Epi80 いろいろ想定外のこと

 旦那様との話し合いが終わり、葉月の部屋に戻ると。


「直輝。いつでも出し入れ自在」

「しないぞ」

「していいんだよ」

「しないんだってば」


 なんでだ! と文句言ってるが、今の俺と葉月じゃ、釣り合いが取れないどころじゃない。最高額の苺を食い荒らすナメクジだ。せめて花粉を媒介できるミツバチにならないと、葉月を抱くなんて無理。

 それと、ふたりの表情も少し違う。


「なんか話しでもしたのか?」

「直輝が希望を打ち砕いたから、希望を持ってもらった」

「なんだそれ」

「身分差なんて覆せる。出自なんて気にする必要ない。直輝が愛する人のために頑張れば済む話」


 確かにそうなんだけど。

 俺の脳みそ程度でどこまで行けるのか。基本スペックが低いんだぞ。


「かおりんの両親にあいさつ」

「いや、それはまた違うだろ。曽我部だからこそ、受け止め方や期待の仕方が違うだけで」

「そんなことない。直輝の言う金持ちだったら、あたしは、かおりんを友だちにしない」


 そう言えば人を直感で見抜くとか。

 でもさ、親まで看破できるのか? 子を見れば親の程度もわかる、とは言うけど。

 あ、それで行くと葉月の親は性欲旺盛の変態……。ただ、やっぱりそこらの女子とは明らかに違う部分もある。たぶん。俺にはそう見えないだけで。


「行くんだよ。あいさつ」

「行きたくない」

「行くの。そしてあたしをいかせろ」

「アホか」


 相手が違うだろ。まあ、葉月の場合は己の願望込みになるからな。


「あの、直輝たん。あいさつが無理なら、理由を話して納得してもらいます」

「理由?」

「さっき言ってた金持ちとか、出自とか」

「ああ、それで済むなら」


 いてっ!


「葉月」

「直輝が煮え切らないから」

「だからって叩くな」

「叩いても動かない。泣き落としも通じない。どうしたら動くの?」


 少なくとも人より優れたものを、ひとつ得てからだな。今は何を言われても無理だ。マジでなんも無いんだから。


「ってことだ」

「あるのに」

「ねえよ。気のせいだ」

「パパと話ししたんだよね?」


 まあ一方的に言われただけだが。


「期待してるそうだ」

「応えればいい」

「まあ、それは追々」


 とりあえず知性と教養を身に着けないと。磨く以前の問題だし。

 香央梨が諦めてくれるのを期待しよう。親に説明すればそんな奴と付き合うな、って言われるのがオチだろうし。

 本来であれば美桜ちゃんもなあ、親にきちんと言えば、俺に体をなんて寝言は一掃されるはずなんだが。どう伝えてるのか、それとも隠し続けてるのか。


「あのさ、美桜ちゃん」

「あ、はい」

「ご両親に俺のことを言ってる?」


 少し狼狽えた感じはある。ってことは黙ってるんだろう。言えば猛反対されると自覚してる。


「言って無いんだな?」

「えっと……はい」

「ちゃんと言っておかないと、すでに間違いを仕出かしてる。責任なんて取れないけど、黙って今の関係を続けるのは無理だから」

「あ、はい。わかりました。話をしてみます」


 いてっ! また葉月の奴。


「なんだよ」

「言わなくていいこともある」

「言わないと駄目なんだよ。大事なお嬢を傷物にしてるんだから」

「したの?」


 正確には貫通まで至ってないだけで、裸の付き合いになってる。それだって大問題だろ。葉月付きの執事が手を出したなんて、曽我部の家に泥を塗ってるんだから。たかが執事如きの分際で、って思われる。

 呼び出されて損害賠償もありそうだし。


「だろ?」

「させない」

「いや、そこは良識に従って」

「させない」


 もし俺に損害賠償、なんて話になったら、曽我部の力で叩き潰すとまで言ってるし。でもそれだと美桜ちゃんとも絶縁。と言ったら。


「だから言わなきゃいい」

「駄目だっての。きちんとオープンにしておかないと、先々辛いのは美桜ちゃんなんだから」


 好き放題手を出した責任ってのがある。金で解決できる程度とは思わないけど、それでも俺にできるのはそのくらいだ。

 白黒はっきりさせないと、この先付き合っていくのも無理。


 で、美桜ちゃんの家には事実を。香央梨には俺の出自やら貧乏自慢を。

 葉月を抱いていい、なんて言ってたけど、それはやっぱお預け。当初の誓約書に従って卒業まで待つか、俺が相応しい存在になるまで。

 自分で縛りを掛けないと、だらだら関係を持つことになるからな。


 時計を見るとすでに七時じゃねえか。


「夕飯の時間だけど、ふたりはどうするんだ?」


 家に連絡を入れて帰るとか言ってる。


「じゃあ送るから」


 車を回して後席に乗ってもらう。葉月も付いてくるようだ。ナビシートに座ってるし。


「直輝」

「なんだ?」

「なんでそんなに堅いの?」

「知らん」


 堅くない。葉月と最後まで至らずとも肉体関係にある。この家がおかしいだけで、普通はこんな関係性、許されるはずがないんだからな。

 まずは美桜ちゃんの家に。

 着くと「少し待っててもらえますか」と言われた。

 葉月を見るとイライラしてそうな。


 少し、と思ってたら十分くらい経って、美桜ちゃんが出てきて、運転席側から俺に話し掛けてきた。


「あの、顔だけ見せて欲しいそうです」

「は?」

「話してきました。そうしたら、あいさつくらいしてもって」


 マジか。これ、ぶっ殺されないか?

 仕方ない。責任を取るしか無いし。損害賠償で手を打ってもらおう。いくらふんだくられるか知らんが。

 車を降りて美桜ちゃんのあとを付いて行き、家に入るが、この家もでかいよなあ。葉月の家ほどじゃないにしても。


 美桜ちゃんに言われ玄関先で待ってると、ご両親揃ってのお出ましだ。

 きちんと頭を下げて「この度は申し訳ございません。今ごろと思われるかもしれませんが、責務として損害賠償等は覚悟しております」と言ってみた。


「何を言ってるんだ? 彼は」

「さあ。でも自覚はしてるみたいですよ」

「あの、向後さん」


 美桜ちゃん曰く、執事とは言え曽我部の者。おいそれと文句を言えない現実。それと美桜ちゃんが自ら行動したのも事実。ならば咎める筋合いは無いと。むしろ押し掛けて迷惑しただろうと。


 なんで?

 物分かり良過ぎじゃ?


「これからも仲良くしてもらえれば」

「そうね。あなたが切っ掛けだったみたいだし」

「表情がな。すごく豊かになって、今はすごく充実してるそうだ」


 美桜ちゃんを変えたってことで、感謝された。ロボットみたいな子だったからだそうだ。

 厳しい躾けが行き過ぎたと反省中だそうで。

 微笑む美桜ちゃんが居る。

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