Epi101 働きたいと言い出す妹

 金の無心はしない、とか、貧乏人の矜持とか。

 まあ、表面上はそう言うよな。でもな、実際にそれを目の当りにしたら、確実に金に目が眩むのは間違いない。今だって俺の財布には、葉月用に用意された金が現金で二十万。限度額不明なカードが一枚。たぶんブラックカードとか言う奴だろ。

 葉月のために使うのであれば、使う額を問わないんだからな。


「そう言えば、兄ちゃんの服」

「服?」

「なんか仕立てが良さそう」

「金回りも良くなってるんじゃないのか?」


 目ざといな。だが、これは自分で買ったわけじゃない。


「衣食住完備だから」

「え?」

「はあ?」

「なにそれ?」


 完備、と謳っていても「完全」であるケースは少なかろう。だが、曽我部では見事に「完全」だからな。

 脱ぎ捨てているコートのタグを見る妹が居る。


「見たことないブランド」

「いくらするんだ?」

「知らんぞ」

「知らないって、直輝……」


 知るわけがない。自動的に揃うのだから。


「服はソックスから帽子に至るまで全部支給されてる」


 絶句してる。

 俺だって自分の着てる服が、うん十万とか知って驚愕したからな。それまで着ていた服は古着だったり、買ったものでも数千円。万を超える服なんて買えるはずも無かった。それが当たり前に上から下まで、中まで全部揃ってやがる。


「フリマアプリで売ったら」

「アホか。帰りはどうする」

「売らないけど、でも、支給?」

「すべてが、な」


 どれだけ条件がいいんだと喚いてるし。


「生活費って月にどのくらい掛かってるんだ?」

「自分のスマホ代以外無いぞ」


 またしても絶句。

 普段使うことは一切ない。お陰で貯金は増える一方だ。そもそも贅沢する気にもなれん。日頃の生活そのものが贅を極めてるからな。

 葉月と行動することが多いと、自腹で精算なんてあり得ないし。


「直輝」

「なんだよ」

「仕送り。もう少し増やせない?」


 ほれみろ。金回りがいいとわかれば、即座に無心してくるじゃねえか。

 俺だって今後、花奈さんとの結婚に備えて、しっかり貯金しておきたい。金はいくらあっても困らないし、万が一のことも考えておきたいし。

 まあでも、多少の増額は問題無いけどな。


「いくらだよ」

「給料いくらもらってるの?」

「聞くか、それを」

「だって、少なかったら悪いでしょ」


 正直に申告すべきか、適当に濁すか。


「四十万くらいで、そこから税金を引かれるから手取りで、約三十万だ」


 意外と多くは無い、とか言ってる。当然だ。衣食住完備ってことを考えれば、それでももらいすぎだろうよ。

 そして今は三万円くらい送ってる。額が少ないのは、ケチってるわけじゃなく、新入社員が払えそうな額を想定したに過ぎない。負担が無いから増額するのは構わんが、物には限度もあるからなあ。


「学費とか家賃とか返せ、とは言わないけど」

「じゃあ、十万でいいか?」

「え?」

「いやなら五万に減額するぞ」


 どうせ使い道は無い。将来のための貯金も毎月二十万程度あれば充分だ。ボーナス分は丸々貯金できるしな。

 どうやら十万は想定外だったようだ。貧乏人にとって毎月十万の収入はでかい。一気に笑顔になる家族が居るし。


「な、なんか悪いな」

「そうね。無心しないって言っておいて」

「兄ちゃん。気前いいね」


 金の話はこのくらいにして、ならば今回の正月は少しだけ贅沢、とか言ってるし。

 俺の財布を当てにしやがって。まあ、無理して大学に通わせてもらった、と考えれば多少の孝行も必要だろう。


 年末年始は実家で過ごすことになるが、この家ではまずお目に掛かれない、豪華なお節料理になったのは言うまでもない。母ちゃんが俺を買い物に引き摺り出し「これ、買ってもいい?」とか「食べたことないのよねえ」だの。

 面倒臭くなって、買いたいもの買えばいいだろと。家族四人分、少々の贅沢をしたところで、十万円も使えないんだからな。


 くっそ寒い部屋だったが、俺が居る間だけは暖房使い放題になった。

 まあ、灯油代を俺が出したからだけど。ついでに電気毛布も調達しておいた。布団が寒すぎる。いや、贅沢な環境に体が慣れ過ぎたからだな。


「来月、一度あいさつに行っても大丈夫か?」


 親父が何やら言い出した。

 それと同時に母ちゃんも妹も、遊びに来たいとか抜かすし。


「金は?」

「直輝が少し出してくれれば」

「あたしも出すけど」


 妹も多少は出すとか言ってる。結局、俺の金を当てにするわけだ。

 まあいいか。これも親孝行だ。


「じゃあ日取りだけ決めておいてくれ」

「決まったら連絡するから」

「近所にホテルとかあるのか?」

「ホテル? わからん。渋谷とか新宿ならあるだろ」


 宿泊先はビジネスホテルを想定してるようだ。安上がりだからなあ。

 宿泊費用を浮かせて東京観光を楽しむらしい。俺でも東京観光なんてしてないんだけどなあ。葉月や花奈さんと少しだけ遊んだけど。それでも知らない場所の方が多い。


「案内役は無理だからな」

「学生だとそうかもな」

「違う、バイト三昧で遊んでる余裕が一切無かったからだ」

「そりゃすまん。親の力不足だ」


 結果だけ見れば、これで良かったとも言える。花奈さんと知り合えたことが、何よりも幸運だと思えるからな。


 久しぶりに家族全員揃った正月になった。親父も母ちゃんも元日だけ休みを取って、のんびりと過ごすことができたからだ。俺が来なければ正月も仕事だったとか。

 妹だけが年末年始は休業だった。


「事務員?」

「そ。安月給だけど」


 誰でもできる仕事ゆえか給料が安いそうだ。最低賃金に毛が生えた程度だとか言ってるし。


「あたしも兄ちゃんと同じ所に就職したいな」

「やめてくれ」

「なんで? だって給料いいし服も高級品」

「そもそも雇うかどうかもわからんだろ」


 仮に雇用されるとしても絶対に嫌だ。葉月の相手をさせられて、年中搾り取られてるってバレる。


「話してみてくれないの?」

「無い」

「だって、あたしも働ければ父ちゃんも母ちゃんも楽できる」

「それは理解するが、それとこれとは別だ」


 いやだ。青沼さんとか倉岡とか変態が居る。あれらに迫られてるのもバレる。


「メイド長ってのが居て、滅茶苦茶厳しいぞ。鬼のメイド長とか言われてるし」

「怖いの?」

「すごいぞ。仕事ができないと数時間は説教だし、折檻もあるからな」

「なんか……お金貰うのって大変なんだね」


 諸岡さん、なんかすんません。こうでも言わないとマジで来そうだから。

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