Epi102 休暇を終えてUターン
妹の要望は却下。
家には毎月十万円の仕送り。来月は遊びに来るのと、花奈さんにあいさつするってことで、俺がいくらか旅費を持つ。出費が増えるがまあいい。
「日程が決まったら、こっちでホテルだの航空機だの、全部手配しておく」
「お任せでいいの?」
「そういう仕事をしている。だから問題無い」
「なんか、逞しくなったね」
執事本来の仕事だ。最近はすっかり葉月の恋人役だけどな。執事らしいことなんて全然してねえ。
いずれ大旦那様に付けば、秘書の仕事を叩き込まれるんだろう。
一週間滞在していたが、日中家族が家に居ることがほぼ無い。つまりだ、昼間は暇を持て余す。この家に車は無いし近所に娯楽施設も無い。見渡す限り雪に覆われた白銀世界。駅前に多少店はあるが、食い物屋だの個人商店ばっかりだし。
妹だけが四日からの仕事で三が日休み。
已む無く妹を連れてデート、ではなくぶらっと出歩いた。
「兄ちゃんじゃなあ」
「俺もそう思うぞ。なんの因果か妹となんて」
これが花奈さんだったら最高なんだがなあ。よりによって妹となんて、実につまらん。
自宅からバスを待つと移動に制限が掛かる。結果、ハイヤーを手配し函館本線、滝川駅まで行き、そこから札幌まで特急で移動した。
「兄ちゃん、金遣い荒い」
「時間に制約があるんだから仕方ない」
「金持ちになったんだね」
「そうでもない。普段使わないんだから、このくらいはありだ」
田舎者にとって札幌は都会だ。手持ちの資金が心許なくなり、銀行で現金を引き出し財布へ。財布が嵩張る。葉月用の金は置いてくればよかった。
札幌のパセオで服の一着くらい買ってやる、と言ったら歓喜してやがるし。
およそ二時間、引き摺り回された。
「兄ちゃん! 妹への愛情、確かに受け取った」
「愛情は無い。付き合わせたから手間賃だ」
「こんな高級品。でも着るとこない」
「それで高級品か。葉月のコート、百二十万だったぞ」
葉月って誰、となった。思わずいつもの癖で話したが、知らないんだよな。
「曽我部のお嬢様だよ」
「お嬢様。百二十万……」
「ま、住む世界が違いすぎる」
「会ってみたい」
やめた方がいい。ありゃお嬢様の仮面を被った弩級変態だからな。
それとついでに、母ちゃんのコートや、親父のコートも買っておいた。それぞれ十万しない程度だが、それでもうちの家族にとっては高級品だし。
貧乏だよなあ。俺もそうだったし。
「兄ちゃん」
「なんだ?」
「メイドの仕事」
「やめた方がいい」
まず微に入り細を穿つ必要がある。それができないと務まらんだろ。諸岡さんに徹底的に叩き込まれるにしても、素質が無ければ使い物にならん。
こいつが機転の利く存在には見えん。俺も駄目なくらいだし。兄妹揃ってぼんくらだからなあ。
「でも、とりあえず話だけでも」
「なんでそんなに」
「だって、こんなにお金使える」
「今回は特別だっての。いつも使うわけじゃない」
ついでに東京への憧れもあるとか。アホか。
「憧れて東京に出てきて挫折する奴は後を絶たん」
「兄ちゃんは上手く行ってる」
「運が良かっただけだ」
「兄ちゃんの妹だから上手く行くかも」
ねえんだよ。アホだなあ。
何より、あの家族、そして変態メイド衆。あれと一緒だと変態に毒される。妹の裸なんて見せられたら吐くぞ。葉月ならやりかねん。
「兄ちゃん。話だけでも」
「いやだ」
「にい! ダメもとでいいから」
くっそ、こいつもしつこい。やっぱあれだ、金を使って見せたのは拙かった。滅多に帰って来ないからこそのサービスだっての。日頃から顔を合わせてたら、こんなことしたりしない。少しは理解しろっての。
この理解力じゃメイドなんて無理だな。
「メイドの仕事、メイドカフェレベルで考えて無いだろうな?」
「わかんないけど、メイドカフェ? 行ったこと無いし」
「朝は六時半から夜は八時まで、さらには主が呼び出せば応じる必要がある」
一日の仕事と拘束時間を説明すると。
「遊んでる暇ないんだ」
「あるわけ無いだろ。無いからこその給料なんだよ」
「でも、一度くらい経験してみたい」
あかんな。きっとこいつの脳内では、お花畑状態なんだろう。煌びやかな世界で「お嬢様、紅茶を淹れました」とか「旦那様、鞄をお持ちいたします」とか。時々奥様と談笑したり。
妹を見ると夢見る乙女状態だな。
まあ仕方ないか。所詮田舎者だし。話だけは通してもいいか。どうせ採用なんてあるわけ無いし。
「じゃあ、話は通してみる。けどな、採用されると思うなよ。人選に関しては、事務職とは比較にならないくらい厳しいからな」
実際には知らんけど。万が一にも採用となれば、変態ばかり集めた絡繰りがわかりそうだ。
「頼むね兄ちゃん。期待して待ってる」
アホだ。
そして一月三日。冬期休暇も終わり屋敷へ戻る。
親父は仕事で見送りできないが、母ちゃんと妹が見送りに出てきてる。
おんぼろ団地の前の道路で。
「直輝、なんかいろいろありがとね」
「兄ちゃん。話し通しておいてよ」
滝川駅までハイヤーで帰る。バスだのローカル鉄道が面倒臭くなったからな。
いかんな。曽我部に染まり始めてる。ただ、東京の利便性に慣れると、田舎の公共交通機関は耐えがたい。一時間に一本の電車。一日八往復しかないバス。不便過ぎだっての。
タクシーが来て乗り込むと「また連絡するから」だそうだ。東京観光もあるからだな。
タクシーが走り出すと手を振るふたりが見える。まあ、久しぶりの実家も悪くは無かった。気分的に楽だし。
これが就職浪人で戻ってきたとかだと、居場所が無くなりそうだけどな。
帰りもまた予約済みのLCCで。
そして、くっそ寒い北海道から東京へと戻り、まずは寮へと向かうと。
「あ、向後さん! あけましておめでとうございます!」
倉岡……。新年早々に出くわすとは。
「おめでとう」
「実家はどうでしたか?」
「まあ普通だ」
「私も実家に帰ってたんですけど、美人になったって言われたんですよ」
そりゃ良かったな。化粧が上手になった、ってことだろ。
でだ、俺の腕を引き部屋に連れ込もうとして無いか?
「あの、少しお土産話を」
「無い」
「少しはいいと思うんです」
「無い」
面倒な。俺は花奈さんと話がしたい。いや、抱きたい。こいつは要らん。悪いけど。
「他に誰が戻ってきてる?」
「えっと、旦那様たちはもう帰ってきてます」
「マジか」
「マジですよ」
葉月もか。
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