Epi96 クリパで仮発表だった

 婚姻は自由。婚約もまた自由。解消もまた個人の自由。

 法によるいくらかの縛りはあれど、相互の人権を侵害できるわけではない。それは幸福追求であったり、個人の尊重であったり、自由であったり。

 つまるところ、自由。


「本当に……まるっきり私たちが信用されていない。それがとてもショックです」


 どれだけ金持ちや経営者が嫌いなのか。今回の件で痛感したそうだ。


「向後さんの生い立ちに俄然興味が湧きました。嫌う自由もあるので、好きになれ、などと言う気はありません。ですが誤解は解いておきたいですね」


 形式上、執事と主は対等な関係性ではない。とは言え、そこを殊更強調し偉ぶる気も無い。同じ人であれば権利も義務も同じものを持つ。偉いとされる人が他人の権利を侵害しても良い、なんてバカな法は存在しないとも。

 法の下の平等は絶対。


「平等なのです。世の中にはそれを理解しない、とんだ愚か者も居ますが」


 立場が上だと思い込み、なんでも自分の思うがまま。そう考える人も一定数居る。

 唾棄すべき存在ではあるが、その手の手合いに言葉は通じない。ゆえに、その様な相手に対しては立場を最大限利用するそうだ。本人が平等なんて無い、と思っているならば、思いっきり上から叩きのめすそうだ。

 結局、自分が他者にしていることだから、文句を言えないわけで。


「ちなみに、敬語を用いるのは個を尊重するからですよ」


 互いに尊重し合っていれば、そこには敬意も生じるだろうと。敬意が生じれば言葉や態度にも表れる。

 敬語は本来はそうであるべきだと。無理して使うものでもない。円滑に事を進めるために使うことはあっても、強制するものでもない。意味を理解して使ってこそだと。形に拘るあまりに、本来の意味が失われているとも。


「向後さんのことは最大限、尊重してきたつもりです」


 少し寂しそうな奥様だ。

 俺が勝手に突っ走って勝手に嫌悪感を抱く。何度目だこれ?


「だから、もう少し信用してくださいね。不平や不満もあれば遠慮なく」


 葉月の幸せが何よりだけど、そのために俺を犠牲になんて絶対にしない。そこは理解して欲しいそうだ。

 無理やり曽我部の家にも入れたりしない。覚悟が決まれば言えばいい。

 もちろん、曽我部にも断る権利はあるのだからと。


 と言うことで解放された。


「葉月とは仲良くして欲しい。無茶も過ぎるけど、それも愛すればこそだから」


 さっさと抱いてしまえばいいと。どうせ股を開いて待ってるだろうから、だそうだ。バレてんじゃん。葉月の行動。

 ふたりきりの旅行の許可。これも進展させられれば、と思ったそうだ。


「ぜんぜん至らないのね。せっかくのチャンスなのに」


 曽我部の家に入るのが、よほど嫌なのだろうと。

 まあ、それはあるにはある。背負えないし無理だと思ってるから。事に至れば引き摺り込まれかねない、そう思っているのも事実。

 ゆえに最後の一線を超えない。


「無いのに」

「何がですか?」

「一線を越えたことを理由に、引き摺り込んだりしないですよ」


 半ば呆れ気味だけど、パーティーの開始時間だから会場に入りましょうと。


 会場内に入るとすでに人が集まり談笑している。

 まあ、俺の嫌いな人種が大集合って奴だ。曽我部の人はまだ人情味もあるみたいだが、ここに居る連中の何人にそれがあるか。旦那様が厳選したとは言っても、信用できる存在は居ないな。

 地位を傘に人を見下すだけの存在だろ。所詮、世の中そんなのが闊歩してるわけだし。


 隣で落ち込んでいた葉月が俺を見てる。


「直輝」

「なんだ? まあ、少し誤解はあったけど、収拾させる目的なら仕方ない」

「直輝と結婚絶対できないの?」

「それはなあ……」


 自由とは言われたけど。花奈さん居るし。

 葉月も嫌いではない。むしろ以前よりは。


「無理なんだ」

「いや、そういうわけじゃ」

「無理しなくていい」


 こんな悲しい顔でパーティーなんて、参加させられないだろ。

 仕方ない。少しの希望を抱かせても罰は当たるまい。


「無いわけじゃ無い。前に言っただろ? 葉月の態度次第で可能性はあるって」

「じゃあ少しは」

「もちろん。ちゃんと淑女してれば、勝手に惚れ込むぞ」


 まったく。手の掛かるお嬢様だ。俺も同じか。曽我部から見れば。


 そして、旦那様より発表された。

 婚約はあくまで仮として認めていること。執事としては会長付きとなり、そこで鍛え上げて、曽我部に相応しいと判断した時点で、正式に認めるものとするなど。

 その際は盛大に祝って欲しいとも。

 それまでは祝い等、厳に慎んで欲しいと。


 それとついでに、今なら執事を落とすチャンスもあるとか、言い出した。将来の最有望株だからお手付きしても構わないとか。娘から奪い取るのもありだ、じゃねえよ。自分が認めた存在だから旨味たっぷりだぞ、じゃねえっての。

 おいこら。なんだそれは。


「中条に気を使ったのかも」

「なんで? あ、もしかして」

「すごく気落ちしてたから」


 無表情で他人行儀だった。旦那様も気付いてたんだ。

 なんか、俺なんてまったく及ばない存在だな。


 思わず会場内に居ないか探したら壁際に居た。


「いいよ。少しなら」

「いいのか?」

「誤解は解いておきたいでしょ。あたしも対等な関係で勝負したいし」


 なんだか気を使わせてばっかりだ。


「じゃあ少しだけ」


 花奈さんの居る壁際に行き正対すると。


「直輝さん……」

「花奈さん。旦那様の言った通りだから」

「では、まだ希望は」

「ありますよ。それどころか俺は今も花奈さん一択だから」


 泣いてる。花奈さんの涙は初めて見た。相当ショックだったんだ。それだけ本気だったってことだよ。そんな花奈さんを裏切れるわけが無い。

 少しだけ傍に居たが「直輝さん。主賓を放置は頂けませんよ」だそうで。

 涙を拭いシャキッとした表情になると、さっさと葉月のもとへ行けと。


「時間のある時に」

「待ってますね」


 葉月のもとに戻るのだが、えっと、マジか?


「お嬢様付きの執事様ですよね?」

「なんでも立候補も受け付けるそうで」

「今ならお手付きしても」


 待て、なんだこれは。お嬢様に囲まれたぞ。

 本気にしたアホが複数居るってのか?


「先日お名刺を頂きましたの。覚えておいでですか?」


 居たような気がする。でも顔も名前も覚えちゃいない。どうでもいい存在だからな。

 囲まれていると葉月が割り入って来た。


「仮とは言え、婚約発表で節操の無い」


 言われてんぞ。

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