Epi90 揺れ動く心は気の迷いか

 ベッドはふたつ。

 別々に寝るのかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。


「一緒がいい」


 まあ、いつものことだから、少々狭くはなるが仕方ない。

 隣でにこにこと微笑む葉月。しっかり握ってやがる。風呂で散々楽しんだはずだが、マジで際限が無いな。だからこねくり回すな。反応しそうで疲れ切ってることもあり、力は篭らないんだよ。


「ふにゃふにゃ」

「白髪が増える」

「どうせだから真っ白って、面白いと思わない?」

「いやだ。股間だけ高齢者だろ、それじゃ」


 まだ二十代前半だぞ。

 それにしても、ヤバすぎる。なんか葉月を。


「明日も早いからな。大人しく寝るぞ」

「うん。あのね」


 キスしてきた。そっと唇に軽く押し付けるだけのプレッシャーキス。唇が離れると「おやすみ、直輝」と言って布団に潜り込む。

 大人しくしてる葉月はこれ以上ないくらい魅力的だ。普段からこんな調子だったら、完全に虜になってただろうな。愛らしさが際立つ。


 翌朝になり目覚めると「朝風呂」とか言ってるし。


「時間大丈夫なのか?」

「少しだけ」

「湯冷めするぞ」


 お構いなしに風呂に連れ込まれ、暫し湯船の中で抱き締め合う。


「昨日いっぱい出したのに元気」

「知らん」

「先っぽは?」

「無い」


 いつもの葉月に戻ったのか?

 だが、そうでもなかった。朝風呂で目が冴えると、服を自ら着て帰り支度をしてるし。少し呆気に取られたが、自分の荷物もまとめて、朝食を済ませてチェックアウトする。

 事前に言われていたがお会計は無し。約款ではチェックアウト時に支払うのに。

 なんでかと葉月に聞くと、信用してるからじゃないの? だそうだ。よくは知らないようだ。


 車に乗り込むが朝はやっぱり寒い。標高が低いとは言え山だし。


「冷えてる」

「少しすれば暖かくなる」


 暫し暖機運転をして車内が暖まると移動を開始する。


「で、どこだっけ?」

「芦ノ湖」

「芦ノ湖って言っても桃源台とか、元箱根港方面とかあるだろ」

「あ、じゃあ、先に大涌谷」


 大涌谷か。ナビに行き先を指定して走り出す。


「黒たまご」

「ああ、名物だったっけ」


 食ったこと無いけどな。そもそも観光で訪れたことすら無い。そんな暇は一切無かったし。今回が初の箱根だ。日々の生活だけで精いっぱいだったし。貴重な十代から二十代序盤は、ひたすら労働に費やされてた。青春を謳歌する暇も無かったなんて、よく腐りきらなかったもんだ。

 ただ、それがあって葉月と出会えた、とも言えるか。花奈さんもだし。

 七三四号を進み七三五号に突き当たると左折。そのまま進めば大涌谷だ。


 駐車場へ続く道は車列ができてる。一台一台、少しずつ進み二十分ほどで、やっと駐車場に車を押し込めた。隣に座る葉月は寝てるし。まあ静かだからいいけど。

 それにしてもこの車、車幅がありすぎて、隣の車との間が狭くなるなあ。ドアもでかいし。勢い開けると確実に隣とぶつかる。

 慎重に開けて葉月を起こして降ろす。


「直輝」

「なんだ?」

「めっちゃ寒い」

「強羅より標高少し高いからな」


 風も少し強め。突き刺さる感じだし硫黄臭さも漂うな。

 とりあえず展望台があるから、そこへ行くと荒々しい山の斜面から、立ち上る蒸気が無数に見られる。

 ついでに富士山も良く見えるな。


「富士山見えるな」

「遮るもの無いからでしょ」


 ふたりで寄り添って少し眺めると「黒たまご」とか言い出してるし。

 黒たまご館なるものがあるようで、そこへ移動し中へ入ると、まあ、土産物屋で売ってるってだけか。

 一個食えば寿命が七年延びるってか。年寄りならあやかるかもしれんけど、正直、七年延びるとか言われてもなあ。

 しかも五個セットでの販売かよ。一個食えば充分なんだがなあ。

 まあ仕方ないってことで五個買って、一個ずつ食うと残りは持ち帰ることに。


「硫黄臭いな」

「中は白いし普通だけど」

「確かに」


 もそもそ寒い中食って、景色を楽しんだら再び移動することに。


「消費期限は二日間か」

「帰ったら直輝が食べていいよ」

「全部?」

「あたしが一個食べる」


 三個食うと俺の寿命は二十一年延びるってか。葉月は十四年。あれか、女性の方が長生きするから、実はそれでバランスが取れるとか。

 まじめに考えても仕方ないな。


「ここからだと桃源台に行くのがいいか」

「いいよ。それでね、海賊船に乗りたい」

「もっと豪華な船持ってるのに?」

「違うの。こういうのは直輝と一緒だから楽しい」


 それもそうか。


「特別船室ってあるから、そっちにしようよ」

「なんだそれ」

「別室なのと少しだけ椅子のグレードが高い」


 その程度の差で千百円増しだそうだ。俺なら絶対選ばないオプションだな。まあ金を出すのは曽我部だし、そこは遠慮なく使わせてもらおう。

 桃源台に着き車は駐車場へ。

 桃源台の駅舎、つまりロープウェイ乗り場と海賊船の乗り場。地下に降りると海賊船の乗り場に。

 でだ、至る所にNERVとかキャラが。そう言えば本拠地だっけ。設定では。


 海賊船の往復チケットを買って暫し待つと乗船となる。

 ぞろぞろ桟橋に行列を作り、次々船内へと進み特別船室とやらへ。


「それほど混雑しないんだな」

「デッキに出る人多いし」


 ならばと一緒にデッキに出てみるが、やっぱ寒すぎる。


「寒くないか?」

「直輝が温めてくれるとか」


 これ、抱き締めてもジャケットが邪魔で、温もり感じられないだろ。むしろ俺がぬくぬくしそうだ。

 とりあえず葉月を後ろから抱き締めてみた。


「直輝」

「なんだ?」

「ずっとこうしていたいな」


 なんか殊勝な感じで。


「背中温かい」

「そうか」

「直輝」

「なんだ?」


 愛してる、だそうだ。その声はいつもと違って、やたらと甘い感じで熱を帯びて、きっと本心から出る言葉なんだろう。

 マジでこの葉月なら俺も本気になりそうだ。やっぱ、普通にしてると好かれない要素が無い。愛しくなってくるんだよな。

 どうするよ、俺。

 今になってここまで気持ちが揺らぐなんて、無いと思ってたのに。


「ねえ直輝」

「なんだ?」

「あたし、すぐ迫るけど、でもね、好きで愛してて気持ちがね」


 抑えきれない、だから暴走するけど、俺の愛が欲しくて仕方ないと。

 愛か。

 なんか、この旅行で葉月の違う一面を見た気がする。


「葉月」

「うん?」

「好きになれるかもな」


 ぎゅっと俺の腕を掴む葉月が居る。

 どんな顔してるのか知らんが、でも、きっといい顔してるんだろうな。

 根っこの部分はめちゃ愛らしいんだよ。

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