Epi93 クリパ前日は何かと忙しい

「正攻法って」

「つまりだ、妙な噂話とかじゃなく、葉月の魅力で落とせってことだ」


 旅行中葉月に本気で傾いたのは確かだ。花奈さんの存在すら忘れたくらいだからな。だから、葉月が真っ当にしていれば、俺なんか簡単に陥落する。


「ってことだ」

「そうなんだ」

「性欲全開の葉月はちょっとあれだが」

「可能性あるんだよね」


 ある。大いに。


「頑張るね」

「期待してるぞ」


 笑顔になった。そうやって笑顔で居るとマジで愛らしいんだよ。花奈さんが居なかったら確実に葉月を選ぶ。

 変態さえ無ければ文句無しなんだよ。自ら変態を晒すから俺が逃げるって、そろそろ気付いて欲しいんだけどな。素の葉月は可愛いぞ、マジで。

 額に軽くキスしてやると、なんか照れてるぞ。不意打ちには弱いみたいだ。自分からの攻めには滅法強いのにな。


「直輝。愛してるから」

「知ってる」


 さて、葉月が離れて行ったから、俺はまた暇になった。なんか仕事くれ。

 うろうろしてると邪魔扱いされるし。蓮見さんは葉月の相手でもしてろとか言うし。旦那様とか奥様は今家に居ないし。

 仕方なく忙しなく動き回るメイドを見る。


「向後さん!」


 ひと際元気な声はあれだ、倉岡だ。


「仕事中だろ」

「そうですけど、少しは」

「メイド長にどやされるぞ」

「お嬢様と結婚」


 気にしてやがる。でもな、君とは無いの。葉月か花奈さんのどっちか。今は花奈さん一択の状態だけどな。葉月の出方次第じゃ転がされるかもしれんけど。


「今は無いし考えても居ない」

「じゃあ」

「希望を打ち砕いて悪いが、無い」

「そんなあ」


 無いんだっての。「溢れ出る雫をどうしてくれるんですか」じゃねえっての。滴らせておきゃいい。俺は知らん。

 なあ、マジか?


「足元」

「足?」


 視線を足元にやると釣られて倉岡も、自分の足元を見て顔真っ赤になってる。


「あれ? なんで?」

「重症だな。医者行った方がいいぞ」

「これ、あの、だって」


 本当に滴るほどとは。驚愕したぞ。漏らしたのかと思ったが、ちょっと液体の種類が違うし。これはあれだ、マジで溢れちゃってる。本当にそうなってんのかよ。


「そ、掃除しないと」

「パンツも穿き替えた方がいいぞ」

「そ、そうします」


 走って寮に戻ったようだ。なあ、掃除しなくていいのか? 誰か来たらローションみたいなもんだから、すっ転ぶかもしれんぞ。

 床にポツポツ。

 しかし……俺って特定の女性に作用する媚薬か何かなのか?

 仕方ない。俺が掃除しておくか。


 掃除をしていると次は青沼さんだよ。


「なぜお掃除しているのですか?」

「これはだな、少し汚れが付着しててな」

「そうなのですか。言ってくだされば、私がやりましたのに」


 倉岡の名誉のためにも安易に口にはできん。あ、でも青沼さんは、トイレで飛沫まき散らしてるし。毎回掃除してるから気にしないか。

 俺からモップを奪い取るとせっせと掃除する青沼さんだ。


「向後さんはお嬢様のお相手では?」

「手伝うことは無いかなって」

「でも、向後さんはシフトに入って無いです」

「だよな」


 マジ、葉月専属だからなんも仕事させてもらえない。ただし、パーティーが始まるとエスコートする必要はある。

 その時まで温存って奴か。


「婚約済みなんですか?」

「は?」

「お嬢様と」

「してないぞ」


 すっかり噂が広まってるな。どうしたものか。


「私も立候補してるんですけどね」

「無いから」

「いけずです」


 掃除を終えるとモップを持って、どこかへ行ったようだ。

 大広間を覗くと花奈さんと槇さんが居る。テーブルセッティングの最中か。今入ると邪魔になるな。仕方ない。他へ行くか。


 やることが無い。葉月の相手でもするか。


 部屋に行くと葉月の奴、勉強してるよ。珍しい。


「勉強中か?」

「うん。直輝に認めてもらうから」

「そうか」


 まじめにやってるなら邪魔になるな。まさか服を着てやってるとは。これは本気と見た。俺に教えるのは無理だし。学業放り出してバイト三昧だったからなあ。

 もう少ししっかりやってりゃ、少しは葉月の手伝いもできただろう。つくづく貧乏が憎い。


「あ、そうだ。何か飲みたいものでもあるか?」


 俺を見てにっこり。あ、これ。


「精子、って言いたいけど、紅茶でいい」

「え?」

「紅茶」

「精子じゃなくて?」


 飲んでいいと言うなら喜んで飲む、とか言ってる。マジだ。本当にマジに勉強してやがる。こわっ。

 ならば紅茶を用意するしかないな。

 厨房へ行き紅茶セットを用意し、部屋まで持って行き淹れてやり、葉月の机の横に置いておく。


「ありがと。直輝大好き」

「あ、ああ」


 笑顔で礼を言われるとは。

 真剣な表情で勉強してると、やっぱお嬢様だよな。そこらの女性とは明らかに違う。凛とした雰囲気になるんだから。その姿をいつも見せていたら、間違いなく惚れこんでる。


 暫く葉月の傍で見ていると、こっちを見て「ご飯は?」だって。


「腹減ったのか?」

「そろそろ時間かなって」

「ああ、そう言えばそうだ」


 時計を見ると七時近くだから、ダイニングへ葉月と一緒に向かう。

 ダイニングに入ると大奥様と奥様が居て、談笑中って奴か?


「向後さん」

「はい」


 なんだ?


「婚約の件だけど」

「えっと、それ」

「葉月が大学に入ったら、まじめに考えて欲しいの」


 奥様も大奥様もそれでいいのか?


「あの、私に当主は不可能かと」

「そうね。不可能だなんて思って無いけど、当主になる意思が窺えないから、今はその件は保留で」

「ただ、婚約の件はきちんと結論出してくださいよ」


 葉月の本気度は伝わってる。だから俺の結論を待つだけになってるんだ。

 でもさ、現時点でその気は無いし。もう少し。


「お嬢様次第では結論も得られるかと」

「それはどういう意味です?」

「誠に申し上げにくいのですが、その、少々おいたが」

「ああ、その件でしたら、問題無いはずですよ。おいたではなく、さっさと貫通してしまいなさい。その上で結論を得ればよろしいのです」


 アホだ。

 この婆さんが諸悪の根源と見た。さっさとやれと。やった上で考えりゃいいとか。旦那様も生でとか言ってるし。大奥様が許可してるなら旦那様だって、それに沿うしかないわけで。

 葉月を見ると期待してそうだな。目が輝いてるぞ。


「体の相性も大事ですからね」

「そうね。生涯添い遂げるのですよ。相性が合わないとセックスレスですし。それだと寂しいのは葉月になってしまうから」


 あかん。最早逃れられないのか。

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