Epi78 本気になるメガネお嬢様

 花奈さんは、なんとかなった。

 まだふたつ、懸念事項が残ってる。


 学校が終わる頃合いを見計らって、いつもの場所に車で迎えに行くと、すでに三人とも待ってるし。少し時間が早い気がする。短縮授業だったとか。

 とりあえず横付けしてドアを開ける。


「待たせたみたいだな」

「大丈夫。こっちが少し早めに出てきただけだから」


 ナビシートに葉月が座り、後席に美桜ちゃんと香央梨が座った。

 車はもちろんクアトロポルテだ。何度か乗ってると慣れるもので、扱いも苦労しなくなってる。

 葉月を横目で見ると普段通り。特になんか考え込む風でも無いし。ルームミラー越しに香央梨を見ると目が合った。


「直輝たん。家に寄ってもらえませんか?」

「いや、それはまず、話をしてから」

「やっぱり、私だとふたりより見劣りしますよね」

「そうじゃない。見た目なんて気にしてない」


 地味なメガネ姿だろうと、少々見てくれが悪かろうと、惚れるのはあくまで内面だ。葉月は見た目だけなら文句無し。でも本気で惚れてない。中身に問題があるからなんだが。高校生くらいでも見た目が大事とか思ってんのか?

 所詮、見た目なんてのは付き合う上で、大して影響しないんだけどな。体はあれだ、性欲を刺激するだけのことで、多少好みも出るが、付き合ってしまえば問題無い、と思いたい。


 屋敷に着くと三人を降ろし、車を仕舞い部屋に向かう。


 各々ベッドやソファに腰掛け寛いでるようだ。ティーセットを用意してきたから、まずはおもてなしを済ませておく。

 でだ、本題に。


「あいさつは無しだ」

「抱いてくれないんですね」

「条件が付いたからな」

「無条件なら良かったんですか?」


 それでも断りたいけどな。


「あのさ、俺の立場を少しは理解して欲しいわけ」

「立場って、執事ってことですか?」

「そう。執事ってのは所詮、お嬢様に仕えるだけの存在」

「でも、私の執事じゃないです」


 身分だっての。意識しようとしまいと、そこは明確に線引きされてるんだよ。ただの平民と上級国民、そんな言葉を使いたくはないが。

 ローマの休日やつぐないとか、麗しのサブリナとか、フィクションでも事欠かない題材。悲恋もあればハッピーエンドもあるけどな。

 まさか自分がその立場になるとは思いもよらんかった。実際にその立場に置かれると、無理だと思い知らされるんだよ。


「日本は法の下の平等を謳ってる。けどな、現実はそんなきれいごとじゃ済まない」


 金持ちは金持ちと結婚し、更なる繁栄を目指す。貧乏人は貧乏人と共にあり、貧困の連鎖となる。これが世の常だ。

 一発逆転して成金になっても、相手はどこぞの馬の骨。決して良家の子女とは結ばれない。出自が卑しいんだから仕方ない。良家ともなれば出自だって気にする。


「それが現実」

「あたしのパパとママは許してる」

「今はな。いずれ本気で結婚を言い出したら、大反対されるぞ」

「そんなことない」


 反対するに決まってるだろ。ろくな教育もされてない貧乏人なんぞに、大切な娘を本気でくれてやるなんて奇特な奴は居ねえ。

 それに曽我部家を背負う覚悟なんて無いし、背負いきれるものじゃない。格が違うんだよ。人間的にも何もかも。所詮俺は貧民だ。性根に染みついた貧民根性はどうにもならん。

 出自ってのはあるんだよ。どれだけ法で平等を謳おうとも。


「だから無理」

「直輝」

「なんだ?」


 葉月を見ると涙を流してるし。なんで泣くんだよ。


「悲しい」


 ああ、そうか。少なくとも今は葉月も本気だし。でも、世の中、不可能なことの方が多い。


「今は葉月を大切にしても、将来、俺が伴侶になれる可能性は皆無だ。それだけは覚悟して欲しい」

「やだ」

「やだ、って言われてもな」


 ぼろぼろと大粒の涙を零す葉月だけど。悲しませたいわけじゃない。現実は現実。夢は所詮夢でしかない。いずれ理解すると思うけど。今は気持ちが先走って見えてないだけだ。


「パパとママに確認してくる」

「本気で結婚とか言い出せば反対されるぞ」

「そんなことない。直輝なら」


 一時の相手。俺を踏み台にしてより良い相手を見る目を養う。それが旦那様の目的だろ。惚れてるから丁度いい。執事として雇用してるのだから、この先も執事以上にはなれないんだよ。

 勢い葉月が部屋から出て行った。


「直輝たん」

「なんだ?」

「身分なんて、そんなの気にしても仕方ないと思います」

「あの、私もそう思います」


 君らはまだ若い。だからわからない。

 大人はそうは見ないんだよ。出自の卑しい存在を一族に迎え入れる。あり得んだろ。住む世界が違うんだから。


「まだ世の中に出てない。だから見えないものもある。俺如きが偉そうには言えないけど、少なくとも就職活動を経験し、社会をある程度見てるわけだ。バイトもたくさんしてるしね」


 学生だと見えないものの方が多い。経験が無いんだから。バイトでもすれば多少は理解できる部分もあるだろう。インターンで様々な企業に参加した。就活で採用してもらうために勉強した。全滅だったけどな。

 だからこそ見えるものもある。


「こう言ってしまうと、あれなんだが、身分を気にするのは金持ちだ。どこの生まれで何をして、どれだけ実績を示しステータスを築いてきたか。それを見てるんだよ」


 肩書だ。俺にはなにも無い。

 肩書社会において必須なものが欠如してる。


「今は理解しきれないと思う」

「でも」

「私は」


 若いなあ。と言ってもそんなに年齢差は無いけど。


「だから、俺なんかに現を抜かさず、見合う相手を探した方がいい。世の中半数は男だぞ。必ずこれだ、って奴と巡り合えるから」

「それが直輝たん、じゃ駄目なんですか?」

「親が最低辺を受け入れると思うか? そこの認識は改めた方がいいぞ」


 金持ちなんてのは所詮、最下層の人間なんて興味無い。関心が無いから死のうが生きようが関係ない。勝手に湧いて勝手に消滅してる。認識すらしてないだろ。居ても居なくても一緒。たまに絡む奴なんて力でねじ伏せられる。

 悲しいかな、それが現実。


「ってこと」


 すっかり黙り込んだけど、覆せないものってあるんだよ。


「きついことを言ったけど、こればかりは如何ともしがたい」


 金持ちが見下すことなく、広く最底辺まで見る社会は理想だけどな。実際問題、いちいち見てられないだろ。

 でだ、葉月が戻ってきたようだ。


「直輝。パパが話があるって」


 説教でもしてくるのか?

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