Epi79 旦那様との話し合い
「パパが話があるって」
葉月に言伝されて旦那様の部屋に行くと、場所を変えようと。
階下に向かい応接間へと通された。そこには奥様も居る。これはあれだ、迂闊なことを言ったことで、いろいろお咎めがありそうな。かなり真剣な表情をしてる旦那様だし。少し怖さも感じる。
もしかしてクビを言い渡されたり。
「座って」
「はい」
三人掛けのソファに腰掛ける。目の前にはひとり掛けのソファに腰掛ける、旦那様と奥様が居て真剣そのもの。
「さて、葉月から聞いた話だけだと偏りが生じるから、向後君からも聞きたい」
三人の女子を前に何を話したのか、まずそこからだった。
身分違い、金持ちは金持ちと、貧乏人はひたすら連鎖。葉月と俺では身分差がありすぎて、葉月の希望する結婚は不可能。そこは旦那様も同意するのではと。要約して伝えると、頭を抱える旦那様と奥様が居る。
暫し無言。
なんかヒリヒリする空気感を感じる。
旦那様が俺を見据えて言葉を紡ぎだした。
「まず、向後君は一生執事でいいのか、が一点」
一生執事も何も、他に取り柄のひとつもない教養も無い俺だ。仮に曽我部の企業に入っても使いもんにならんだろ。そのくらい弁えてるつもりなんだが。
「それと、葉月の希望である婚姻が一点」
それに関しては、まだ高校生で早すぎることから、時期尚早として、じっくり気持ちを育てればいいと。
気持ちを育てても意味無いんじゃ? 返って面倒なことになりそうな。
「そして、非常に残念だ」
「はい?」
「向後君にそう思われていることが」
残念? ああそうか。旦那様は社員を人財として見てる。そこらの経営者と同類ってのは腹立たしいんだろう。
経営者も掃いて捨てるほど居る。中にはまともな思考をする経営者も居るわけで。九十九パーセント頭のおかしい経営者でも、残り一パーセントに真っ当な存在も居る。旦那様はその一パーセントの存在、なんだろう。
「会社が求めるレベルに至らない存在。確かに多数居るのは事実だが、それを育てるのは私の仕事だと思ってる。切り捨ててしまうのは楽だ。だが、その切り捨てた人は本当に駄目なのか。いつもそのことを考える」
えっと、それは理解してるつもりなんだけど。ってか、考えてるんだ。
「皆無、とか言ったそうだね」
「えっと、結婚ですか?」
「そう。私はね、皆無だと思ったことは無い」
いやいや、無いでしょ。今、お嬢さんをください、なんて言ったら猛反対するでしょうに。
「今は、まだ娘に値しない存在かもしれない。私の見る目が無くてそう見えるだけかもしれない。ただね、皆無は無いんだよ」
「中条から聞いたけど、最近、自発的に勉強してるそうね。教養を高めたいってことで」
奥様が口を挟んできた。
「話を聞いて感心してたの。その目的はなに?」
目的。葉月とまともに向き合えるように。バカだと思われないように、ってのが最大のモチベだけど。
己の教養の無さに愕然としたからな。
「きれいごとで言うならば、お嬢様と対等に向き合えるように。有り体に言えばバカだと思われたくないからです」
「ならば皆無ではない」
「ねえ、努力して自分を高めようとしてる人を、どうして駄目だなんて言えるの?」
「気付けば必要なことを学ぶ。その姿勢は前向き。ただ、考え方があまりにも後ろ向きだ」
どうせなら葉月を奪い取る気で、何事も真剣に学んで欲しいと。
周りが気付かずとも、葉月が気付いていればそれでいいらしい。
「その時が来れば、私は葉月をくれてやってもいい。皆無じゃ無いんだってことだけは理解して欲しい」
「あんな子だけど、ものすごく選り好みが激しいから。どれだけ良家の御曹司でも、全部要らないって言ってたくらいだから」
選り好みと言ったが、実際には人をちゃんと見てると。下手すれば旦那様より人を見抜く目があるとか言ってる。
それは無いんじゃ、と思うけどな。今は浮かれてるだけってのもありそうだし。
「出自や貧困だった過去を卑下してるようだが、それをバネにして羽ばたくならば、喜んで迎え入れる用意もあるのだがね」
「身分差なんて乗り越えて欲しいと思うから。葉月もそれを望んでるの」
現実問題として、社会は身分差を気にする。けれどそれを乗り越えるのは不可能ではないと。
「もし私が反対したら、駆け落ちする根性を見せてくれればとね」
「きちんと並び立てる存在になれば、反対する理由も無いから」
つまりは、俺の努力次第で葉月を娶ることも可能と。今は確かに頼りない存在だが、すでに一歩を踏み出している。ならば期待もするそうだ。
いずれは、曽我部に入り辣腕を振るう可能性もあると。
「なんでも学び吸収し己の糧とすれば、後継ぎにだってなれるからな。見せて欲しい。君の言う最底辺が最高峰に辿り着く様を」
それと、奥様から言われたのは。
「葉月は直感で人を見抜くから」
だそうだ。
旦那様も奥様も会話せずに人となりを把握するのは無理だと。だが、葉月は接した瞬間に感じ取れるだけの、何かを持っているらしい。その葉月が俺を選んだのであれば、必ず何かがあるのだと確信してるそうだ。
「葉月の期待にも応えてやって欲しい」
「直情的で扱い辛いとは思うけど、向後さんを思う気持ちは確かだからね」
それともうひとつ。
「出自がいくら良くても、クズはたくさん居る。向後君もそれは理解してるだろ?」
代を重ねる度に人は劣化する。お坊ちゃんと呼ばれる連中は、その劣化した最たるものだと。苦労を知らず引き継ぐだけだから、創業者に比して一般社会で使えない存在の筆頭だとも。
だから曽我部の企業も、身内を安易に経営者にはしないそうだ。多くは劣化すると。
サラリーマン社長も不要だそうだ。自力で這い上がり力を付けた存在を求める。
「可能性はあるんだよ」
這い上がって、ぜひ葉月を奪ってくれと。
「あ、そうそう。性交も好きにしていいから」
「は?」
「葉月が煩いの」
好きにさせろと喚き散らす、わがままっぷりが最近激しいと。許可しないから、俺が手を出してこないのだと、文句たらたらだそうだ。
アホだ。
「節度さえ弁えていれば、親として口を挟む気は無いの」
そして最後に「期待してるから」と言われ解放された。
なんか、期待されてもと思う部分と、応えたいと思う自分が居る。
ただ、ここなら努力すれば、違う未来も描けるのかもしれない。
懐の深さはすごいな。
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