Epi57 季節は移ろい秋の気配
破談の褒美は某ネズミの国のパスだった。二枚ある、ってことは葉月と行ってこいってことだろうなあ。それと臨時ボーナスで二十万円。額がでかいな。これもあれか、ネズミの国での小遣いとか。
期限があるわけじゃないし、いつでもいいから連れて行けと。
「貸し切りが良かった?」
「いえ。それだと雰囲気が」
「じゃあ、葉月をよろしくね」
「はい。奥様」
二十万円は俺の小遣いだから、使わず貯金でもしておけと。
葉月と行く際にかかる費用はすべて経費だそうだ。現金もいつも通り、財布に五十万円。要らねーだろ、ネズミの国如きで。とは言え、行ったことはない。いくらかかるのかまで知らないし。
ちなみにお見合いのあとの夜は、葉月が奉仕してあげる、とかで全身で葉月を感じられた。入れてはいない。それはまだ無理だから。
それ以外のすべてを全身で。奉仕と言うより葉月の欲望に任せた、と言った方が正しそうだったが。
「ナイスだった」
「なにが?」
「あの写真。良く見つけたよね」
「前に見たことあったからな」
今思い出しても笑いが込み上げるそうだ。鬱な感情も一発でぶっ飛び、実に爽快感を得たとか言ってるし。
長かった夏休みも終わり、また学校へ通う日々となる。
来年は受験を控えているが、行き先が決まっていて、遊んでいても問題ないとか。なんだそれ。推薦入試って奴か?
ただ、最近進路で少し迷いを生じてるとか。
「国立大学受けようかなって」
「成績足りてるのか?」
「足りてない」
「俺を頼るなよ。三流大学出だから、なんの役にも立たないぞ」
Fランとか言われる大学よりはマシだけど、GMARCHには遠く及ばない。
「勉強したくないんだよね」
「そりゃしなくて済むならそれに越したことはない」
でも、それだと専業主婦ならともかく、社会に出てバリバリ働く、なんて場合は厳しいのも確かだろう。旦那様の会社だって、身内だから入れるなんてしないだろうし。学力だけじゃない部分も見られるだろうからなあ。
お嬢様大学とか言われてる大学は、総じて偏差値は低い。どちらかと言えば良き主婦を育てる、みたいな感じもするし。
「決めないと駄目なんだけど。直輝と結婚するんだったら、すぐ決まる」
「無いぞ」
「即答? 少しは期待させてよ」
「まあ、ゼロじゃないけど」
旦那様や奥様とよく相談するといい、と言っておいた。
会社の経営に携わるつもりなら、相応の学部学科で学ぶ必要はあるだろうし。どうせ企業内だと大学による派閥もありそうだし。日本人はつるむのが好きだ。
成長の妨げになっていてもな。似たような思考、似たような思想で纏まれば、斬新な発想なんて出てくるわけ無いんだが。
やっぱバカだよな。
学校へ送り届けるが歩道で待ってるのは、美桜ちゃんだ。
車を傍に寄せると「おはようございます」と、笑顔であいさつしてくる。夏は乱れまくってたが、ここではちゃんと淑女だな。
と思ったのも束の間。
「学祭があるのですが」
「ああ、もうそんな時期だもんな」
「それでですね。これを」
「あたしが居るから要らないのに」
チケットか。女子高のほとんどがチケット制だもんなあ。
男子高校生にとってはプラチナチケットだな。お嬢様校だし。まずほとんどの男子高生は入手できないだろうからな。
葉月の身内ってことで、無くても入れそうだけど。
「日曜日が一般開放日なので」
「葉月の送迎あるから、ついでに少し寄らせてもらうよ」
「模擬店を出すので来てくださいね」
まあ、なんか可愛い。
ただね、終わったら屋敷にお泊まりだそうだ。食うつもりか? 俺を。
ふたりを見送り屋敷に戻る。
いつも通り室内の清掃にベッドメイク、洗濯物を片付けて、パウダールームを清潔に保つ。衣裳部屋も時々整理整頓する必要がある。葉月の奴、着てた服投げるからなあ。制服も普段着もお構いなしだし。
パンツとかブラもポイポイ投げる。きちんと片付けないと見苦しいからな。
あれでもお嬢様なんだから、もう少し淑やかさを。そうすれば希望もあるぞ。
昼食をとるべく食堂に行くと、メイド全員揃ってるし。
即座に笑顔になるのは花奈さんと倉岡だ。青沼さんはあれだ、今もトイレで立ちションしてるのだろうか。
席に着いて飯を食うんだが、左側に花奈さんが居て、右側に倉岡だ。挟まれた。
「直輝さん。次の休みに少し出かけませんか?」
「あ、いいね」
「向後さん。あたしも」
「悪いけど、体はひとつしか無いんだよ」
週に二回の休みがある。だから一日寄越せとか言ってるし。
無理なんだよ。俺の場合は葉月に振り回されてる。実質週に一回すら休日が取れない。ほぼ毎日出勤。出勤扱いで有給が使えないほどだ。
「たぶん、当分俺に休みは無い」
「なんでですか?」
「葉月だよ。休日も拘束されるからな」
お嬢様とは恋人関係でもないのに、とか言ってるけど、こればかりはなあ。休みをくれ、と言うと喚くし駄々こねるし。どうにもならん。いつも一緒に居ることを望むし。学校始まると一緒の時間も減るから、その分拘束も激しい。
しかも吸い尽される。
「たまの休みは花奈さん以外無理」
「そんなあ」
「当分我慢してくれ」
いずれ暇もできるだろう。いくら葉月が俺に惚れてると言っても、いずれ飽きる時が来るだろうし。ついでに倉岡も飽きてくれて構わないんだけどな。
諸岡さんの眉間にしわが寄ってる。
「倉岡さん。向後さんは葉月お嬢様付きなのですよ。無理は言わないように」
マジか。諸岡さんから救いの手が。これはあれか、やっぱ夏の旅行で親しみを覚えたとか。
でも、表情硬いなあ。気のせいか?
昼食後に諸岡さんから「船舶免許はまだですか?」と言われた。それもあったんだ。
「費用は全額出ます。申請すればすぐ通るので、さっさと受講してください」
「はい」
「それと」
軽い咳払いのあとに。
「テクニックを磨きたい時も遠慮なく申し出てください」
だそうだ。もしかして期待してるとか? いや確かにテクを磨けば喜ばせられるし。悩むなあ。
化粧さえすればいけそうだし。元は美人だったってのも頷ける。どんな手ほどきするのか知らんけど。花奈さんを喜ばすだけじゃない、葉月の猛攻をかわすのにも役立つ。やらない手は無いんだろうけど。
俺、ずいぶんストライクゾーンが広がったなあ。
少し前向きに考えておこう。
あとはあれだ、船舶免許だ。
さっさと調べて取得して次に備えておこう。
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