Epi89 変態なのに妙に愛らしい

 ガラスの森美術館を見終えて、今夜の宿に向かうことに。

 時間的にも丁度良さそうだ。

 百三十八号線を走り続け強羅の近くで右折。七百二十三号線に入り強羅駅を目指し、登山鉄道の踏切を渡り左折して少し進めば、今夜の宿に辿り着く。

 スピード出すと今の俺じゃ事故を起こすな。急カーブがいくつかあるし。


「踏切渡るとすぐ宿の敷地かよ」

「そうみたい」


 またしても踏切を渡り、さて、受付はどこだ?

 踏切を渡り敷地に入ったはいいが、どっちかわからん、と思っていたら。


「左に駐車場。右にフロント」


 まあ、葉月は何度か来てるから知ってるわけだ。

 車を停めて荷物を持って降りると、葉月が案内してくれる。本来は俺の仕事だけど、さすがにわからん。こんな高級そうな宿に泊まったことが無いんだから。

 やたらと広い敷地に建物も立派だし。レストラン単独の棟もあって、なんか屋敷を思い起こすほどだな。


「高いんじゃないのか?」

「なにが」

「宿泊費」

「大したこと無い」


 そりゃ曽我部基準で言えばそうだろうよ。俺からしたら雲上宿だぞ。

 フロントに行くと葉月を見た途端、やたらと腰が低くなるスタッフだ。持っていた荷物を預かられ早々に部屋に案内される。

 どこを見てもなんか圧倒される。長い廊下の先に客室があるようだ。その廊下から見る景色もまた日本庭園になっていて、豪勢だなあと思っていたら客室に着いた。


「どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」


 内線一本でなんでも命じてくれとか、それが標準サービスなのか知らんが、まさか女将さんが自ら接客とは。

 ま、あとで知ったことだが、あれだ、曽我部の利用ってことはVIP。待遇が一般客とは違う。女将がすべて対応するんだからな。


 部屋の中を見回すと。

 本間とそれに続く広縁。次の間と呼ばれるベッドルーム。ウッドテラスがあって、前庭が広がる。風呂はと思ってみると露天ではないが、景色を展望できる檜の風呂。それと同じく檜の内風呂もある。

 どこまで行っても豪華だ。


「どうしたの?」

「あの屋敷もすごいけど、ここも負けて無いな」

「でも、うちより安普請」

「そりゃ一緒にはできないだろ」


 あの屋敷は一体いくら掛けたんだってくらい、贅を極めてるんだからな。

 本間にある椅子に腰掛ける葉月が居て、俺は落ち着かず部屋の中をうろうろ。

 豪華な仕様に慣れたはずだけど、旅行で来るとまた違うもんだな。


「ここ、温水プールとラウンジとサロンとジムと家族風呂あるから」

「マジ?」

「見てみる?」

「一応後学のために」


 部屋から出てフロントに行くと、またしても女将が出てきて「施設のご案内をいたします」だそうだ。葉月は知ってるけど、何かあったら困るんだろう。きちんと案内して利用するか否かを尋ねてるし。


「ラウンジでなんか飲む?」

「そうだな」

「では、お飲み物をご用意いたします」


 と言ってスタッフに申し付ける女将だ。

 俺、執事。あの仕事もやるんだよな。まあここでは客だけど。


 暫し、コーヒーを飲みながらラウンジで寛ぐと、部屋に戻るそうだ。女将がすっ飛んできて案内してるし。いやもう場所わかってるから、要らないんだけど。まあ、これもサービスって言うか、曽我部に対しての標準なんだろう、と思うしかない。


 部屋に戻りのんびりしていると、夕食の時間になり懐石料理が運ばれてくる。

 様々な器に入れられた料理がテーブルに並び、説明され食事となる。

 その際は女将も居なくなるようで「ご用命がございましたら、お申し付けくださいませ」と。


「食べるよ」

「そうだな」


 いろいろ手を付けるが順番ってあるのか?


「あるの?」

「好きに食べればいいじゃん」


 まあそうなんだが。

 葉月の食べ方を手本にして真似してると。


「真似しなくていいってば」

「でも、参考に」

「誰も見て無いんだから、食べたい順に食べればいいでしょ」


 本格懐石料理なんてこれが初めてだ。作法がわからんのよ。大雑把に教えてもらってはいるけど、実践は今日が初だからなあ。葉月は慣れてるよな。育ちってのはやっぱ重要だ。

 食後にお茶を啜り寛ぐ葉月だ。

 女将が来てきっちり片付けて、テーブルにはお茶と茶菓子だけ。


「少ししたらお風呂入ろうよ」

「外の奴?」

「窓閉めてるからそんなに寒くないでしょ」


 さすがに十二月の箱根は寒い。外はすっかり暗いし。展望風呂は周りを窓で囲われてる。そのせいか外の冷気に晒されず済む。露天とは違う。

 食休みが済むと風呂だ。

 さっさとまっぱになる葉月が居て、内風呂で体を流そうとか言ってる。


「直輝。全身隈なく」

「自分で」

「やだ。直輝の手と口とチ〇コで蹂躙して欲しい」

「アホか」


 やっぱこうなるんだよ。自制を求めても無駄だし。

 已む無くご要望通りに足の指から頭のてっぺんまで、全身隈なく洗ってやると、ご満悦な表情の葉月が居る。恍惚としてたな。完全に俺に体を預けてたし。でも葉月の手は俺のをしっかり握ってた。漏れるかと思ったぞ。


 浴槽の淵に腰掛け外を見てる葉月が居る。その姿はなんか芸術的な美しさがあるなあ。


「葉月」

「なに?」


 こっちを見てにこにこ。

 可愛らしい。


「直輝、できそうじゃん」

「仕方ないだろ。見るとこうなるんだから」


 ご機嫌だ。俺のも葉月も。

 なんか、こうしてると。


「葉月」

「ん?」

「きれいだ」


 嬉しそうだな。満面の笑みで俺に寄り添って来た。


「いつもそう言ってくれると、うんときれいになれるよ」

「思った時しか言わないぞ」

「いつも言われたいな」


 やばい。なんか葉月を。

 そっと抱き寄せてキスすると、抱き締めてきて何度もキスをかわす。

 すっかり出来上がった状態で、つい入れそうになるが、そこは我慢。最後の一線だけは越えずに耐える。代わりに手と口で葉月を愛してやる。


 どのくらい抱き合っていたのか。

 猛烈に愛しくなったせいだ。旅行で箍が外れたかもしれん。非日常でふたりきり。だからだと思うことにした。


「直輝。なんかいつもと違った」

「俺にもわからん」

「好きになってくれたのかな?」

「少しはな」


 花奈さんを忘れてたくらいだ。このまま最後まで行ったら葉月に靡いたかも。

 さすがにヤバすぎたな。


「それにしても、ずいぶん大人しいな」

「だって、羽目外せないでしょ」

「そうだけど、いつもと違いすぎる」

「だから知って欲しい。あたしの全部」


 いつも見ているのはほんの一面。

 何から何まで知った上で、いずれ結論を出して欲しいと。

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