Epi94 クリパ当日を迎える

 クリパ当日。

 いつも通り六時半に起床。隣で寝ている葉月を起こさないよう、注意してベッドを出ると身支度を整える。

 よくよく考えたら、すでに夫婦レベルの状態だよなあ。違いと言えば性交に及んでいない、ただそれだけ。エロいことはほぼやり尽し、最後の一線を超えれば夫婦だ。

 結局、流されまくって当初思っていた状態には程遠い。


 身支度を整え終えると葉月の寝ているベッドサイドへ。

 こうして見ていると、性格の一部を除けば完璧。愛情表現が極端だから変態に見える、だけかもしれないけど。いや、アオカンを望む辺りは充分変態だな。無人島でふたりきりならまだしも、公園でとか正気の沙汰じゃない。


「葉月。朝だぞ」


 この程度の声掛けで起きるはずも無い。

 でだ、鼻と口を摘まんでしまえば、さすがに起きるからな。

 頭から冷や水は冬はさすがにきつい。風邪ひかれても困るし。高齢者なら心臓止まるかもしれん。熱めの湯に頭突っ込めば目覚めそうだが、それはそれであとが面倒だ。

 で、お手軽な鼻摘まみ。


「はーづーきー。朝だぞー」


 徐々に呼吸が苦しくなり右に左に首を振る。だが放さない。

 限界に達すると。


「ふがー!」


 さて、目覚めたようだから、さっさと身支度を整えてもらおう。

 ま、怒るけど。


「直輝! 起こすときは王子様のキス!」

「王子じゃないからなあ」

「あたしにとっての王子様だからいいの」


 メルヘン。

 高校生くらいだと白馬の王子様か。こんな下賤な王子なんて居ないぞ。


 朝に行うひと通りのルーティンを終えると朝食になる。

 今日は曽我部一家全員集合。クリパだからな。奥様と旦那様から言葉がある。


「向後さん。今日は葉月のエスコートお願いね」

「畏まりました」

「基本的には私自ら厳選した招待客しか居ないから、先日のパーティーのような無粋な存在は来ない。しっかり来客と親睦を深めてくれ」


 つまりだ、葉月をエスコートしながら、俺もまた顔を売っておけと。今後、葉月の旦那になる予定の男だと、しっかり宣伝しておけってのもあるようだ。

 そのつもりは無いんだけどなあ。花奈さん居るし。結婚相手に相応しいかと言えば、花奈さんでも釣り合いは取れないけど。それでも葉月より多少はね。背後にあるものが巨大すぎて俺の手に負えない。


 主の朝食が済むとメイドや執事の朝食だ。

 別室の食堂に集合し諸岡さんにより、今日の仕事内容に関して指示される。

 俺だけ指示が無い。以前はあれをやれとか、これをやれとか、多少はあったが。今は俺に対する指示が一切存在しない。

 命令系統が違うんだよな。命令権者は葉月。それか旦那様か奥様。例えメイド長と言えど俺に指示できないらしい。

 ましてや婚約者候補となった今、メイドが命令できる立場に無いようだ。


 ただの極貧男が特別扱い。身の丈に合わない。


 隣に腰掛ける花奈さんがこっそり話し掛けてきた。


「今回は武勇伝は無さそうですね」

「いや、それは」

「冗談ですよ。ですが」


 婚約者候補として広まったから、気が気では無いらしい。背景に金と権力。本人には美貌と愛らしさ。最強の組み合わせだと。

 権力志向の男性ならば当たり前に、葉月を選ぶだろうと。俺の場合は権力要らないし、あっても使いこなせない。それだけの能力も無ければ、知恵も知識も教養も無いからなあ。


「葉月とは無理だから大丈夫」

「無理ではないでしょう?」

「背負うものが巨大すぎて無理」


 背負いきれない。

 どれだけ葉月に愛されていようと、俺自身の能力を遥かに超えてる。逆に家名に押し潰されるだけ。だったら結婚相手は花奈さんがいい。

 なんで俺みたいな最下層の存在が、と思うんだよな。何を期待してるのか知らんが。


 さて、朝食が済めば暫しの休憩後に、メイドたちはバタバタと行動し始める。

 俺はと言えば葉月の部屋に行くだけ。いいのか? ある意味、楽し過ぎてる気がするけど。違う意味で苦労は多いけどな。

 部屋に入ると。そうそう、すっかりノック無し。不要だと言われてる。


「なあ」

「なに?」

「服は?」


 食事の際に着ていた服はすでに放り出されてる。

 まっぱの葉月がソファに寝そべり、タブレットで遊んでやがる。


「クリパ。参加したくないんだよね」

「いや、でも、今日は旦那様が直々に選んだって」

「それでも、来るのってヒキガエルだよ」

「そりゃそうだろうけどさ」


 まっぱになるのは、葉月の意思表示でもある。見事な凹凸を披露してくれるけどさ、ついでに俺への誘惑も込みだからな。それに安易に乗る必要は無い。


「どっちみち参加しなきゃならないだろ」

「やだ。病気だとか言って断って」

「無理だっつーの。朝飯元気に食ってたじゃねえか」

「それで腹下したとか」


 そこまで柔じゃねえだろ。それに朝飯で腹下すなら、旦那様も奥様もゲリピーだっつうの。理由がショボすぎて使えないんだよ。

 葉月が投げ出した服を手に取り、畳んでベッドの上に置いておく。パーティーでは別のドレスを纏わせるから、結局、脱がせるんだけどな。


「あ、じゃあ、受験勉強で忙しいとかは?」

「今日くらい問題無いって言われるのがオチだ」

「合否の狭間でヤバいからとか」

「否の方が確率高そうだけどな」


 どの程度の成績か知らんけど、国立受けるなら、こんなのんびりしてられないだろ。


 パーティーの時間が近付き、むずかる葉月に服を着せる。まるで幼児だ。駄々こねやがって。それでもブラを付ける時は喜ぶ変態だ。きれいに収めるため触る必要があるからな。前屈みになり胸が垂れ下がる状態にして装着。その後、隙間から手を入れ形を整える。感触が良過ぎてつい触りすぎる。ゆえに喜ぶ。


「直輝」

「なんだ?」

「すっかり慣れてきたね」

「そうでもない」


 指先の動きが堪らんとか言ってやがる。

 アホだ。とは言えやってることが、否定できないのがなあ。


「さて、お嬢さま。パーチーだぜ」

「なにそれ」

「ちょっとふざけただけだ」

「じゃあパーチー行こう」


 真似するな。なんか恥ずかしい。

 がっつり腕を組んで会場となる別館、大広間へと向かう。


 敷地内にある来訪者用駐車場には、続々高級車が入ってきて、ヒキガエルとその家族らしき存在が別館に向かってる。案内役は田部さんだな。あんまり接点が無くなって、会話も少ないけど今も乳揺らしまくりか?

 今日のために警備員も増員してるそうだ。


 田部さんが俺と葉月に気付いたようで、軽く会釈してるし。

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