Epi98 節季は実家に帰省する
葉月の猛攻を逃れ宥め賺すこと小一時間。まっぱで駄々こねるお嬢とか、なんの冗談だっての。
クリパが終わり花奈さんから聞かされたが、お嬢連中から俺に関していろいろ聞かれたと。適当にあしらっておいたが、今後確実に接近してくるのは確かだそうだ。
曽我部の執事とは言え、所詮執事だと思うんだが、旦那様の言がなあ。有望株ってことで妙な箔が付いたそうだ。
「パパのせいだ」
「まあそうだな」
ソファの上で相も変わらず丸出し。ごろごろしながら、俺に寄り添う葉月が居る。
俺の手を胸に宛がいモミモミさせるし。その感触にはさすがに抗えないし。ついでに葉月の手は俺の股間をまさぐってるし。出ちゃうからやめて欲しい。
「変な連中が群がってくる」
「要らないんだけどねえ」
「しつこいよ、ああいう手合いは」
「どうせあれだろ。曽我部のブランド力」
日本人ほどブランド大好きな連中は居ない。とにかく肩書に価値を見出すからな。
曽我部のブランドが手に入れば、一生安泰とか贅の限りを尽くせるとか、即物的な連中ばっかりだろう。
確かに自家用ジェットだのクルーザーだの、まだ見てないがヘリもあるとか。
この屋敷にしても他にはないほどの豪勢さだしなあ。
「直輝」
「なんだ?」
「変なのと付き合わないよね?」
「当然だ」
花奈さん一択は変わらん。葉月には悪いけどな。
キスしてきやがった。
まあ、好かれてるのは確かだ。だからさあ、シモにそのまま向かうなっての。心地よすぎて耐え切れん。
そして葉月が冬休みに入ると、恒例の家族旅行らしい。
フランスとか言ってたな。
「直輝は?」
「実家に帰る」
「なんで?」
「なんでって、ここに来て一度も帰ってない」
一緒に行きたいとか言ってるが、家族旅行に同行するってことは、それもまた仕事になる。休みがねえじゃねえか。
今回同行するのは安定の諸岡さんと槇さんだそうだ。蓮見さんは家族のために休むとか。まあ、日頃ろくに休みもなく旦那様に付き従ってるからな。年末くらいはと気を利かせてくれるそうだ。
「直輝が居ないなら行くのやめようかな」
「俺を基準に考えるな。家族じゃないんだから」
「家族になるんだよ」
「ならねえっての」
勝手に取り込むなっての。
「ねえ、一緒に行こうよ」
「行かねえ。実家に帰るって言ってるだろ」
「ママのおっぱい吸いたいの?」
「違う。そんなもん要らん」
たまには顔を出しておかないと忘れられる。それと就職したことの報告もあるし。
曽我部の名を出す気は無いけどな。出したらケツの毛までむしり取られそうだ。貧乏根性丸出しでたかるのが目に見えてるし。
金に縁のない家族だからな。舞い上がって大騒動になるぞ。
「つまんない」
「知らん。それはそうと大学受験前に、よく旅行に連れ出すよな」
「あ、それがある」
「は?」
大学受験があるから家族旅行を断って、俺の実家に一緒に行きたいとか抜かしだした。
「連れてかないぞ」
「なんでよ」
「上を下への大騒ぎになる」
「なんで?」
曽我部の娘を連れて行けるかっての。いくら俺の親が貧乏でも曽我部くらいは知ってるだろ。当然、結婚しろと喚き散らし財産を半分とか、寝言ぶっこくのが目に見えてる。
金に困らない生活に憧れがあるんだから、葉月なんてただの札束にしか見えないだろうよ。
「ってことだ」
「そんなに卑しいの?」
「卑しいんだよ。所詮貧乏人だ。俺もだぞ」
「直輝は卑しくない」
俺が卑しくないのだから、家族もそんなに卑しいはずが無い、とか言ってる。
ねえぞ。貧困は人間の性根を腐らせる。金があっても腐ってる奴が多いんだからな。
ぶつぶつ文句を言ってるが、こんなの実家に連れて行けるかっての。
昭和のレトロ住宅、なんて言い換えればロマンが、なんてなるが、実態は倒壊寸前のおんぼろ団地だ。次に巨大地震が来たら確実に潰れる。
少々の額を仕送りしてるが、住み替えには遠く及ばないだろうし。
「まあ、今回は諦めてくれ」
「つまんない。じゃあ、大学生になったら紹介してくれる?」
「無いな」
「なんで!」
何度も同じ説明をさせるなっての。理解せん奴だな。
こんなスーパーセレブ連れて行けるかっての。金を無心するのが目に見えてる。恥ずかしいことこの上ない。物乞いに等しいだろ。
とりあえず諦めてくれたようだ。住む世界が違いすぎるからな。無理なものは無理だ。
二十八日から一週間、フランスへ出かける曽我部家一行。
玄関先で見送るが実に不機嫌な葉月だ。
「一緒」
「無い」
苦笑するしかない旦那様や奥様だな。
「向後君。来年は葉月の婚約者として同行してくれることを期待するよ」
あり得ない。絶対イヤだ。曽我部の家に入るなんて地獄直行便だ。
とりあえず快く送り出すために、作り笑顔で対処しておく。
「直輝。あとから来てもいいんだよ」
「行かねえっての。実家に帰るんだから」
「つまんない」
リムジンに押し込まれ、それでも窓から顔を出しぶつぶつ。
どこまで一緒に居たいんだか。少しは離れた方がいい。
「いってらっしゃいませ」
残るメイドたちが一斉に頭を下げ、家族を送り出した。
花奈さんが話し掛けてくる。
「直輝さんは帰省ですか?」
「そのつもり」
なんか、あれだ。もじもじ。
「連れて行きたいのはやまやまだけど、一度話を通しておきたいから」
「期待してますね」
花奈さんなら紹介しても問題あるまい。結婚したい相手が居る、そう伝えて改めて連れて行こう。えらい別嬪さんを連れてきた、とかで少しは騒ぎそうだけど。
さて、主の居ない屋敷は警備会社が保守する。それと自社の管理会社が管理することになってるそうだ。
メイドたちにも休暇が与えられる。家族旅行の一週間。
それぞれ帰り支度をして屋敷を離れていく。
「直輝さん。良いお年を」
「花奈さんも良いお年を」
俺も帰るか。
施錠とかは全部管理会社の職員がやる。常駐警備員が三名で交代。管理会社職員二名で交代制だそうだ。
主の居ない葉月の部屋。
静かだよなあ。変態を晒す奴も居ないし。
普段着をボストンバッグに詰め込み、屋敷をあとにする。
通用口を出ると、まだ居たのか。
「向後さん。帰省ですか」
倉岡だし。
「そう」
「あの、休み中に会えないですか?」
「田舎に引っ込むから」
「少し出て来れないんですか?」
強引だなあ。無いものは無いし出てくる気もない。
「出るのも面倒なくらい遠いから。また来年」
残念そうだが知らんわ。
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