Epi59 売り込みしてくるお嬢

「呼び込みは放り出していいのか?」

「部の連中には言ってある。直輝が来たらデートするからって」


 じゃあいいのか。

 しっかり腕を回し手を繋いで、これ以上ないくらい纏わり付いてるし。そして見上げて笑顔を見せる。白い歯も輝いてるぞ。マジ、こうしてると可愛いんだけどなあ。

 ど変態の性格さえ直せば、と思うと実に残念だ。


「大したもんないけど、軽音部がライブやってるから、見てみる?」

「いいんじゃないの。ガールズバンド」


 校内を歩き講堂へ行くと演奏してるようだ。外からでも音がよく聞こえるし。

 中へ入ると、声を張り上げて歌うボーカル、喚くディストーションギターに、意外と細かいフレーズのベース。それと少し力は弱いが、テクニックありそうなドラムス。

 レベルは高校生であっても、しっかり練習しているのか、ちゃんと聞ける演奏になってる。


「思ってた以上に上手いな」

「ファン多いんだよ」

「ファンて、あれか? 女子」

「違うって。今どきはSNSで発信してるんだから」


 ああそうだよな。ネットで知って一般のファンも多いんだろう。女子高生、しかもお嬢様学校のバンドとか。バカにして見てみたら意外にも上手いとなれば。

 やっぱあれだな、ボーカルの子は結構イケてる。可愛らしいし。


「直輝って楽器できるの?」


 そんなことをやってる暇はなかった。


「できないな」

「リコーダーも?」

「練習してる暇があるなら働く、家の手伝いをする、だ」


 貧乏人には普通の生活は不可能だからな。今日明日の食い扶持の確保に奔走する両親。家の中が疎かになるから、それを受け持つ必要があったし。

 そう言えば、妹、あいつ今どうしてるんだ? 実家と連絡も取って無いから、わからんな。どうでもいいけど。金の掛りすぎる俺が卒業して、やっと金銭的負担も減っただろうし。少しは仕送りしてるから、生活も楽になったんじゃないか。


「家も貧しいの?」

「そうだ。俺の学費と家賃できっと干上がったぞ」


 葉月にはわかるまい。生活保護家庭より生活水準の低い家庭がある。むしろ生活保護を受けた方が楽なくらいに。半端に働くと損をするのが今の日本だからな。

 様々な名目で稼ぎの大半を掠め取るのが国で自治体。手元には幾許も残らん。


「ねえ、直輝の両親にあいさつしたいな」

「やめてくれ」

「なんで?」

「金を無心するのが目に見えてる」


 曽我部の娘と懇意にしてて、なおかつ結婚したいと言われてる、なんて言ったら間違いなくたかってくる。

 結婚しようものなら、莫大な資産を手にできるとか思いそうだし。如何に楽して生きるかに舵を切るのも目に見えてる。こんなお嬢様と一緒に居る、なんて言わない方がいいし、知らない方がいい。

 そもそも就職先の件は言って無いし。言う気も無いし。


「でも、将来結婚したらあいさつ必要でしょ」

「無いぞ」

「なんで?」

「なんで、じゃなくて。葉月に相応しい相手は他に居る」


 カエルと結婚する気はないとか言ってるし。俺以外眼中に無いとも言ってる。

 けどな、俺の現時点での本命は花奈さんだし。


「直輝は中条?」

「まあ」

「おばさん」

「葉月から見ればな」


 少し不機嫌そうだ。

 講堂をあとにすると中庭に行こうと言い出す。


「なんかあるのか?」

「ベンチ」

「は?」

「少し話したい」


 ぐいぐい引っ張られてるし。

 中庭とやらに着くと誰も居ねえじゃねーか。ベンチは確かにあるけど。


「座って」

「で、話ってなんだ? 屋敷でもできるだろ」


 とりあえず腰掛けると、隣に腰掛けしな垂れてくる葉月だ。


「あたしは本気」

「わかるけど」

「あたしは直輝と結婚するって決めてる」

「不可能だっての」


 いくら親がゆるゆるでも、なんら将来性が担保されない奴に、なんで最愛の娘をくれてやる、なんて言うんだよ。そもそも葉月と結婚したら執事じゃなくなる。

 それに誰が曽我部を支えるんだって話だ。


「でしょ?」

「あたしが会社で働く」

「まあ、葉月なら働くことはできるだろうな。でもな」


 経営者になるのは今のままじゃ無理だろ。経営権を取得するなんてのは、株主と取締役会で認められる必要もある。娘だから経営者、なんて巨大な企業じゃ不可能だ。

 現実を無視した漫画やラノベじゃあるまいし。

 と言ったら。


「じゃあ、あたしが頑張ればいいんだよね」

「できんのか? 勉強嫌いな癖に」

「やる。直輝が約束してくれるなら」


 無理な方に全財産。

 ま、こんな寝言もそのうち変わるだろ。現実を直視した時に無理と悟る。


「じゃあ大学卒業まで、まずはしっかり経営を学んで、話はそれからだな」

「進路、やっぱ国立とかの方がいいのかな」

「まあ、私立でもいいし、そこは社内に妙な学閥が無ければ」


 偏差値の低い大学ならば、経営権の取得に突き進むも多難だろう。所詮は肩書が必要な社会だ。ただの大卒は掃いて捨てるほど居る。その大卒の中でも最優秀である、最高峰を出た、となればそれが最初の肩書になるからな。

 日本人は肩書でしか人を判断できない。だから肩書をたくさん持ちたがるし、示したがる。


「東大とか出てれば?」

「まあいいんじゃないか。ついでにハーバード留学とか」

「留学かあ。直輝も付いて来てくれる?」

「アメリカくんだりまで行って面倒見ろってか」


 執事として雇用されてたら行くしか無いのか。


「直輝。約束して。約束してくれたら本気で頑張るから」


 夢を見てるんだよな。まだ高校生だし。

 約束して挫折した時のことまで考えない。成功する未来図しか描かない。まあ、最初から失敗した未来を考える奴は居ないし。俺も失敗した未来なんて見てなかった。現実に失敗して、なんの因果か葉月の執事になったけどな。


「じゃあ約束してもいい。けど、もし駄目だったら?」

「その時は……」

「その時は?」

「直輝があたしを養う」


 アホか。それだとどっちにしても、葉月と一緒になるってことじゃねえか。

 そうなる未来は無いから無理難題吹っかけたのに。


「あのさあ、葉月と結婚したら俺の職業は?」

「執事、は無理なんだね。じゃあ直輝が頑張って就職する」

「どこに? 就活全滅だったぞ」

「うちの会社」


 同じだっての。不要の烙印を押したのが大企業だ。中堅企業もだけど。あとはせいぜい零細企業。生活苦が待ってるぞ。

 零細企業もダメかもしれんのに。


「不可能だ」

「なんで?」

「執事になれたのも葉月の恋人役だから」

「それだけじゃないと思う。ちゃんと見てる」

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