Epi81 すべては杞憂だった

 すべてが杞憂だった。

 正直に告白した美桜ちゃんと、それを受けた両親だが、普通は怒り狂って民事訴訟もんだろうに。なんだこの緩さは。倫理観が緩いとか、そういう問題じゃない。おかしすぎる。

 ただ、その理由はなんとなく想像できる。曽我部だ。巨大な企業体のトップが抱える執事。たかが執事と言えど曽我部の雇用した執事は、そこらの社長擬きより格上と見られてる。

 曽我部に喧嘩売るような根性の持ち主は居ない。たぶんそうなんだろう。


「直輝」

「なんだよ」

「違うっての」

「じゃあなんだよ」


 帰りの車内で呆れる葉月が居る。


「感謝した。それがすべてだってば」


 感謝されこそすれ訴えられるのはお門違いだと。

 美桜ちゃんが明るくなった。普通に会話も楽しめる存在になった。しかも俺を愛してるとなれば、その背中を押すのも親の役目だとも。

 もし、そのまま機械的な女子だったら、将来、つまらない男に引っ掛かった可能性は高い。結果として俺と知り合ったのが良かったのだと。

 少々のおいたなんて目を瞑れる程度のものだとか。


「直輝は金持ちイコール底意地の悪い悪党とか思ってる」

「事実だろ」

「そう言うのも居るのは否定しない。でも、そんな人ならあたしが付き合うわけ無い」


 葉月自らが厳選して友人を選んでいる。だから余計なことを考えず、片っ端から手を付ければいいと。アホか。そんなほいほい無節操に手を出せるかっての。

 そして香央梨の件。


「抱いても問題無いでしょ」

「それがおかしい」

「おかしくない。芸術家を目指すのに、普通のことしてて台頭するなんて無い」


 破天荒なくらいが丁度いいんだとさ。


「抱けるよ、いつでも。あたしも遠慮要らないし」

「卒業まではやらん」

「いいって言ってるのに。なんで?」

「俺の存在はミジンコだから」


 ミジンコならとっくに捨ててるそうだ。無くてはならない存在だから、常に傍に居て吸い尽したいし、繋がりたいと願うのだそうだ。

 その気持ちをいい加減汲み取れとか言ってる。


「ほじればいい。気の済むまで」

「アホか」

「アホでもなんでもいい。パパもママも許可してる」

「だからってやれない」


 頑固すぎると。とても二十代前半の男子の思考じゃないと。

 二十代前半なんて、来るもの拒まずで犯してでも、自分の物にするんじゃないのか、って、それじゃただの犯罪者だっての。


「とにかく卒業までは待て」

「中条が居るから?」

「それもあるけど、それだけじゃない。自分が納得するかどうかだ」


 今の自分に納得なんてしてない。ミジンコ如きがお嬢と繋がっていいわけが無い。


「だから待て」

「いいって言ってるのに」

「我慢することを少しは覚えた方がいい」


 ああそうだ。香央梨の件だ。

 送り届けた際に結局あいさつさせられた。先に美桜ちゃんの家であいさつしたせいで、勢い香央梨もまた待たせて親を引き摺りだしてきた。

 当然だが、俺の隣に居たのは葉月。向こうも良く知る人物。逆に頭を下げられる始末だ。家の格が違いすぎたせいだろう。なんか悪い気がしたし。


「香央梨をよろしくお願いしますね」

「まあ、芸術家を目指してるし、いろいろ経験するのはいいことだし」


 だそうだ。

 官能的な絵画もまた世間では批判されやすい。だが、香央梨はそれでも目指すと言い切った。昨今、ノイジーマイノリティが煩い社会だが、芸術でさえも蓋をするなら、曽我部家も協力して叩き潰すとか。怖すぎるだろ。

 確かに煩すぎる連中だが。どうせ話し合いも不可能な連中だし。


「かおりんとはするの?」

「する気は無い」

「でも、しないと次へ進めないって」

「しなくても進める。今できることを精いっぱいやればいい」


 背伸びしてもうまく行くわけが無い。できる範囲でやれることをする。性交だけが芸術じゃねえ。俺はそう思うけどな。


「じゃあ、高校卒業したら?」

「その時に考える」

「そう言ってしないんだ」

「その方がいいだろ。葉月的にも」


 黙りやがった。本音では自分だけを見て欲しい癖に。あっちもこっちも応援してたら、仕舞には自分が潰れるぞ。

 意外にもお節介焼きだ。そのせいで自分が疲れ切ったら意味が無い。俺がもし花奈さん以外と繋がったら、相応のショックを受けるだろうよ。だったら今のままでいい。繋がる相手は花奈さんだけ。

 自分で気付いてるのか、どうかは知らんけどな。


 屋敷に戻ると車を仕舞い込み、葉月の部屋に行く。すっかりこの行動が普通になったな。

 部屋に行くとすでにまっぱだし。ここは通常運転だな。


「直輝」

「抱かないぞ」

「欲しい」


 普通に言われたら飛び上がるほどうれしい言葉。けど、今の俺だからこそ、その誘いは受け入れられない。

 いずれ得るものを得て、それなりの立場になれば、葉月を受け入れられるかもな。


「一線は超えない」

「ケチ」

「ケチとかじゃねえ」

「じゃあチ〇コ吸う」


 それは何度もやられてるし、今さらだからなあ。思えば意志が弱過ぎた。きちんと拒絶して健全な付き合い方をしていれば、と後悔してるけど後の祭りだ。

 軟弱すぎて、我ながら自分が嫌になる。なのに、やっぱり葉月がズボン下げて丸出しにして、しっかり遊んでるし。この変態め。


 風呂場でも吸われてベッドでも吸われて、またしても出涸らしだ。もう血の一滴すら出ないぞ。すっからかんだ。


「直輝」


 ベッドの隣に横たえる魅惑的な存在。その手は、まだ弄ぶかって感じで、まさぐってるし。底無しだな。


「なんだ?」

「高校卒業したら、ちゃんと抱いてくれるの?」

「その時考える」

「直輝。ちゃんと約束して」


 じゃないと、今すぐ繋がるぞ、とか言ってる。

 アホかっての。


「約束してくれたら我慢する」


 そうか。だったら、約束してもいいのかもしれん。まあ、実際、その時になったらすっ呆けるのもありだ。今を逃れる手段にもなるし。


「わかった」

「その時になって無し、とか認めないから」


 先手打ってきやがった。あと何か月だ? 四か月と少しか。腹を括るか、逃げ果せるかはその時次第だな。繋がる気は無いけどな。

 言うと面倒だから。


「わかってる」

「じゃあ、我慢する」


 代わりに素股で代替措置とする、とか、どこまでも性欲に忠実な奴だ。


「直輝!」

「なんだよ」

「役に立たないじゃん」

「疲れたんだよ」


 吸い過ぎだっての。

 跨って当ててるけど、限界。もう無理だ。


「明日もあるだろ」

「じゃあ明日」


 葉月と釣り合い取れる存在か。無理だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る