Epi60 文化祭でお嬢とデート
話を適当に切り上げて中庭をあとにする。
「ぜんぜん見てないよね」
「葉月が引っ張り出したから」
「だって、ちゃんと決めておきたかったんだもん」
今は熱に浮かされてる状態だ。
葉月曰く、俺を執事として雇用したのは、他に見込みがあるからだと。そうは思えなかったがな。面接は終始和やかだったけど。
所詮、葉月の一時的な恋人役。旦那様や奥様が葉月の要望に応えただけ。将来、本気で一緒になるなんて言ったら、確実に猛反対されるぞ。こんな極貧な馬の骨にくれてやるために、愛する娘を育てたわけじゃないって。
相応しい相手が居るのだからってな。
葉月に腕を引かれ校内を回る。
「聖歌部見てみる?」
「まあいいけど」
しっかり手を繋いで歩いていると、時々葉月の友だちだろうか、声が掛かる。
「その人は?」
「彼氏」
「まあ……」
口元に手を当て残念そうな、その反応。しけた奴だと思っただろ。
わかるけどな。大企業の御曹司を連れてるわけじゃない。こんなのを何度か繰り返す。
「みんな直輝の良さをわかってない」
「いや、正当な評価だ」
「違う。見る目まで養えてない」
葉月に連れられてきたのは聖堂とやらだ。さすがカトリック校だな。ここで賛美歌とか歌うんだろう。
中に入るとコーラスが聞こえてくる。
「R&B系のゴスペルとかやんないのか?」
「やらないみたい。普通に賛美歌」
「葉月はやらんのか?」
「あたしに歌えると思う?」
鼻歌は聞いたことあるが音痴だったな。
少し聞いていると「他行こうか」だって。飽きたんだろ。
また移動を開始すると、やっぱ声が掛かるな。
「その方がご自慢の彼氏?」
「そうだけど」
「……。まあ、蓼食う虫もって言いますし」
なんかイラっとしてそうだ。けどな、それが俺の世間での評価なんだよ。葉月とあの家のメイドがおかしいだけだ。あ、それと美桜ちゃんもか。
「所詮、上っ面でしかものを見てない」
「そうか? 正しい判断だと思うぞ」
「違うって。直輝は悔しくないの?」
「妥当だからなあ。じゃなきゃ就活に失敗しない」
不機嫌そうなまま、ずるずると引き摺られて来た先は美術室だ。
「美術同好会だけど」
「俺に絵はわからんぞ」
中に入ると「曽我部さん、そちらの方は?」とか言ってる。でだ、ここでも同じような反応だよなあ。
うだつの上がらない冴えない奴、それが俺の評価だろうし。下手すりゃ天下の曽我部家の娘が、とんだ駄馬を引き連れてるとか。葉月の審美眼を疑われるだけだぞ。まあ、俺に惚れたって時点で、葉月の審美眼は腐ってるけどな。
ひとり俺の顔を覗き込む奴がいる。眼鏡掛けてポニーテールの地味目な子だなあ。
「近い」
「目が悪いので」
「そう」
「なかなかの逸材」
なんだそれ?
「モデルになってもらえないですか?」
「は?」
「直輝。モデルだって」
「もちろんヌードですけど」
はい? ヌードモデル? いやいや、それは勘弁だな。なんだこの子。葉月の同族か?
葉月はにやにやしてる。なんか悪巧みしてないだろうな。
「交換条件出すけど」
「いいですよ。私のヌードで良ければ」
「じゃあ決まり」
「いや、当事者を差し置いてなに勝手に決めてる」
やっぱ葉月の同類だ。変態がここにも居た。この学校大丈夫なのか?
ふたりで話をしてるが、場所は葉月の部屋でとか、勝手に話しが進んでるし。やめろっての。俺は了承して無いんだから。
「おい、勝手に話を進めるな」
「いいじゃん。かおりんが気に入ったんだって」
「そうじゃねえ」
「堅いなあ。おっぱいくらい揉ませてくれるよ」
だから、やっぱ変態。で、カオリンって粘土かよ、と思ったら香央梨って名前だそうだ。
じゃねえ、ヌードモデルなんてやらねーぞ。
話が纏まって無いか?
「じゃああたしの部屋で」
「画材持ってく」
「ついでにあたしのヌードも」
「いいですよ」
いいわけねえだろ。俺はごめんだっての。
「おい」
「決まったことだから」
「決めてねえ」
「いいじゃん。チ〇コ描かせるくらい」
アホすぎる。
じゃあねえ、とか言って美術室を離れると、次は料理同好会だとか言ってる。
「小腹満たそう」
「あのなあ。さっきの」
「入れても文句言わないよ」
「じゃねえっての」
話にならん。にこにこしやがって。
あれか、もしかして俺を逸材とか言ったことで、機嫌が良くなったのか。見る目があるとか思って無いだろうな。どう見てもその逆が正しい。あの子と葉月が変態なだけだ。
料理同好会は調理室の隣の教室だとか。調理室でせっせと作って、それを持ち込んでるらしい。
「腕は悪くないと思う」
「やってりゃそれなりに上達するだろうし」
「あたしは食べる専門」
「少しはやろうって、気にならないのか?」
ならないそうだ。適材適所とか抜かしやがる。ずっと上げ膳据え膳だったからだろうな。そんな生活してて自ら、なんて考えるはずも無い。これじゃ一般人との結婚は無理だ。気付け。今の世の中、家事は男女平等に、だぞ。
教室に入ると、まあ、男子高校生の巣窟だった。わかるけどな。お嬢様の手作り料理。是が非でも堪能したいだろうよ。ついでにお持ち帰りとか、そんなことも目論んでるだろ。
「混んでる」
「予想されたことだな」
「じゃあ、調理室で食べよう」
「あのなあ。迷惑だろ」
混雑してて座るのも困難だとか言ってる。それと男子が臭いとまで。臭くて鼻が曲がるとか。育ちの悪い男子高校生なんて、招かなきゃいいのにとまで言ってるし。じゃあ、俺もその育ちの悪い奴だから招くなっての。
遠慮なく調理室へ入って行く葉月だ。
「ご飯ちょうだい」
「おい」
「いいじゃん。みんな知ってる奴だし」
こいつに遠慮と言う文字は無いのか。みんなの視線が集まると「誰、その人?」とか言われてるし。「彼氏」とか言うと、怪訝そうな表情をする奴多数。ここでも俺への評価は正当だな。あの美術部の変態が葉月と同類なだけで。
「なに? おかしいの?」
「えっと、そうじゃなくて」
「じゃあなに? ご飯ちょうだい」
「あ、うん。用意するね」
強引だ。家名でねじ伏せたな。天下の曽我部家に文句あるのかって。
「めいちん。椅子ふたつ」
「あ、はい」
「こら、顎で使うな。同級生だろ」
「いつもだから」
こいつ……。
めいちん、とは愛唯ちゃんのことだとか。あだ名呼びってあんまないよな。葉月は適当にあだ名を付けるのが得意そうだ。
美桜ちゃんはうふふちゃんだし。他にもいろいろありそうだ。
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