Epi99 貧乏暇なし師走で忙しなく

 実家に帰るのだが、以前は高速バスと船で丸一日掛けて帰っていた。

 今回は少し奮発してLCCを使い時間節約だ。

 執事の給料とボーナスがあるから、もう少し贅沢もできるが、だからと言って贅沢する気は無い。どうせフライトに掛かる時間なんて一時間くらい。空港での待ち時間の方が長いくらいだ。

 新幹線なら時間は掛かるものの、楽ではあるが運賃は少々高いからな。


 久しぶりの帰省だ。

 寒い、クソ寒い。以前は感じなかったが、体が贅沢な環境に馴染んでやがる。


 空港からローカル線で移動するが、すでに雪も降ってるし、そのせいで寒さが身に染みる上に、あげく軽装で来たのは失敗だ。つい、東京の感覚、屋敷の感覚で来ちまった。

 曽我部の屋敷内はマジで暖かいんだよな。


 空港から電車に揺られること二時間以上。下車してさらにバスで十一分。

 長旅が終わった。


 雪をかき分けながら自宅へと向かうが、この辺は何の変化も無いな。すべてが昔のままで時が止まってるみたいだ。いや、むしろ過疎が進んでいずれ消えるんだろう。

 十分ほど歩くとやっと実家に辿り着く。

 相変わらずボロい。古くからある団地。その一室が俺の生まれ育った場所だ。

 そろそろ倒壊するんじゃね?


 雪かきはある程度しているが、それでもずぶずぶ。先へ進み階段を上り三階まで上がる。

 ドアホンなんてないぞ。あるのはドアチャイムだ。鳴らすが誰も出てこない。

 居ねえのかよ。年末になっても仕事三昧だな。


 已む無く鍵を手に取りドアを開けると、室内は外よりマシだ。そもそも寒いから多少断熱は行き届いてる。それでも寒いけどな。

 室内を見回すと相変わらずの汚さ。雑然とした室内は生活感溢れ、なんて言うかザ・貧乏を絵に描いたような。


 居間のFF式ファンヒーターを灯すが、灯油の残りは少ないみたいだ。注文しておくか。


「あの、向後です。そうです、団地の」


 電話して持ってきてもらう。

 団地の誰それで通じる程度に人が居ないんだよな。もうすぐ廃墟だ。


 暫し居間で寛ぐ、って言うかなんか居心地悪いな。屋敷が快適すぎるんだよ。すっかり贅沢に慣れ切って貧乏暮らしがきついな。ベッドにしてもソファにしても、椅子にしてもすべてが別格。この家にベッドなんてない。あるのは煎餅布団だけだし。

 元、自分の部屋を見るとすっかり物置。なんで貧乏人ってのは無駄に物が多いんだ? 曽我部の家にも確かに物はある。でも、こんなゴミの如き物を積み上げることは無い。


 やっぱあれか、金を稼げる人間ってのは、整理整頓、無駄なものを溜め込まないのかもしれん。

 腹減ったな。

 コンビニはあるから弁当でも買ってくるか。


 外に出ようとしたら灯油が届いたみたいだ。金を払って……「いつもより多いですね」だとさ。ぎりぎり凍死しない程度に暖房入れてるから、まとめて買うことが無いんだった。

 ま、せめて自分が滞在してる間分の灯油代程度は負担してやるさ。


 コンビニで弁当を買い部屋でもそもそ食って、暇すぎるからテレビを見る。

 見ているうちに眠くなり暫し寝ていると、誰か帰って来たみたいだ。


「あれ?」

「おかえり」

「帰ってたんだ」

「そりゃなあ」


 母ちゃんだ。

 仕事帰りに買い物して帰って来たんだろう。エコバッグからいろいろ取り出してる。


「帰るなら連絡入れればいいのに。なんにも準備してないから」

「別に構わん」

「ご飯食べるんでしょ」

「それは食うけど」


 あ、そうだ。花奈さんの件を話しておくか。それと就職。


「あのさ、東京で就職できたから」

「良かったじゃないの。就職浪人になりそうだから、とか、大学行っておきながら情けない事態にならなくて」


 で、どこに? と聞かれて小さい会社だと言っておいた。曽我部の執事、なんて絶対口にできない。


「まだ、あのアパートに居るの?」

「引っ越した」

「住所は? 教えてもらってないけど」


 連絡も寄越さず死んだかと思ってたとか。せめて住んでる所と現状くらい報告しろと。

 言えない。曽我部の家に居るとは。言ったら最後、金寄越せの大合唱になるからな。住所をどうしようと思っていたら、灯油のポリタンクの数が多いことに気付いたようだ。


「それ」

「ああ、俺の居る間分は負担しようと思って」

「東京って、稼ぎがいいのね」

「小さくとも人並みに就職できれば、その程度は買える」


 雑然とした居間で話をしていると、またひとり帰宅したようだ。


「あ、兄ちゃん」

「よう。久しぶりだな」


 妹だ。


「大学は行けたのか?」

「兄ちゃんが根こそぎ金使ったせいで、高卒だっての」


 そうか。俺に全額投資したってことか。まあ、ふたりも大学へ行かせるほど、金に余裕があるわけじゃないし。ちょっと悪いことした気はあるけど。


「バイト帰りか?」

「就職した」

「へえ。どこ?」

「兄ちゃんこそ就職できたの?」


 できてるっての。腰抜かすほどに驚かれるだろうけど。そのあとの結末も予測できるから教えないけどな。


「直輝も就職できたって。まあ、少ないとはいえ仕送りしてきてたし」

「大企業?」

「小さい会社だって」

「東京行ってまでそれ?」


 大企業に就職できないんじゃ、わざわざ東京に行く必要なかったとか言ってる。

 心配要らん。最強の企業のトップの家に世話になって、あげく婚約も迫られてる。いずれは後を継いでくれると期待までされてるぞ。言わないけどな。


 その後、親父も帰宅し、さて全員揃ったところで、花奈さんの件を切り出すか。


「あのさ、俺」


 全員の視線が集まった。


「いい人できた。結婚したいと思ってる」


 一斉に驚いてる。

 まあそりゃそうだよな。


「相手は?」

「東京ならきれいな人なんだろうな」

「兄ちゃんが結婚?」


 年は四つ上、美形で賢くてなんでもこなせるすごい人、と伝えると。


「姉さん女房か。悪くないな。お前はだらしないから、しっかり手綱を握ってくれる人の方が安心できる」

「連れて来なかったの?」

「いきなりはあれだから、先に話を通してと思っただけだ」

「へえ、兄ちゃんがねえ。取り柄のひとつも無いのに」


 次に帰る時には連れてくるから、見て驚くなよ、と言っておく。期待させて期待外れになるような、そんなレベルの女性じゃない。期待値を軽く上回るだろうよ。

 親父なんて羨ましがること間違いなし。


 久しぶりの家族のだんらん。

 たまにはいいけど、この家。なんとかした方がいいと思う。

 それと、母ちゃんも親父も、ずいぶんと老け込んだなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る