Epi100 住所を教えた結果大騒ぎ

 物置部屋になっていた俺の部屋だが、少し片づけることで寝場所は確保できた。

 煎餅布団がひんやりしすぎて、事前に湯たんぽを入れ温めておく。


「東京って暖かいのか?」

「まあ、こっちよりは」

「アパート寒いって言ってた」

「ありゃ古すぎたからだ」


 今住んでる所はどうなんだと言われ、快適ではあると。


「そう言えば住所」

「手紙も出せないじゃないの」

「えーっとだな」

「なんだ? まさかいい人の所にお邪魔してるのか?」


 そうだったらいいんだけどな。実際には変態と同室で毎日エロ三昧で、根こそぎ搾り取られてる、とは言えない。


「住所教えておいてよ。なんかあった時に困るでしょ」

「無いと思うけど。電話なら通じるし」

「あ、やっぱあれなんだ。もう転がり込んでるんだ」

「気が早いなあ。相手の方はそれでいいのか?」


 勝手に勘違いしてくれてるなら、その方が都合がいいかもしれん。花奈さんの家に転がり込んだ、って言うことにしておけば、曽我部の家にって言うよりマシだ。


「実は……まあ、その。気が早いとは思ったけど」

「一応礼儀は弁えておきたいから、あいさつがてら、一筆したためておきたいんだがな」


 そうなるよな。無言だと、とんだ礼儀知らずだとなるし。いくら貧乏でも最低限、礼儀は必要だろうし。今後結婚するともなれば、余計に常識無しのレッテルは避けたい。

 でもなあ、住所、あの寮イコール曽我部の屋敷の住所。同じ敷地内にあるから、同じ住所になっちまう。結局、俺の部屋も花奈さんの部屋も、葉月の部屋も同じ住所。

 どうしたものか。


「今は無理だけど、いずれきちんと向こうの両親にも、あいさつしないとならんだろ」

「そうねえ。結婚ともなると無視できないし」

「兄ちゃん。結婚軽く見てない?」


 両家のごあいさつ、顔見せ。面倒臭いが必要だよな。

 結婚を軽くなんて見てないぞ。むしろ真剣だ。葉月と結婚させられそうだし。むしろ曽我部の方が軽く見てないか、ってくらいに軽々と葉月を押し付けてるし。


「直輝の生活も見ておきたいし。春くらいには一度行きたいし」

「東京観光いいよね」

「そうだな。旅行なんて何年もしてないし、これを機に一度行くのもいい」


 来なくていい。葉月との爛れた生活を見られたら、きっと卒倒すること間違いなし。

 常にまっぱの葉月を親に会わせられるかっての。

 きちんとご令嬢してるならともかく。見た目だけは完璧なだけに、変態であることが実に残念だ。

 東京観光? まあ、こっちから見れば観光になるのか。いろいろ見て回りたい場所もあるだろうし。テレビで取り上げるものと言えば、なにかと東京だからなあ。

 定番スポットから話題のグルメ、ファッションやショッピング。金さえあれば楽しめるのが東京だ。


 だがな、俺の家族は貧乏だからな。楽しめないと思うぞ。


「で、住所は?」


 言わないと駄目か。

 手紙なんて今どき古臭い通信手段を取らなくてもと、思うんだが。

 だが、とぼけても無駄だった。田舎者はやっぱり手紙なんだよ。メールやメッセージでもいいと思っても気持ちの問題だとかで。


 已む無く開陳すると。


「どの辺?」


 東京の地理に疎いから住所だけ言っても、さっぱりなようだな。

 適当に大手私鉄沿線にある、とだけ言っておいた。

 だから、おい、わざわざスマホのマップで調べるなよ。妹がどこかわからんってことで、Gマップで調べてやがる。


「兄ちゃん」

「なんだよ」

「この住所正しいの?」

「正しい」


 どの部分に住んでる家があるのかと。

 同一敷地内に複数の建物。しかも中央には巨大な建造物が描かれてる。その周囲に小さくは無い建物が複数。

 そのいずれかが寮であり、ガレージ棟であり、別館などになる。本宅は中央の巨大な建造物だ。


「これ、ひとつの住所で郵便物届くの?」

「届く」

「なんで? だって建物いくつもあるよ」

「届くんだよ」


 しつこい。それ以上追及するな。


「衛星写真で見ると、どう見ても同じ敷地。だったら届くんだろうけど、どういうこと?」


 こうなると母ちゃんも親父も気になりだしたようだ。

 でたらめな住所でなければ、ちゃんと説明してみろと言い出した。

 もはやこれまでか。こいつらにたかる口実を与えたく無かった。貧乏人ってのはなあ、金に卑しくできてるんだよ。縁が無いだけに。だから伏せておきたい事実もある。

 けれど無理だった。


「曽我部の屋敷?」

「なにそれ」

「えっと、どういうこと?」


 理解が及ばないか。


「知らんのか? 日本を代表する存在。そこの家だ」


 呆気に取られてる、って言うか理解するまでに時間が掛かりそうだ。

 で、脳内で点と点が結び付き線になると、驚愕の声が室内にこだまする。

 当然だが、どういうことなのか、詳細な説明を求められる。どうしてそこに居て、就職先と関係するのかとか、いい人ってのはなんだとか。

 順を追って説明すると。


「曽我部って、あの大企業の曽我部……」

「兄ちゃん。どうやって取り入った?」

「直輝が、まさか、そんなすごいところに」


 俺が一番驚いたさ。まさか娘の執事でその娘は弩級の変態で、あげく尋常じゃないほどに惚れ込まれてるなんて。


「直輝」

「兄ちゃん」

「お前、とんだ逆玉だな」


 金の匂いがプンプン漂い始めたか?

 だがな、金持ちと結婚する気は無いんだよ。俺の相手は花奈さんだ。普通の女性、って言うか才気溢れる女性だけどな。


「娘と?」

「一生安泰」

「なんか、遠い存在が」


 ねえぞ。一生安泰とか。


「無いからな。曽我部の娘とは結婚しないんだから」

「でも、好かれてるんでしょ?」

「婚約も視野にって自分で言ったじゃないの」

「最強の物件を袖にする気か?」


 先々のことを考えろと。

 そして、家族のことも考えて欲しいと。ずっと貧乏生活で耐えて耐えて耐え抜いてきて、俺のために無理して学費やら住居費を負担し、自分たちは爪に火を灯す生活をしてきた。

 親孝行の意味も込めて結婚すべきだと。


 金目当てじゃねーか。


「あのな、曽我部の娘に相応しいかどうかの問題もあるんだよ」

「でも婚約して欲しいって言ってるんでしょ」

「だったら断る理由なんて無いよなあ」

「お嬢様でしょ? 何が不満なの? うちがお金の無心するから?」


 わかってんじゃねえか。金の無心が目に見えてる。


「見くびるなよ。確かに金は欲しい。でもな、貧乏人には貧乏人なりの矜持ってものがある」

「少しはと思うけど、でもね、たかる気は無いから」


 そう言うよな。

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