Epi82 またしても財界パーティー

「向後君。二度目だけど」


 旦那様から呼び出され、財界パーティーへ参加するよう言われた。

 また、あの悪臭漂う中に行く必要があるのか。あの悪臭ってのは人間が腐ってるからこそ、漂うものなんだろう。性根の腐り具合で悪臭の度合いも違うようだが。

 決して加齢臭などではない、人ではない物体の醜さから噴き出す悪臭だ。


「今回は他の経営者に同行する秘書と、名刺交換も兼ねているからね」


 前回は単なる顔見せ。今回は名刺交換を行い一歩踏み出すそうだ。俺にそんな役は務まるはずも無いんだが。粗相を繰り返して旦那様が恥かくぞ。


「お嬢様は参加されないのですか?」

「行きたくないって駄々こねてたんだが、向後君が連れ出して欲しい」


 行けってことか。問答無用だな。

 葉月のお伴ならば失態も無く済むかも。場慣れしてるし顔も広いし存在感もある。変態なのにそこだけは見事にお嬢様を演じてるし。大した猫被りだ。

 前回はBRZで行ったが、今回は格を上げてクアトロポルテで行けと。葉月は後席に乗せて執事として振舞うことを求められた。


「それと、遅くなったが向後君の名刺だ」


 差し出された名刺。社名が上段に印字され、その下に「秘書兼筆頭執事」とかある。なんだ筆頭って? 蓮見さん居るじゃん。それと秘書って。俺にそんな仕事務まるわけが無い。


「あの、秘書とか筆頭って」

「肩書は重みがあるほど効果があるからね」

「いえ、あの。蓮見さんは?」

「蓮見は私専属秘書だからね」


 それを言ったら俺だって葉月専属。

 若いことから軽く見られやすい。ゆえに肩書で補完してるそうだ。


「名刺交換や礼儀作法は習ってるんだろ?」

「その辺は中条さんから叩き込まれてます」

「ならば問題あるまい。名刺交換ついでに他の秘書を知っておくといい」


 今後も引っ張り出すことから場数を踏んでもらうと。


「葉月に相応しくありたいだろ?」

「まあ、横に並べるくらいには」

「ならばさっさと慣れてしまえばいい。それと葉月が高校を卒業したら、会長の秘書も兼ねてもらうからね」


 会長、つまり大旦那様。日中は大学に通っているから、秘書としての時間は充分ある。しっかり大旦那様に仕込まれると良いとか。予定より早いが、俺を引き上げるために必要と判断したらしい。つまりだ曽我部家に相応しくあれと。

 なんか、レール敷き始めて無いか? このままなし崩し的に葉月の旦那とか。


 葉月の部屋に戻るとベッドに転がってるし。いい加減寒くなってきても、まっぱで誘惑してきやがる。

 まあ、空調が行き届いてるから、室内は暖かいけどな。


「パーティー?」

「葉月も」

「行きたくない」

「首に縄付けてでも連れて行けだって」


 しかめっ面するなっての。俺だって行きたくないんだから。

 だから、そこで足を広げてパカパカするなっての。丸見えどころか具まで見えてるぞ。そこには絶対入れないけどな。すげえ入れたい気持ちはあるけど。


 それにしても、年に何回パーティーなんてやってるんだ?


「二回。春と秋か冬」

「で、あのカエル面が一堂に会すると」

「そう。バカ息子も前回以上に集まる」


 クリパのパートナー探しも兼ねるとか。令嬢も複数参加するから、機会を伺っていたバカ息子どもが一斉に集合して、さながら婚活パーティーだとか。


「葉月も声掛けられそうだな」

「去年まではそうでもなかったけど、今年は煩いのが増えてきた」

「十八なら今のうちにとか思うんだろ」

「うざい。臭い、きしょい」


 俺以上に御曹司とやらを嫌ってるなあ。前回のアレを見ると、確かに気色悪い集団だけど。金こそがステータスみたいな、中身の無い連中が虚飾の世界で虚勢張ってる、そんな感じだったし。

 まあ、高学歴ではあるんだろう。俺みたいな三流大卒じゃなくて、私立の一流大卒で高校も私立、下手すれば中学も私立とかの。


「知識はありそうだけどな」

「でもバカ」


 哀れな連中だ。せっせと積み上げてきたステータスが、葉月相手だと通じないんだからな。俺みたいな極貧がいいとか、冗談みたいな状況になってるし。


「あ、美桜ちゃんとか香央梨も来るのか?」

「来ないよ。財界って言っても所属する団体が違うから」


 ああそうか。日本にはいくつか経済団体がある。旧財閥系を筆頭とした最も巨大な団体。比較的新しい企業が集まった団体。ITやベンチャー主体の団体とか。その他には地方企業主体の団体もあったな。商業工業団体もあるし。

 いずれも政府に癒着し利益誘導を図る団体だけどな。


 パーティー当日になると、だからさあ、まっぱで出掛けられないだろ。


「服を着ろ」

「やだ」

「裸で連れ出せないだろ」

「フルマン参上!」


 戦隊ものの登場ポーズかそれは? アホなこと抜かしてんじゃねえ。


「なんだそれ」

「フルチンに対抗した」


 バカ過ぎだ。


「直輝はフルチンがいい」

「ねえぞ」

「フルパイもあるよ」

「だから服を着ろ!」


 これがお嬢だってんだから、親の教育が完全に失敗してるだろ。


「じゃあこれでいい」


 衣裳部屋から引っ張り出してきたのは。


「ゴスロリ……」

「ネットで買った」


 時代が時代なら違和感も無かっただろう。だけどな、今着るとただのコスプレだ。

 仕方なく、淑女然とした衣装を用意し、無理やり着せて行く。まともな服ならいくらでもあるからな。俺のセンスで選んでるから壊滅的かもしれんが。それでもゴスロリよりはいいだろう。

 まっぱ、なんてのはもってのほかだ。


 玄関先に車を回して葉月を乗せると一路、六本木の超高級ホテルへ。


「なんか気持ち悪いんだけど」

「俺もだから心配要らん」

「吐きそう」

「俺もだから問題無い」


 拒絶反応を示してやがる。あのヒキガエルの鳴き声すら聞きたくないよな。汚い鳴き声で臭いし。

 ホテルに到着すると車寄せに。

 バレーサービスの扱いが前回と異なってるし。今回はロールスやベンツではないが、マセラティだし一応セダンだし。しっかりした対応を取ってたみたいだ。やっぱ車格もあるよなあ。


 葉月の手を引きホテルエントランスへ進む。

 相変わらずヒキガエルが続々集合してるし、葉月を見付けると声を掛けてくる、ウシガエルも数多と居る。ゲエコゲエコとよく鳴きやがる。

 適当にかわしながらエレベーターに乗り、会場階へと向かう。


「お久しぶりですな、葉月お嬢様」

「以前より一層美しさが増したようで」

「うちの娘も葉月お嬢様くらいの美貌であればと」


 反吐が出る。

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