Epi92 お屋敷でのクリパだと?

 ふたりだけの旅行で互いに距離が縮まった、そう実感したんだと思ったが。


「葉月……実に残念だ」


 全裸でヨガ。

 いちいち剥き出し。両脚広げて前屈姿勢でまさに剥き出しのアレ。こっちに向けて広げて見せるから具がね。なんか艶々してるし。


「ただのヨガだから」

「あのな、普通はなんか着てやるんじゃないのか?」

「いつものことだよ」


 そうだけど、そうなんだけど。

 俺としては旅行中のお淑やかさを併せ持つ、愛らしい葉月が気に入ってたんだが。今目の前で珍妙なポーズを取る変態は、いつもの変態。

 さっきから遠慮は要らない、とかじゃねえっての。結局誘ってんじゃねえか。

 所詮は非日常での出来事と諦めるしか無いのか。


「あ」


 そのままコケてるし。無理な姿勢を維持できなかったんだろう。

 だからって大開脚して広げるな。


「旅行の時の葉月はどこ行った?」

「ここに居る」

「違う。別物だ」

「別物じゃない。これもあたし」


 見事な二面性。もしかして多重人格かもしれん。

 だったら旅行の時の葉月がいい。あれなら惚れる。


「あのさ」

「なに?」


 蛍のポーズ、とか言ってるが、どの辺が蛍なのかさっぱりだ。

 正面向くな。寄せられて撓む双丘と、広げて見せられるアレが気になるんだよ。


「旅行の時の葉月な。あの状態なら間違いなく愛せると思うぞ」

「そうなの?」

「お嬢様らしさ。恋する乙女って感じがな」


 そのまま仰向けに転がってるし。


「じゃあ、あっちのあたしになったら、ねじ込んでくれるの?」

「きっとその気になる。いや、なってた」


 考え込んでるな。あの時の葉月リターン!


「両方好きになって欲しい」

「無理」

「なんで?」

「変態過ぎるから」


 変態じゃない、とか言ってるが、その言葉は聞き飽きたぞ。


「あ、そうだ。二十五日」

「二十五日がなんだ?」

「クリパ」

「クリ?」


 クリスマスパーティーを開くそうだ。

 ただし、財界パーティーの一種だから、この家に多数のヒキガエルと、お嬢様とウシガエルが集うのだとか。

 要らねえ。でもあれか、そうなると俺は執事として、また旦那様と葉月に。


「揉めないか?」

「大丈夫だと思う。この前みたいなバカは来ない」


 ならまだいいのか。


「場所は? この家のリビング、じゃ少し狭いよな」

「別館の大広間」

「あの広間? ソファ陳列してた」

「そっちじゃなくて、その奥に百二十畳くらいの広間があるから」


 まだあるのかよ。あれでも広いと思ったのに。


「何人くらい参加するんだ?」

「ファミリーで参加するから二十組くらい」


 仮に三人だとしても六十人かよ。

 だとしたら俺も給仕とかに回るのか。


「直輝はあたし専属執事だから、当日は給仕無しでエスコート」


 代わりにメイド総出で事に当たるそうだ。まあ、花奈さんと諸岡さん居るし、あの

ふたりが居れば問題は無いんだろう。

 こんな話をしながらもパカパカしやがって。マジで入れたい。


「ほんとは直輝とふたりきりで、しっぽりしたかったんだけど」

「いや、それはお断りする」

「なんでよ」

「食われるだけじゃねえか」


 食らうに決まってるとかじゃねえっての。頼むから性欲を十分の一に抑えてくれ。そうしたら少しは希望もあるんだからさ。現状、葉月に靡く可能性は旅行時八十パーセントから、二十パーセントにまで落ちたぞ。

 まあ、そのお陰で花奈さんとの明るい未来を描けるけど。


 クリパ前日。

 屋敷内ではなく別館では事前準備に余念がない。陣頭指揮を執るのは蓮見さん。そしてメイドたちに詳細な指示をするのが諸岡さん。すげえテキパキしてるし。その指示内容も実に細かくて、厳しくチェックも入ってるし。

 俺はと言えば、葉月専属ってことと、なぜか婚約者扱いで仕事が無い。

 前回の財界パーティーでの葉月の発言が、この時点で広まってしまった。ただの武勇伝だけだったのに。誰だよ、広めたのは、なんて思う必要も無いけどな。犯人はわかりきってる。


「直輝さん。婚約の件ですけど」


 やっぱり花奈さんに突っ込まれた。


「いや、あれは葉月がイライラして口走っただけで」

「そうですか。でも、結婚すれば次期当主ですよ」

「俺にそんなの務まらないから」

「そんなことありません。私は生涯独身なのですね」


 いやいや、俺の気持ちは一時的に揺らぎはしたものの、今は花奈さん一直線だし。葉月なんて考えられないし。

 それに花奈さんなら、例え俺如きと結ばれなくても、相手はいくらでも現れるでしょ。


「慰めてくれるのですね」

「じゃなくて」

「いいのですよ。お嬢様と結ばれた際には、せめて私を妾にして頂ければ」


 妾とか、なんだそれ。

 そんな気は無い。


「いや、あのね、妾とか無いから」

「では、お別れなのでしょうか?」

「違うっての」

「優しいのですね。直輝さんは」


 ええい、どうしてくれよう。

 体を抱き寄せてキスして、次は、ああそうだ。


「直輝さん。強引ですね」


 ただ、胸はもう少し優しく揉んで欲しいと。鷲掴みも悪くは無いが、ブラをしていると痛いとか。あかん、失敗だ。


「ごめん」

「構いませんよ。でも、本当にお嬢様とそうなったら」

「無いです」

「最悪を想定しておかないと、私が立ち直れませんから」


 なんてこった。

 最悪を想定せざるを得ないほどに、花奈さんを追い詰めていたとは。


 忙しい最中にひと悶着。

 それでも仕事に戻る花奈さんは笑顔だった。


 あーしんどい。

 女性の扱い方。取説とか無いのかよ。

 あ、そうだ。諸岡さんなら伊達に年を取ってないから、有効なアドバイスをもらえるかも。パーティーが終わったら相談してみるか。


「直輝」


 今度は葉月かよ。


「なんだ?」

「中条となに話してたの?」

「葉月だろ。婚約の噂広げたの」

「知らない」


 こいつ……。どうしてくれよう。

 目を逸らしたからな。間違いなく吹聴しやがったな。まず花奈さんを排除してしまえば、最大の障害は無くなるからな。倉岡とかは、俺がまともに相手してないのを知ってるし。


「そうか。ならば俺は花奈さんと結婚だな。いつがいいかな」

「直輝!」

「なんだよ」

「させない!」


 思いっきり抱き着いてきて、なんだよ、涙まで溜めてやがる。まあ、こいつも本気なのはわかってる。旅行の時に本心から愛されてるのも理解してるし。

 でもなあ、この姑息な手段はどうかと思う。


「じゃあ、正攻法で俺を落とせ」


 目を見開いてるな。少し予想外の答えだったか?


「直輝。あたし……」

「あくまで正攻法でだ。それ以外は受け入れない」

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