Epi83 婚活パーティーではない

 会場内を覗くと、すでに多数のヒキガエルとウシガエルが、闊歩してる状態だった。旦那様はどこかと思えば、複数の人に囲まれて談笑中。その傍には蓮見さんも居るな。

 仕方ない。中に入るしかない。

 葉月の手を取り入ろうとしたら。


「こんにちは、葉月さん」


 誰だ? 気軽に呼ぶ奴は。

 見ると高身長のイケメンだ。ウシガエルの中にあって、まあ面構えだけは相当なものだな。身長も百八十を超えてそうだし。俺より五センチ以上高い。そのせいかどうかは知らんが、堂々とした立ち居振る舞いをしてるし。

 葉月を見ると無表情だ。


「ああ、金塚」

「お久しぶりですね。すっかり成長され美しくなられて」


 こいつもヨイショから入る口か。

 それにしても俺なんて視界に入ってないみたいだ。せっせと葉月と話そうとしてるし。

 こいつ、葉月に惚れてんな。よだれ垂らして股間を膨らませてるんだろう。ああ、こんなことを考えるのも葉月の影響か……。


「よろしければ、少し話をしませんか?」

「のちほど」

「わかりました。ではのちほど。ごあいさつもあるでしょうから」


 離れて行く高身長イケメンだ。


「誰?」

「バカ息子。日本で八番目くらいの大手総合商社のクソ坊ちゃん」


 クソ坊ちゃんとか、言い方。まあ嫌ってるんだろうな。

 それにしても八番手の商社かよ。相当なステータスだな。


「顔も背も高いじゃないか。普通なら優良物件とかだろ」

「顔も背も要らない。直輝じゃないから」


 俺じゃ無いって言っても、俺の顔はなあ。自慢できる風貌じゃないし。背も低くは無いが高くも無い。至って普通。取り柄らしい取り柄も無い極貧だった。

 比較したら、ほぼすべての女性が、あの高身長イケメンに群がるだろ。


「成長されてとか言ってたけど」

「五年くらい前から知り合い」

「その当時から粉掛けてきてたのか?」

「そう。なんか目を付けられたみたい」


 やっぱそうなんだ。視線がね、一瞬だけど胸元を舐めるように見てたし。五年前と違い見事に育ったんだろうからな。そりゃもう、際限ないくらい顔を埋めていられる、そのくらい素晴らしいブツを持ってるぞ。弾力と沈み込む感覚は最高だし。

 愛らしさで言えば変わらないんだろうけど。きっと誰が見ても可愛いと思うほどに。


「じゃああれか、そろそろ本格攻勢もありそうだな」

「要らない。直輝が居るから」

「俺なんて葉月とは無理かもしれんだろ」

「無理じゃない。こうして呼ばれた」


 この場に呼んだ、と言うことは将来への布石だとか。

 まずは周知させて、いずれは婚約者の地位になるんだとさ。俺にその気は無いんだけどな。花奈さんと普通の家庭を築いた方が、多分幸せになれると思う。

 荷が勝ち過ぎなんだよ。葉月とか曽我部家じゃ。


 その後、経営者に同行する秘書との名刺交換に。


「高嶺と申します。今後良しなに」

「向後と申します。曽我部葉月専属執事を行っております」

「福江と申します。曽我部様には大変お世話になっております」

「向後と申します――」


 俺の名刺を見ると口々に「この秘書兼筆頭執事とは?」と、何度も質問を受けて実に面倒臭い。

 その度に葉月付きの執事であり、大旦那様の秘書役を務めると説明する。

 大旦那様の名を出すと誰もが感心することから、俺の格は高いと見られているようだ。


「名刺、良かったじゃん」

「良くない。これで数年後居なくなってたら、恥ずかしいだろ。旦那様も大旦那様も」

「頑張ればいいだけ。あたしのために」


 やだ。

 でも勤めている間くらいは、葉月に並べる程度にはなっておきたい。今後転職した際に優位に働く可能性もあるし。

 一応、転職も視野に考えておく。いつまでも秘書だの執事なんて、へいこらする仕事に就いててもなあ。それに転職しないと葉月と結婚に至りそうだし。

 ここでキャリアを積んでおけば、違う未来を手に入れることもできるだろう。


 名刺交換がひと段落すると、あのクソ坊ちゃんが近寄ってきた。

 露骨に嫌そうな顔をする葉月だが、向こうはそんなのお構いなしだな。自分に自信がありすぎて、どんな女性も靡くと思い込んでるんだろう。俺とは大違いだ。

 だが、そんな俺でも葉月に愛されてるぞ。悔しいか、クソ坊ちゃん。

 なんて思ってても意味が無い。


「葉月さん。少しお時間を頂けますかな?」

「い、少しでしたら」

「良かった。久しぶりなので忘れられたかと思いましたよ」


 イヤって言おうとしただろ。ま、心配するな。ちゃんと覚えてるぞ、嫌いな奴として。


「そう言えば過日、正岡の御曹司とお見合いをされたとか」

「してます」

「パートナーとして連れ立っていないと言うことは、破談でしょうか」

「そうです」


 安堵のため息をわざとらしく吐いてやがる。それは良かったとか。こいつの目的なんて葉月に見透かされてるぞ。


「では、私にもチャンスはあると」

「ありません」

「はい?」

「ありません。希望を抱くのもやめて頂ければと」


 いや、そこまではっきり断るかね? そして俺の腕を引く葉月が居る。

 でだ、言って欲しくないことが葉月の口から零れ出た。


「直輝が私の婚約者です」


 呆気に取られてるぞ。それだけじゃない。傍に居た連中が瞬時に静かになったし。みんなこっちを見てる。

 これ、大騒動だろ。執事が婚約者とかなんの冗談だって、誰もが思うだろうし、断るにしてももう少し違う方法とか、なんて。


「あの、えっと、葉月さん? お付きの人は執事ですよね?」

「そうだけどそうじゃない。婚約者。大学卒業したら結婚しますから」


 徐々に会場内にざわつきが。これ拙くね?

 そう思っていたら旦那様と蓮見さんが、人混みを避けて駆け寄ってきた。


「は、葉月」

「パパ。ここで宣言していいですよね」

「いや、あの待て」

「言わないと、あまりにも煩すぎるのです」


 我慢の限界って奴か。

 こうなると葉月は止まらない。堂々と公言されてしまった。


「私、曽我部葉月の婚約者はすでに決まっています。声を掛けても無駄ですので、二度と粉を掛けぬよう曽我部の名で厳命いたします」


 頭を抱える旦那様と蓮見さんだ。俺もここらか逃げ出したい。

 会場内が激しくざわつく。口々に相手はどこの誰だと。傍に居た人から口頭で執事が、とか伝えられると「あり得ない」とか「由々しき事態では」とか、そんなに執事ってのは恋愛対象にならんのか?

 やっぱあれだ、身分差ってのは確実に存在してる。こいつらには受け入れ難いんだろう。

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