Epi56 お嬢にお見合い話舞い込む

 葉月の夏休みも終盤。

 珍しく旦那様と奥様に呼び出される葉月だ。


「呼び出されてるぞ」

「なんで?」

「旅行で羽目外しすぎて説教とか」

「直輝も共犯」


 無実とは言わないが情状酌量の余地はあると思う。葉月の体で迫られて耐え切れる奴は居ねえ。見事な凹凸に可愛らしさ際立つ。脚を眺めて飯が食えるくらいに。尻なら飯が三杯はイケる。張り艶の良さは十代ならではだ。そこだけはさしもの花奈さんも及ばない。


「とりあえずさっさと行った方がいい」

「説教だったら、直輝が慰めてよ」

「頭撫で撫でなら」

「じゃなくて、掘って欲しい」


 アホかっての。そんなことしたら火に油だ。

 項垂れながらも部屋をあとにする葉月が居る。まあ、説教されるとは思わんけど。俺次第な所もあるし。俺が好きになればエロ三昧も許可されてる。

 けど、今のところその気は無いし。


 小一時間もすると戻ってきた。少し長かったな。


「どうした?」


 妙に憤慨してる。


「信じられない」

「なにが?」

「直輝が居るのになんで受けるかなあ」

「だからなにが?」


 取引先の御曹司が葉月を甚くお気に入りで、年齢も二十三歳と言うこともあり、是非とも嫁さんに欲しいと言って来たそうだ。もちろん旦那様も奥様もやんわり断ったが、せめてお見合いの席を設けて欲しいと。

 如何にも金だけ持ったバカが増長して、何でも手に入る、そう勘違いした事例だな。


「行くのか?」

「行く気ないけど、相手のメンツもあるから」

「アホクサ」

「直輝も一緒に来て」


 行くって言うか連れて行く必要はあるだろ。執事なんだから。


「どんな奴なんだ?」

「知らない。でも、たぶんパーティーとかで会ってると思う」


 話が合わないとか、適当に断りを入れるのはありだとか。旦那様も奥様も葉月が俺を好きなのは知ってる。だから顔だけ見てさっさと帰るのも了承済み。

 とりあえず相手のメンツを立てるだけ。


「いつ?」

「明後日」

「すぐじゃねえか」

「あ、そうだ」


 パンクスタイルとかどうかな、って言ってる。ハリネズミみたいなヘアスタイルに、ピアスは穴開けてないから、ど派手なイヤリングにチェーンネックレスを五本くらい。どくろのリングを両手に親指以外。目の下に隈どり、血の色をしたリップ。Tシャツにダメージジーンズとか。皮のベストにチェーンじゃらじゃら。ついでに模造ナイフを一丁。ナイフに舌なめずりとか。


「引くぞ」

「それが狙い」

「どう考えても、その格好じゃ許可されないだろ」

「だからいいんじゃん」


 じゃあ、大人しめでラップスタイルとか言ってるし。

 格好じゃなく会話で断れっての。


「YoYo! お前のアホヅラ、俺の前に出すんじゃねえよ。って踊りながら」

「アホか」

「じゃあ、直輝が断って。あたしの彼氏だからとか言って」

「執事だっての」


 お見合い当日。

 渋る葉月を連れ出すが、服を着ないとか言ってる。


「全裸マン」

「マンって男だろ」

「ウーマン」


 頭いてえ。


「ネイキッドガール」

「アホか。さっさと服を着ろ」


 裸で連れ出したら警察案件だっての。


「じゃあこれ」

「……メイド服じゃねえか」

「可愛い」

「お嬢様に相応しいカッコしろっての」


 誰のメイド服か知らんが、どこから持ってきやがった。

 駄々こねる葉月に一応フォーマルな格好をさせて、無理やり車に押し込む。


「場所は赤坂の料亭でいいのか?」

「パパとママが待ってるから」

「待たせるなっての」

「だって、行きたくないんだもん」


 気持ちはわかるが。どんな相手か知らんけど、今どき強引な奴だな。そんな奴に気遣いなんてできないだろ。連れ歩いて自慢したいだけだろうよ。要するに自尊心を満たす道具でしかない。

 絶対に葉月を幸せになんてできるわけが無いよな。


 料亭に着くと仲居さんに案内される。女将さんは旦那様のお相手をしてるそうだ。

 人生初の料亭。財界の大物とか政治家が利用するとか。密談には最適だとも。

 でだ、旦那様と奥様の居る控室に。


「葉月。悪いな」

「悪いと思うなら受けないでよ」

「仕方ないだろ。懇願されたし」

「断っていいのだから、メンツだけ立ててあげてね」


 金持ちはメンツも大事。無下にされるとプライドが傷付く。安っぽいプライドだな。極貧だとプライドなんて持てなかったからな。

 そんなものに縋ってるから、ツラがウシガエルみたいになるんだよ。

 時間になりお見合いの席に案内された。俺はもちろん、執事ということで後方に控えてる。

 でだ、相手を見て思った。スマホで検索して写真を見せてやりたい。


「本日は誠にお日柄も良く」


 意味の無い形式的な会話でスタートした。

 タイミングを見て葉月に耳打ちして、スマホの画面を見せてみた。


「わひゃひゃひゃひゃ!」


 びっくりする相手だけど、知ったこっちゃない。当然だけど旦那様も奥様もびっくり。急に乱心したかと思うだろうな。


「た、た、タピオカ!」

「あ、あの、葉月さん?」

「ひゃあああ」

「どうされたんですか?」


 驚くのも無理はないな。葉月に見せたのはカエルの写真だ。しかもマルメタピオカガエルとか言う奴だ。どこかで見た記憶があって、見合い相手の顔を見て思い出した。そっくりじゃねえか。

 でだ、俺のスマホを奪い取り相手に見せてるし。


「似すぎてる!」


 見る見るうちに表情が沈む相手だな。怒り狂うか? でも立場的には曽我部家の方が上だろ。ここで怒りを露わにすれば、自分たちの立場が悪くなる。

 腹を抱えて笑い転げる葉月と涙目の御曹司。

 少し憐れみを覚えるが、相手のことも少しは考えて、セッティングすりゃいいだけだ。そうすればこうはならんだろ。


 結果、破談。


 相手側もさすがに曽我部の娘をもらい受けるのは、無理があると理解はしてたそうだ。ただ、息子が煩く喚き散らすから、席を設けたに過ぎないとか。

 甘やかすから我がまま坊ちゃんになるんだよ。一度でいいから極貧生活を経験させるべきだな。


 とは言え、さすがにやり過ぎだ、と旦那様からお叱りを受けた。

 奥様は相手の御曹司とやらに不快感を持ってたらしい。だから俺の味方になってくれた。


「受けるからでしょ」

「でもなあ」

「でもじゃありません」

「はい」


 女性と男性じゃやっぱ違う。お見合いともなると、相手に求めるものが大き過ぎる。男女平等ってなに? ってくらいに。だから不愉快なんだそうだ。

 葉月もさっぱりしてるし。

 破談に導いた俺の功績ってことで、奥様からご褒美を頂けた。

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