見た時は確かに良く揺れていたけど、あれを、か。

 いやいや、俺には花奈さんが居る。他は……葉月も変態を除けばいいんだよなあ。


 葉月の登校日以外は田部さんが、しっかり指導して、ついでに俺も勉強してる。


「直輝。経営学勉強してるんだ」

「なんかやっておけってことだろ」

「そのまま継げばいいのに」

「不可能だ。そんな才能は微塵も無い」


 頑なに拒んでるから頭に入らないとか言ってる。受け入れるつもりで勉強すれば、必ずモノになるはずとも。

 人には向き不向きがある。俺程度には執事が精一杯だろ。


 ところがだ。


「向後さん。要領いいですよね。思った以上に吸収が早いです」

「そうですか?」

「びっくりです。地頭の良さはありますね」


 褒められてる。これはあれか、褒めて伸ばすとか。そういった教育法もあるからなあ。お前はバカだ、と言われ続けるより、よくできました、と言われた方が伸びる。

 理解が及ばないところも、懇切丁寧に説明されて徐々にわかるように。


「直輝。経営者」

「やらん」

「やってあたしと結婚」


 葉月とは無い。花奈さん一択。揺るがないぞ。


「向後さん。進捗度合いが早いので、もうひとつ追加しましょうね」

「はい?」

「帝王学も少し。相応しい存在に至れますよ」

「至らなくていいんですけど」


 勿体ないから、とりあえず学んでおけと。当主に相応しい存在とはなにか。心構えや立ち居振る舞いまで仕込んでやるとか。

 要らんっての。花奈さんを相手に当主を気取る必要無いし。所詮はただの夫だし。

 そんな抵抗も無意味だった。

 ついでに葉月が風呂に入る際に、田部さんまで連れ込みやがって。三十路の体をだな、あれだ、楽しんでしまった俺って……。


「向後さん。テクニックありますよね」

「連日葉月を相手にしてたし」


 花奈さんとも時々。花奈さん直伝ってのも大きいだろうな。


「直輝。あたしにも」

「いつもじゃねえか」

「入れるんだってば」

「それはねえぞ」

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