Epi87 苦寒にお嬢と美術館

「直輝。美術館行こうよ」


 美術館?

 花奈さんと行ってるけど、まあ教養に磨きを掛けるなら、行って損は無いよな。

 了承すると。


「箱根」

「は?」

「ポーラ美術館」


 いや、結構な距離あるんじゃないのか。


「時間掛かりすぎないか?」

「泊まり掛けは?」


 それは、諸岡さんとか一緒じゃないと無理だろ。俺とふたりきりなんて許可されないだろうし。


「ってことだが」

「問題無い」

「なんで?」

「事前に言っといた」


 つまり、事前に俺とふたりきりの外泊許可を取ったと。そう言えば、旦那様も生本番ですら許可してそうだった。子どもができたら報告して認知。結婚しなきゃならん。すでに俺の自由意思に委ねられてる状態。

 マジで結婚に至りかねない。それはちょっとあれだ。花奈さん居るし。

 行くのはいいけど、絶対に繋がるのは阻止しよう。


「じゃあ、行ってもいいけど」


 如何わしいこと一切禁止、と言ったら。


「握るのも駄目なの?」

「いや、まあその程度は」

「吸うのまではいいよね?」

「あのな、旅館にしろホテルにしろ、如何わしいことは禁止だ。ラブホじゃ無いんだから」


 少しはいいと思うとか言ってるが、一般常識でホテル旅館で盛るのは無い、と言っておいた。


「で、宿泊先はどうするんだ?」


 顔馴染みの旅館があるとか抜かしてやがる。


「それって」

「強羅にある。予約しといた」

「は?」

「予約済みだから行くだけ」


 金を払う必要もない。行けばすぐに宿泊できる。食事は部屋食。旦那様が話を通しておいたそうだ。なんでもありだな。

 展望檜風呂のある貴賓室だとか。なんか、俺には縁が無かった宿みたいだな。

 土曜日の午前中に出発し、日中は美術館巡りをして、夕方にチェックイン。翌日は朝九時にチェックアウトして芦ノ湖を見て帰る、そんなルートになった。


「やっと直輝とふたりきり」

「如何わしいことは無しだぞ」

「ふたりきりの旅行だよ。萌えるじゃん」

「萌えねえんだよ」


 絶対繋がることを企んでるだろ。旦那様に話をしたってことは、もしかすると生もありとか聞かされたかもしれん。

 頼みの綱と思った奥様とか大奥様だが、とりあえず確認してみると「好きにしろ」とだけ。さっさと孫の顔を見せろとまで言いやがった。

 俺、ここに骨埋めるのか?


 花奈さんとの結婚が遠のく。


 そして土曜日。

 車はBRZではなく、車格が上になるアストンマーチンDB11。乗ってみたいと思ってた奴だ。でかいのに後席は狭い。

 荷物を積み込むが、夏の時と違い一泊だから、それほど荷物は無い。当初、着替えを多数とか抜かしたが、不要だと伝え思いっきり減らしてやった。

 ただ、この季節は寒いから防寒のために、上に羽織るものはしっかりしたものをと。


「で、その格好かよ」

「寒いから」

「いつも裸の癖に」

「直輝の前だから全部見せてるだけ」


 でっかいフードの付いた白いパーカージャケットを着てやがる。


「高そうだな」

「高くない。六十万くらい」


 充分すぎるほどに高いっての。金銭感覚麻痺してやがる。まあ、ソファに二百万以上出すんだからな。それと比べれば安価と思うんだろうよ。

 にしても、簡単に説明してくれてるが、MooRERムーレーMEGEVEムジェーブ-LAPと言われても、俺にはさっぱりわからんぞ。

 とは言え、こうやって金持ちが金を使えば、経済も循環するってもんだ。


 葉月を乗せて出発する。

 乗り心地はいい。でかいのと重量級だからな。安定感もあっていい感じだ。

 東名高速に入って足柄スマートICまで行き、御殿場バイパスから百三十八号線へ。ここまではナビ無しでも楽に行ける。

 道なりに進み仙石原交差点を曲がるのを忘れると、ちょっと遠回りになるから注意しておく。


 車内ではジャケットを脱いでリラックスする葉月だ。

 あのなあ、脚をダッシュボードに乗せるな。はしたない。


「葉月、だらしないぞ」

「シートが平らなら足伸ばして乗れるのに」

「リムジンなら良かったのか?」

「あれは見た目がダサい」


 文句言いやがって。旦那様とかアレが普通だぞ。


「じゃあ旦那様にらくちんな奴を所望しておけ」

「そうする」


 金の掛る娘だよなあ。それでも可愛い娘にねだられると、結局買っちゃうんだろうな。親父ってのは娘に甘い。まあ、見た目だけは完璧だからな。愛らしさはある。

 仙郷楼前で細い道を上ってあとは凡そ道なり。

 下り坂が多くなると運転が下手だと、ブレーキが焼き付くとか。花奈さんだったら上手く運転するんだろうな。俺はまだそこまで至ってない。


 カーブも多いから気を抜けない。

 暫し走ると左手に見えるようだ。


「着いた」

「長かった」

「お尻痛くなった」

「そうか? 肉厚そうなのに」


 そうじゃないとか言ってる。姿勢が同じだったからだとか。

 一時間五十分近く掛けて辿り着いた。すでに時刻は午前十一時だ。


「見て回ったら昼飯どうする?」

「どこでもいい」

「ラーメンとか定食でも?」

「定食屋さんって入ったこと無い」


 だろうよ。高級な寿司だの料亭だの、フレンチだの贅を極めてきただろうし。こっちは貧困が過ぎてろくな食いもん食ってない。ここに来てやっとまともな飯にありつけた。

 ポーラ美術館に隣接する駐車場に車を押し込み、建物に続くスロープを歩き正面口へ。

 チケットカウンターで支払いを済ませる。


「年間パスみたいなの、持って無いのか?」

「年に一回来るか来ないかだから無い」


 いくら金があると言っても、不要なものに金は出さないか。

 エスカレーターを下るとギャラリーに。この建物、地下へ地下へと進むのか。崖にでも作ったのか?

 あと、レストランがあるなら、そこで昼飯食えばいいか。いくらなんでも、高級フレンチレベルの値段じゃ無いだろうし。


 地下一階には展示室とカフェにショップか。

 展示室へと進み早速観覧することに。この階の展示は企画展のようで、現代作家の作品を展示しているようだ。


「なんか、これは」

「わからない?」

「なんて言うか、ピンと来ないって言うか」

「合わないだけでしょ」


 さらっと見て地下二階へ向かう。

 この階には企画展の展示物と、所蔵しているコレクションがあるみたいだ。

 企画展の続きである現代アートは、適当に見てコレクションの方で時間を掛ける。


「これがモネの作品?」

「そう。光と色彩の豊かさの象徴」


 印象派を代表する画家だと言ってる。俺でもさすがにその程度はわかる。

 それにしても、葉月の表情がね。凛々しいぞ。

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