Epi88 美術館デートで差を実感
絵画を見ている時の葉月の表情。立派なお嬢様だ。凛とした表情。真剣な眼差しに堂々とした立ち姿。まじめな時の葉月は育ちの良さが、これでもかと溢れてくるな。
いつもこんな感じなら、愛せるんだけどなあ。普段が変態過ぎる。
絵ではなく葉月を見ていたら、視線に気付いたようだ。
「絵よりあたしの方が美しいでしょ」
へらへら笑ってやがる。だから、そうなるとただの変態。さっきの凛々しさはどこへ行った?
まあ、可愛いんだけど。
「いや、絵画の方が美しい」
「見蕩れてた癖に」
「気のせいだろ」
「直輝。あたしも頑張る」
俺に好かれるよう、愛されるよう頑張るんだとか言ってる。
好かれるよう努力するのはいい。でもさ、身分差は埋められないぞ。さっきの姿を見ると俺はやっぱ下賤。クソ坊ちゃんみたいな奴を前にすると、素が出てくる卑しさがあるからな。育ちが悪すぎるんだよ。
館内を移動しラファエル・コランと、黒田清輝なる画家の絵を見る。
「画風が似てるでしょ」
「似てるって言うか、ポーズがパクリ」
「パクリって言わないの。リスペクトして似たような構図で描いてるだけ」
コランに強く影響を受けた画家だから、だそうだ。それにしても、まあ、あれだ。女性の上半身を描いた裸婦像。コランの方がなんか滑らかな質感でエロい。
ああいかん。こんな感想持つからバカが治らないんだ。
「エロいとか思った?」
「なんでわかる」
「あたしもそう思うから」
なんだそれ。でもあれか、葉月はもとよりエロいからな。視点がエロ中心でもおかしくは無い。
「あたしの方がもっとエロい体だと思う」
「あのなあ」
「そう思うでしょ?」
「いや、単純比較できないだろ」
アホだ。とは言え葉月に魅力があるのは確かだ。肌の滑らかさは十代ならではだし。俺がもう少しましな家庭の生まれだったらと、つくづく思う。
肥溜めと天使の差くらいあるだろ。
次の展示室へ移動すると、水にまつわる絵画やガラス工芸品が並ぶ。
「これ、ガラスなのか?」
「そう。エミール・ガレの作品でしょ。うちにもあるよ」
「あるの?」
「ジジイが苦労して入手したんだって」
まず出回ることの無い作品。稀にオークションで手放すケースがある。その時にすかさず金に糸目をつけず落札したそうだ。
個人所蔵品が多いわけじゃ無い。美術館に収蔵されてしまうと、二度と個人では入手不可能。だからか、常に機会を窺っていたそうだ。
ひと通り館内を見終えると、併設されたレストランで昼飯にする。
「ランチセットでいいか……ビーフシチュー三百円増し?」
「食べたきゃ食べればいいじゃん」
「なんか貧乏性なのか、プラスってなると考えちゃうんだよな」
「気にしなくていいっての。直輝の財布から出さないんだから」
葉月と一緒の時は曽我部の財布から、すべて出ることになってる。俺は一円たりとも負担する必要が無い。これってヒモ、だよなあ。
まあ、仕事の一環としての面もあるからだろうけど。
結局、メニューは同じものに。三百円プラスしてビーフシチューランチ。
「美味しい?」
「まあ美味いと思う」
「うちのお抱えシェフより?」
「いや、あれは別格だろ」
外食で二千円も三千円も出したことが無い。だから正直、味がどうこう言えるほどに、舌が肥えて無いんだよな。何食っても同じだから。不味いってのじゃなく、美味いと感じるのは目の前に葉月が居るから、ってのもありそうだ。
器用にナイフとフォークを使い食事をする姿。普段の食事の時も思うけど、さすがに上品だ。カチャカチャ音をさせないんだから。諸岡さんに徹底的に仕込まれたんだろうな。
俺の場合は箸がいいけどな。ナイフとフォークは使い辛い。まあ仕方ないけど。
「食べないの?」
「いや。食うよ」
「早く食べて次行くんだからね」
「へいへい」
食事が済むと車に乗り込み、次の美術館を目指す。
「どこ?」
「ガラスの森美術館」
「近い、な」
来た道を少し戻って右折して突き当りを左折か。
数分程度でガラスの森に着く。
「ヴェネチアングラスと現代ガラス、それと庭園が売り」
「そうなんだ」
「今の季節だと庭園も寂しいけど、春と秋は見応えあるんだよ」
「来たこと無いからなあ」
バイトだけの学生時代。遊ぶも学ぶも無かったなあ。これもすべては貧困が悪い。人のせいにしても仕方ないけど、やっぱ一般常識を身に着けられる程度に、生活にゆとりが欲しかった。なんのための大学だったんだっての。何も身に着けられなかった。助けてくれる人なんて居ないんだからな。自己責任ってのは実に都合のいい言葉だ。
貧乏なのは自分が悪い。学びが無いのも自分が悪い。常識が無いのも自分が悪い。
為政者はそう言っておけば楽だよなあ。経営者も同様。努力が足りないからだ、で済んじまう。
ま、今さらだ。今は恵まれた環境に居るんだし、しっかり学ばせてもらおう。
美術館に入り展示物を見て回る。
「派手だな」
「きれいだよね」
「まあ、そうかもな」
「感動しない?」
わからんのだよ。価値が。無駄に装飾された器なんて、使い辛そうだし。使う気が無く飾りならわからんでも無いけど。
「うちにもヴェネチアングラスなら、それなりにあるよ」
「すげえな」
「ジジイのコレクションルームに置いてる」
「大旦那様って蒐集家なのか?」
どうやらそうらしい。余生は美術品の収集に尽力してるとか。会社の会長やりながらも、常に情報を入手し買えそうなものを買い取ってるとか。
そのためにいくら使ってるかは知らんけど。葉月もわからないらしい。
まあ、金持ちならではの道楽なんだろう。
「今度見せてもらえばいいよ」
「見せてくれるのか?」
「当り前じゃん。見せたくて仕方ないんだよ」
自慢のコレクションだからか。
展示品をひと通り見終えると、庭園の散策になるが、時期的にクリスマスイルミネーションで彩られていて、これでも見応えが無いっていうのか?
至る所がきらきら煌めいてるし。派手だなあ。陽光を反射するガラス工芸品。充分見応えあるぞ。
「すごいな」
「春はバラ、梅雨時はアジサイ。秋はバラと紅葉。彩が違うんだよ」
「そうか」
「また来てみる? 三回あるけど」
それもいいかもな。
「そうだな」
「次に来る時は結婚指輪が嵌ってるといいな」
「それはない」
「なんで? あたしはそのつもりだから」
俺と結婚して子どもふたり生んで、幸せな家庭を築く、とか抜かしてやがる。
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