Epi86 噂話には尾ひれが付きもの

 旦那様から解放され葉月の部屋に戻るのだが。

 まさか妊娠したらとか、そんな言葉まで出るとは。期待してそうだけど、葉月と結婚は無いんだよなあ。

 部屋のドアを開けると飛びつく葉月が居る。


「直輝!」

「なんだ?」


 胸元へ顔面すりすり。抱き締められてるし。


「パパはなんて言ってたの?」

「お咎めなし。二度と近寄るなって脅したそうだ」


 生本番の件は黙っておこう。調子に乗って確実に貪られる。

 ずるずるソファに引き摺られ座らされるけど、如何わしいことは無いからな。今日はなんか精神的に疲れたし。

 隣に寄り掛かるように腰掛ける葉月が居る。

 頭を肩に乗せて、だから、股間をいじるな。


「伸したんだって?」

「伸してない。腕を取って動けなくしただけ」

「強くなったんだね」

「いや。あいつが弱過ぎるだけだ。口先だけの腰抜けだよ」


 本気で不愉快な奴だったから、俺が伸してくれてすっきり、だそうだ。あちこち手を出しちゃ捨てて、やりたい放題だったらしい。煩い女性には金か力で以ってねじ伏せる。つまり家族全員に対して脅しを掛けてたと。

 とんだ犯罪者擬きだな。そんな奴が本当に反省するとは思えないけど。

 だから、ズボンを下げて取り出すなっての。今日はそんな気分じゃないし、葉月に食われ過ぎて股間の老化が激しいんだよ。


「こっちは怪我してないの?」

「あのなあ」

「ちゃんとチェックしとかないと」

「無事だっての」


 ひたすらアホだ。

 もし今後も絡むようなら、お家取り潰しとか。江戸時代かっての。旦那様があらゆる手段を講じて、徹底的に追い込むとか言ってたらしい。

 敵に回したら怖すぎるな。金も権力もあるからこそ、迂闊に手出しできないのが、曽我部家ってことか。

 えらい所に就職したもんだ。


 だから! なにしてやがる。


「葉月」


 夢中になってやがる。どんだけ執着するんだっての。

 それに反応する俺って、やっぱ意志薄弱。心地良さから、つい身を任せちゃうし。


 葉月にがっつり食われて抜け殻の俺。風呂場でもがっつきやがって。きりがねえ。

 存分に楽しんだであろう葉月は、ベッドで安らかな寝息を立ててるし。なんでこいつは、こんなにも性欲ばかりが突出して旺盛なんだよ。

 危うく繋がりかけたし。なんとしても死守する気だけど、それもいつまで持つのやら。限界は近い。


 翌朝目覚めると、葉月はまだ起きてない。


「起きろ」


 無反応だ。


「死んだか?」


 鼻を摘まんでみると。


「ふがあ!」


 目覚めたようだ。


「直輝! もっと優しくキスで起こしてよ」

「これで充分だ。キスはお姫様にするもんだからな」

「お姫様みたいなもんじゃん」

「過去のお姫様に呪われるぞ」


 こんな性的に爛れた姫様が居て堪るか。あ、いやでも。中世くらいだと性の乱れもあったかもな。貴族にモラルなんて無かっただろうし。自分の思うように領民を扱えて、自在に支配してただろうからな。モラルが育つ土壌が存在しない。

 ああ、今と大して変わらんか。金持ちにモラルねえもんなあ。金持ち同士のモラルならあるんだろうけど、一般庶民の考えるモラルと明確に違うんだろう。

 だから、あんなろくでなしが闊歩することになる。


 裸の葉月に服を着せ身支度を整えダイニングへ連れて行く。

 下着だけは必ず俺に身に着けさせる。ブラもパンツも。いちいち触らせて見せ付けてきやがる。つい触って、見る俺も俺だよなあ。なんか自分が情けない。


 ダイニングに入るとメイドさんの視線が、なぜか俺に向いてる。


「なんだ?」

「武勇伝じゃないの?」

「は?」

「昨日の大立回り」


 大立回りって言うほどのもんじゃ無いんだが。

 葉月を席に着かせると、その後ろに立つが右横に並ぶ槇さんが居て、ぼそっと耳打ちしてきた。


「絡んできたお坊ちゃん。豪快に投げ技決めたんですって?」


 なんだそれ。


「えっと、なんですか、それ」

「噂になってますよ」

「お嬢様にたかる害虫駆除したんですよね」


 左横に並ぶ前山さんも妙なことを口にしてるし。待て、なんだそれは。どこでどう間違って話が広がったんだ?

 ぼそぼそ両隣のメイドが俺に話してくる。


「体格差をモノともしなかったそうで」

「ここに来たばかりの時は、少し軟弱な感じでしたのに」

「いや、あの。少々話が膨らみ過ぎでは」

「もっぱらの噂ですよ」


 誰だ、そんなアホな武勇伝擬きを広めたのは。

 俺の前で黙々と飯食ってる奴が居て、そいつの肩がふるふる震えるんだよな。ってことはだ、噂の根源は葉月だ。

 あること無いこと、適当にでっち上げて面白おかしくしたな。あとで追及してやる。


「向後さん」


 メイド長だ。


「お話に夢中にならないように」

「はい」


 おいこら、俺は無実だ。ふたりが話し掛けるからだっての。

 食事が済むと葉月を学校へ送り届ける。

 車に葉月を乗せてから切り出してみた。


「葉月」

「なに?」

「妙な噂広げただろ」

「噂?」


 とぼけてやがる。


「大立回りだの体格差をものともしないとか」

「そうだったの?」

「おい。ネタは上がってんだぞ」

「ママが言ったんじゃないの?」


 そんなわけねえ。奥様はその場に居ない。嘘吐くならせめて、蓮見さん辺りの言葉とでも言えばいいものを。旦那様はそんなことを口にしないだろうし。蓮見さんだっていちいち言うわけが無い。


「ってことだが?」

「だって、あたしのためだったんでしょ」


 腹が立ったのは俺に対してより、葉月との関係を直接聞こうとしたからだ。葉月のことだから平気で言うだろうけど、曽我部家のことを考えると、そんなの迂闊に言えないし。あいつじゃ、とても葉月を幸せにできそうに無かったし。都合よく殴り掛かってきたから、制圧したに過ぎない。相手が弱過ぎたのもラッキーだったな。師範みたいな人だったら、逆に俺が伸されてただろうし。


 葉月を学校に連れて行き屋敷に戻ると、花奈さんが門の周りを掃除してる。

 車から顔を出してあいさつすると。


「噂になってますよ」

「朝言われた」

「投げ飛ばしたとか」

「まさか信じてないよね?」


 噂は噂。


「私が教育係でしたから」


 えーっと。それってどういうこと?


「そんな風に教育してないですから」

「あ」

「そういうことですよ。でも、災難でしたね」


 そうだよ。花奈さんが俺を指導してたんだから、もし無謀な行動を取るようなら、花奈さんの教育が失敗ってことだし。

 ちゃんと教えを守れたってことは、花奈さんが優秀だってことだよな。

 やっぱ、さすがだよなあ。

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