Epi61 メイドさんのアドバイス
女子に囲まれた中での飯。まったく食った気がしない。視線が時々こっちに向き、はあ、と、ため息を吐かれるのだから。さすがに自覚してる俺でも、落ち込んでくるぞ。葉月の彼氏だからと期待してたんだろうけど。ハイスペックなアイドル級の男とか、勝手に妄想してたんだろうな。それが、産業廃棄物みたいな奴を連れてきた。
そう思うと、さぞやがっかりしただろう。
「あとで言っとく」
「なにを」
「直輝は違うんだって」
「無駄だと思うぞ」
女子ってのは時に残酷だ。気に入れば嬌声。気に入らなければ露骨に態度に出る。
調理室をあとにすると、そろそろ時間も時間だ。
「じゃあ俺は一旦帰る」
「居ればいいのに」
「居ても仕方ないだろ。片付けもあるだろうし」
校門まで一緒に来て手を振る葉月だ。
「六時頃だよな」
「うん」
「女子の評価なんて気にしても仕方ない」
「直輝は違うのに」
惚れてしまえばアバタもエクボだ。現状、周囲にはスーパーセレブにハエがくっ付いてる、とか思われても仕方ない。俺自身に実績とか無いんだし。やっぱ就活に失敗した理由って、このお嬢様連中の評価だよな。
世間も企業も同じ。尺度が一緒だから俺の評価は良くない。
コインパーキングへ行き、車に乗り屋敷に戻る。
ガレージに車を押し込んでると花奈さんが来た。
「文化祭、楽しんでこられましたか?」
「なんて言うか、まあ出し物は普通」
「なにかあったんですね」
「なにかって言うか」
なんか鋭いなあ。俺が落ち込んでると見えたんだろう。でも、ここで気遣いしてもらうのも違うし。適当に理由をでっちあげておこうか。あ、そうだ。
葉月が本気で結婚したがってる、そう伝えてみたけど。
「直輝さんは結婚したいのですか?」
「その気は一切ない」
「でもお嬢様はその気なのですよね」
「そう」
いずれ現実を知るだろうとは言ってる。良家の子女と執事が結婚など、どこを見てもあり得ないからだと。
「ただ、旦那様や奥様が直輝さんを、どのように見ているか、ですね」
「恋人代理だろ」
「当初はそう考えていたと思います。ただ、お嬢様を見て」
本気になっていると気付いてるのではと。そうなると、いつまでも執事と主の関係は続けられない。どこかで俺を引き上げる必要がある。つまり。
「曽我部家の企業のどこかに」
「無いでしょ。使えないって判断されたんだし」
「使えない、ではなく使えるようにする。これも有能な経営者の資質ですよ」
理想ばかり追い求めて即戦力を望む経営者は、人を育てる能力が欠如している。育てもせずに使えないとするのは簡単。誰でもできる。その誰でもできることをしているのが、今の世の中に溢れ返る経営者だそうだ。
曽我部が大きな企業であり、常に成長し続けられるのも、使えないを使えるにするからだと。
「旦那様はとても優れた経営者です。なんとしても直輝さんを鍛え上げるでしょう」
「それはそれでしんどい」
「断ってくださいね」
「えっと、それって」
花奈さんと。だよなあ。葉月には渡さないって。
「もうひとつあるのでは?」
「え?」
「高校生くらいですと見た目も重視されます」
なんか見透かされてる。
「直輝さん、すぐ背中丸くなるんですよ」
「ああ、癖だろうね。卑屈になりすぎて」
「もっとシャキッとして自信を持てば、周りの見る目も変わりますよ」
そうかなあ。でも花奈さんも優秀だし。そうなのかもしれない。
顔には自信が現れるそうだ。実績を積んできた人も同様。己の中に確たるものがあれば、それが表情や立ち居振る舞いに現れると。
今はまだほぼ何も無い状態。だから背も丸くなるし、自信の無さが表情に出てしまうのだそうだ。
「自分を磨いてください。なんでもいいので、これなら負けないもの、ひとつでいいので」
やっぱ葉月とは違う。具体的な指針を示してくれる。俺に必要なのは花奈さんなんだよ。
「もちろん、執事として蓮見さんを上回れば、自信も付くと思いますよ」
「蓮見さん? 追い付くのは無理そうだけど」
「だからですよ。追い付いた時には全身、自信に満ち溢れた状態になりますから」
まあそうかも。
今はなにをしても花奈さんの足元にも及ばない。頑張るしか無いか。
あんまり落ち込んでると花奈さんに見放されるかもだし。
「頑張ってみる」
「そうですね。疲れたら私のもとへ来てください」
全身全霊込めて癒してくれるそうだ。なんか堪らんぞ。
「なんか、ありがとう。いつも励まされてる気がする」
「後輩の面倒を見るのも先輩の役割です」
「それだけ?」
「直輝さん。結婚、期待してますから」
思わず顔が綻んでしまう。花奈さんもいい笑顔だ。癒されるなあ。
一度部屋に戻り少ししたら、また迎えに行く。
スマホに車はでかいので、とメッセージがあった。美桜ちゃんを乗せるなら、BRZじゃ狭いからな。
ということで三度マセラティの出番だ。出撃だ、クワトロバ……。じゃなくてクアトロポルテ。
四ツ谷駅前までひとっ走り。
少し道路が混雑してるが、時間通り六時には到着した。
まだ、下校する生徒の数は少数。片付けしてるのか。いつも通りの路上駐車で暫し待つと、ミラー越しに葉月と美桜ちゃん。それにもうひとり居るなあ。
あれって、もしかして変態メガネ。
車から出て迎えると、やっぱそうだよ。
「直輝。かおりんも来たいって言うから」
「まさか早速?」
「それもある」
「了承したつもりは無いぞ」
とりあえず今日は俺を知ってもらうだけだとか。ヌードモデルをいきなりとは言わないそうだ。
不思議そうな顔してるのは美桜ちゃんだな。話を通してないのか。
後席に美桜ちゃんと変態メガネ。ナビシートに葉月を乗せて屋敷へ向かう。
「食事はどうするんだ?」
「追加で頼んでおいた」
「ならいいけど、そこの変態メガネも泊まるのか?」
「変態メガネじゃなくてかおりん。泊まるよ」
いいのかよ。お嬢様がこんな簡単に外泊して。
今どきのお嬢様ってのは、どんな躾されてるんだ?
「あの、変態メガネとはなんですか?」
美桜ちゃんか。知らんのか? いきなりヌードモデルを要求する変態を。
「かおりん。直輝のヌードが描きたいんだって」
「そうなんですね。私は向後さんの、ち、こ、好きですよ」
頭痛い。
「ち、こ……。変態メガネは誉め言葉と受け取っておきます」
「それ、いいの?」
「名誉ですよ。芸術家を目指してるんです、普通じゃ意味無いです」
いいのかよ。
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