Epi95 またも早合点と言う奴か
別館の入口に着くとお出迎えをする花奈さんが居る。
「向後さんとお嬢さまは主賓ですので、こちらからお入りください」
どうやら同じ入口ではないらしい。でもさ、葉月と一緒とは言え主賓? なんで?
ただの執事なんだけど。旦那様や奥様はなにを考えてる?
「直輝。行くよ」
「あ。ああ」
花奈さんを見ると無表情だ。これはあれか、主賓扱いってことで距離を置かれたとか。いや、でもさ。俺が望んでるわけじゃないし、勝手にそう扱われたなら、俺はただの被害者だって。
くそ。旦那様と奥様に嵌められたか。
そもそも婚約者云々。つまりは俺と葉月を披露する場。
「嵌められた」
「どうしたの?」
葉月は知らされてないな。仕組まれたことを。このクリパで発表しようって魂胆だろ。完全に逃げ道を塞いで葉月と結婚。
ねえぞ。
愛らしいし、変態を除けば最高の嫁だろうよ。でもな、そこに付属するモロモロは、俺にとっての重荷でしかない。だから結婚は不可能だ。
「婚約発表」
「え?」
「葉月と」
目を丸くする葉月だが、すぐに満面の笑みになってやがる。
「直輝と婚約」
「仕組まれたんだよ」
「なんで? だって、あたしはそのつもりだし」
「アホか。こっちは納得してない」
葉月の腕に力が籠った。
「あたしには直輝しか居ない」
「それでもだ。婚約発表をして俺の逃げ道を塞ぐ気だろ」
「あたしは嬉しい」
「あのな、俺みたいな下賤の奴が」
それ以上、自分を貶めるなと。葉月が怒ってる。
「直輝は下賤なんかじゃない。なんでそこまで自分を貶めるの?」
「事実だからだ」
「パパもママも認めてる。ジジイもお婆も認めた。だから婚約ってことじなんじゃないの?」
「勘違いだろ。ちゃんと見て無いんだよ」
葉月が騒ぐから大人しくさせるにはこれが一番だ。婚約したら性交だって好きにすりゃいい。口実ができて何を断る理由があるのか。そして、ゆくゆくは曽我部を背負う。
けど、もし使い物にならなかったら、その時はどうする気だ?
放り出すのか? その時に葉月はどう思う。
「ってことだが?」
「あたしは信じてる。直輝ならできるって」
「アホか。不可能だっての。そんな力あるわけ無いだろ」
「ある。パパにそこまで見る目が無かったら、こんなに成功してないでしょ」
自分と同じでやる気の問題だと。前を向いてすべて吸収し自分のものにすれば、間違いなく曽我部を背負えると、そう判断したから婚約を認めた。
見抜く目も持たない経営者が大成するはず無いとも。
確かにそうだけど、誰でも成し得ることじゃ無いだろ。努力しても届かないものもある。無茶苦茶だ。
「ねえ、じゃあ、もし直輝がこの先、無理だってなったら婚約破棄してもいい。だから今日は素直に受けて欲しい」
それでいいのか?
婚約破棄なんて醜聞を曽我部から出す。その意味を少しは理解してんのかよ。
「曽我部は人を見る目が無い。そう思われるぞ」
「そう思いたい人には、そう思わせておけばいい」
「下手すれば業績にも影響出るぞ」
「そんなの国内だけの話。海外でその分補えばいい」
花奈さんのあの表情。希望が無くなったことから来る落胆。そして距離を取るしかない。これまでのような付き合いができない、ってことか。
葉月の婚約者は花奈さんにとって主に等しい。主従関係になるから。
いやだ。
こんな形で終わるのは嫌だ。
「破談にしよう」
驚く葉月が居るが、俺は微塵も納得してない。
「なお、き?」
「発表の前に公言する」
「ねえ、それはやめて」
「やめない。曽我部に入る気は一切ない」
葉月とはあくまで執事と主の関係。俺に必要なのは花奈さんだ。他は要らない。
葉月が俺を必要とするように、俺には花奈さんが必要だから。
「こんな形での婚約は認めない。人の意思を無視して勝手に決めやがって」
だから金持ちだの経営者だの嫌いなんだよ。なんでも自分の思い通りに行くと思ってやがる。曽我部も結局は同じってことだ。
狼狽える葉月だけど、悪いな。俺には無理なんだよ。こんな巨大な存在の中に入ること自体。
ただの貧乏人。育ちも悪い。ガラも悪い。表向き取り繕ってはいても、中身は以前と変わらない。ゴミのような存在なんだよ。金持ちにとっては。
「直輝」
泣いてるのかよ。
でも、マジで悪いが無理なものは無理。背負えるわけ無いだろ。
「悪いな。俺には重荷どころじゃない。潰れるだけだ」
ずっと立ち話をしていたら、どうやら奥様が気付いたようだ。会場へ入ろうとして俺と葉月の会話を聞いていたみたいで。
「ママ! 直輝が」
「途中から聞いてましたよ。場所を変えましょう」
言い分は聞くから別室へ行くことを促された。
広間から離れた小部屋。どうやら控室のようだ。椅子が四脚にテーブルひとつ。
座るよう促され葉月と並んで座る。向かいに座る奥様だ。
「破談にする、と言うところから聞いていました」
まずは思っていることをすべて打ち明けて欲しいと。
さっき葉月にぶちまけた内容をなぞるように、すべてを吐露すると。
「曽我部に入る気は無い。中条との結婚の意思は固い。このふたつが主なものなのですね」
「そうです」
「では、私からは」
曽我部に入る入らないは自由意思に任せる。花奈さんとの結婚も自由意思に任せる。葉月を相手に選ぶも良し、花奈さんを選ぶも良し。葉月を選んだら必ず曽我部に入る、その必要は無い。娘を後継ぎに指名したわけではない。婿入りする必要も無いのだから、姓は自分の姓を名乗り、葉月も同姓にすれば良いと。
そして今すぐ結論を得ることは無い。結論を得た際には尊重すると。
「何も押し付ける気はありません。今回は広まった噂の収拾のための発表です」
「ですが、それだと今後もし」
「問題ありません。若い者が先を決めて、その通りになることなど、早々ありませんよ。気持ちは揺らぐものです。ですから、向後さんが心変わりする可能性にも、私たちは期待しているわけです」
婚約者として発表しても、花奈さんを好きなら今まで通り、好きなだけ抱き合えばいいとも。ついでに葉月も抱けばいいと。
葉月を除けば大人なのだから、その意思は尊重すべき。勝手な思いを押し付ける気も無いそうだ。
「継いでくれるのがベスト。葉月のためにも。ですが強制は一切いたしません」
時々、想定の斜め上の受け取り方をされ、残念に思うことがあると。
「誰にも人権があります。絶対に尊重されるべきものです」
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