Epi84 婚約者はどこかの馬の骨
出自がお粗末な執事風情が曽我部の娘の婿。
瞬く間に会場内に広がると驚愕の声が漏れてくる。
「葉月。これはちょっと」
「パパ。言わないとしつこいから」
「でもなあ」
「旦那様。仕方ありません。こうなったら向後を鍛え上げるしか」
曽我部に相応しい存在として、鍛え上げて堂々と婚約者として、後日正式に伝えるのがいいと言ってる。
「今はお嬢様の暴走と言うことで、この場を収めましょう」
「そ、そうだな」
その後、蓮見さんにより葉月がフライングしただけで、正式決定では無いこと。ただし、執事とは言え優秀な存在であることから、その可能性も視野に相応しい存在として、曽我部家で鍛えるのだとか言って、場を収めたようだ。
機転が利くってことは、蓮見さんは優秀なんだよな。さしもの旦那様も狼狽えてたし、俺なんかは否定も肯定もできず、ただ、立ち尽くすだけだった。
そしてもうひとつ問題発生。
「葉月お嬢様の執事様ですの?」
「お若いのに優秀なのですね」
「どのように射止めたのでしょう?」
「曽我部のお嬢様を射止めるのは至難、とまで言われておりましたのに」
女性が集まってる。俺の周りに。
つまりだ、俺のステータスが葉月の婚約者、と言うことで跳ね上がったらしい。曽我部のお嬢は如何なる男性にも振り向かず、男泣かせの堅物、と思われていたそうだ。それが、よりにもよって執事に恋をして、あげく婚約者だとぶちまけた。
ならばと、どんな男性なのかと興味を抱く女性が、俺の周りに集まったと。
隣に居る葉月が仏頂面だ。俺が女性に囲まれて不愉快なんだろう。今まで微塵も関心を抱かなかった癖に、とか思ってそうだ。
「お嬢様のお眼鏡に適うと言うことは、優れたものをお持ちなのですね」
「優れたち――」
このアホ。チ〇コって言おうとしただろ。慌てて葉月の口を塞ぐと「まあ、仲がよろしいのですね」とか、微笑ましい雰囲気だと思ったか? だが、普段の葉月を知ったら腰抜かすぞ。
こんな状況下、俺の肩を叩く奴が居る。振り向いてみると、さっきのイケメンクソ坊ちゃんじゃねえか。
「少し話し、いいかな」
葉月が気付くと「用件があるなら私を通しなさい」とか言ってる。
「いえ、男だけで話をしたいので」
「直輝は私の」
「それは先程伺いました。その上でこちらの執事と話しをしたいのです」
お借りしますよ、とか言って俺に会場外へ出るよう促してる。
葉月を放置してってのは問題あるんじゃ? と思ったら蓮見さんが来て「嫉妬でしょうから適当に流すとよろしいですよ」と。葉月のことは蓮見さんが暫く面倒見るそうだ。
マジで機転が利くなあ。どれだけ鍛えられても、俺が蓮見さんのようになれるとは思えん。
でだ、エレベーターロビーで睨み合いだ。クソ坊ちゃんの方が背が高いから、俺が見下ろされる感じだ。見下してるんだろう。その目付きで見られれば、さすがに俺でもわかる。
「さて、キサマ。どうやって葉月さんに取り入った?」
キサマときたもんだ。地位は高くとも中身は確かにクズだ。人を見下しながら生きてきたんだろう。だから葉月に見抜かれて嫌われる。
「何もしておりません」
「嘘だな。出自の卑しさから、不法な手段でもって葉月さんに取り入ったんだろう」
「天地神明に誓ってその様なことは」
「簡単に口を割るとは思ってない。だが、必ず裏があるはずだ」
ねえよ、そんなもん。
「無いとは思うが葉月さんと、体の関係になっていないだろうな」
「ありません」
「ま、あっても無いと言うだろうけどな。まあ、それはあれだ、あとで葉月さんに尋ねれば済む話だ」
「ありませんよ」
黙れ、と一喝。こっちの問いに対してだけ答えろと。誰の許可を得ているのかだって。どこの時代劇だよ。
それにしても、顔がいくら良くても、ここまで性格が腐ってちゃなあ。こんなのも見抜けないほどに女性ってのは、人を見る目を養われていないのか。金と見た目ばっかり気にしてるからだろうな。
葉月は奇跡的な存在かもしれん。あ、でも、葉月を褒めるってことは、俺になにかしら葉月が惹かれる要素があるって。そういうことになっちまう。
「キサマ、執事だろ。葉月さんにきちんと断れ」
「何度も申しています」
「じゃあなぜ葉月さんは婚約者などと宣言した」
「痺れを切らしたとしか」
あって堪るか、とか言ってやがる。あるから宣言したんだっての。自分に都合のいい解を得られないと気が済まないんだ。
くだらない。金だけでブイブイ言わせて、中身を鍛え損ねてる。
「いいか、必ず断れ。キサマ如きが葉月さんと結婚など、あってはならないんだからな」
「重々承知しております」
「くそ! なんだキサマ。さっきから」
イライラしてるなあ。自分の思う通りの展開に至らない。気の短さもあるな。これじゃあ幸せな夫婦生活なんて営めないぞ。葉月を幸せにすることが目的ではなく、自分がいい気分に浸りたいだけのクズだ。
あ、なんか握り拳が。
いてっ! 勘弁してくれっての。痛いの嫌いなんだから。
「殴られて無言か。ならば」
もう一発殴ろうとしてきたから、腕を取って背中に回し制圧すると。
「ききき、キサマ! この俺様に!」
「痛いか?」
「い、痛いに決まって、る」
「いいか。俺は生まれが卑しい。だからお前如き殺すのもわけは無い」
すっげえ怯んだ。
「あまりいい気になるなよ。お前なんぞと違って、こっちは守るものなんて無いんだよ」
所詮、極貧の生まれだ。元々なんもない。
「それと、次にその汚らしい面を見せたら、容赦なくぶち殺す」
わかったか、と言うと。
「わ、わかり、ました」
「もう一度言う。しつこく敵対してくるなら全力で叩き潰す。出自の卑しい奴だからな。失うものなんて無いんだよ」
「は、はい。わかり、ました」
泣きそうじゃないか。大手商社の息子ってことで、誰も逆らわなかった。だから図に乗ってるだけで、喧嘩すらも慣れちゃいない。こんな簡単に制圧されるんだから。
逆にこうして脅しを掛けると、すぐに怯える。人生初じゃないのか? 屈辱だろうけど失うものが多い奴なんて、すぐに腰砕けになる。俺みたいに元々なんも無ければ失いようもない。
「理解したか?」
「はい」
腕を解放するとよろけながらも逃げて行くクソ坊ちゃんだ。
ああ、これ、事後報告どうしたらいいんだろ。ついやらかした。
仕方ない。戻って正直に申告しよう。間違いなくクビだよな。
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