Epi55 旅行は終わり日常へ

 旅行最終日、一週間の爛れた生活も終わりとなる。

 マジで爛れてたな。ただ、幸いにも葉月や美桜ちゃんと、繋がることは無かった。ふたりを傷物にせずに済んだのは僥倖と言うものだ。股間の危機も去ったと言って差し支え無かろう。誘惑がすごかったけど、花奈さんのお陰で耐えられたのもある。


 午前十時に島をあとにし、来た時と同じマリーナで下船し、車で空港まで向かう。


「もう終わっちゃった」

「もっとゆっくりしたかったです」

「うふふちゃんは途中からだったしね」

「次は最初から参加したいです」


 結構だらだら過ごした一週間だった気がする。ほとんど旅行経験の無い俺だが、観光地巡りとかしたかった、なんて思ったりも。ああ、あれか、これが貧乏人根性って奴か。金持ちのバカンスってのは、忙しなく動き回る旅行じゃないんだよ。無為とも思える時間を過ごすのがセレブってことで。


「直輝。冬はオーストラリアに行こう」

「アイスランドでオーロラが見たい」

「それでもいいけど、めちゃ寒いよ」

「きっと耐えられる」


 いいのかよ。行きたいって言えばどこでも行くんだろう。一般庶民は相当前から計画を練っておかないと、早々行けないと思うんだが。貯金とか必要だろうし。

 金のことを考えないってのは、セレブならではってことか。


 自家用ジェットで羽田に戻ると車で屋敷に帰る。

 来た時と同じくベンツだ。でかいよなあ。それを華麗に乗りこなす花奈さんだし。


 屋敷に戻り荷物を降ろし、それぞれ仕分けして洗濯物を、ランドリールームへ持って行く。屋敷に入ったらただの執事だ。本来の仕事をする義務がある。

 葉月は美桜ちゃんを連れて自室へ行ったようだ。あとで送り届ける必要があるな。

 一週間ぶりのランドリールーム。中に入ると倉岡さん居るし。


「あ、向後さん。旅行は如何でしたか?」

「まあ、それなりに楽しめたよ」

「楽しんでたんですか?」

「その辺はね、お嬢様を楽しませる、イコール俺も率先して楽しまないと」


 葉月が楽しいと思うことは、俺と一緒にってことだし。執事役なんてやってたら葉月は楽しめない。なんかこんなんでいいのかって、思う部分も無くはない。


「あたしも楽しみたいです」


 見つめられてもな。愛すべき花奈さん居るし。


「そのうち、いい人できるだろ」

「じゃなくて、向後さんがいいんです」

「なにも俺じゃなくても」

「だって、溢れたんですよ」


 溢れるなっての。なんか緩いの多いなあ。


「そう言えば研修期間って何か月?」

「一年です」

「え? そんなにあるの?」

「普通だそうですよ」


 三か月ってやっぱ特別なんだな。半端な状態で執事とかなんの冗談、と思ったけど。マジで冗談みたいな状況だ。

 葉月が催促したってのは知ってたけど、確かに一流の執事やメイドを育てるなら、相当な期間が必要だよなあ。俺なんてただの駆け出し。今も丁稚小僧じゃねーか。


「向後さんは?」

「俺は、三か月でお嬢付き」

「なんかすごいです! やっぱエリートなんですね」

「違うぞ。葉月がアホだからだ」


 なんもできない執事擬き。肩書は執事だけど蓮見さんに遠く及ばず、メイドの誰にも及ばず、素人に毛が生えた程度。これで執事なんてよく名乗らせるよな。

 つまりは葉月の恋人ってのが俺の役割なんだよ。執事なんてどうでもいいんだ。


「いいですね」

「なにが?」

「名前で呼んでもらえて、すごく親しそうで」

「そうでもないけどなあ」


 羨ましいのか? 無理やり呼ばされてるだけだぞ。

 その後、洗濯が終わったのか、先にランドリールームをあとにする、倉岡だったけど。出際に「今度抱いてください」じゃねーよ。抱くのは花奈さんだけだ。

 あっちもこっちも手を出せるかっての。


 洗濯を終えて葉月の部屋に行くと、丁度美桜ちゃんが帰るそうだ。


「あたしも一緒に行く」

「じゃあ、車でかい方がいいよな」


 車庫に行き前回使用したマセラティを引っ張り出す。


「その車、好きなの?」

「扱い辛いけど結構好きだな」

「扱い辛いなら、違う車にすればいいのに」

「そのうち慣れる」


 初心者マークを貼り付けて、ふたりを後席に乗車させる。


「途中まででいいのか?」

「はい。また駅前までで」

「家まで送ってあげれば? 疲れてるみたいだし」

「もちろんそうしたいけど、本人が」


 遠慮する美桜ちゃんだったけど、旅行疲れもあろうということで自宅まで。

 ナビに目的地を入力してお任せする。時間厳守とかじゃないし。道路状況によっては違うルートを探せばいい。

 後席でうつらうつらするふたりが居る。俺の運転でも寝られるのか。少しは上達したってことか?


 目的地に到着したが、やっぱ豪邸。ザ邸宅。庭も広そうだし。門戸が立派過ぎる。

 下車して門の前に。


「あの、旅行、とても楽しかったです。また向後さんとお出掛けしたいです。ありがとうございました。葉月ちゃんもありがとうございます」


 深々とお辞儀して門を開け中へ入って行った。

 礼儀正しさはちゃんとある。家の前ではやっぱ淑女になるんだな。すっかり葉月に毒されてたけど。


「美桜ちゃんも名門一家なのか?」

「わりと旧家かも」

「だからか。葉月と付き合わなかったら、爛れずに済んだと思うと惜しい」

「爛れてない」


 すっかり打ち解けて楽しんだじゃないかって。お嬢様なんて言っても所詮は女。やることはやりたいんだ、とか抜かしてやがる。


「じゃあ、美桜ちゃんと付き合ってもいいのか?」


 固まったか。と思ったら息を吹き返したか?


「駄目。付き合うのはあたし。うふふちゃんは直輝のセフレ」

「そんな関係性は駄目だろ」

「いいんだってば。ひとりも知らない生娘なんて流行らないし」

「流行り廃りの問題じゃないと思うぞ」


 車に乗って屋敷へ帰る。

 来るときは後席。帰りはしっかりナビシート。隣でなんか考え込んでるようだ。暫し無言だった。

 こっちを見てなんか言いだした。


「ねえ、うふふちゃんって、好みなの?」


 あのまま爛れなければ好みと言えたなあ。俺の周りには居なかったタイプだし。がさつな葉月みたいのは居たけど。田舎だったし木登りするわ、冬は豪快に雪合戦するし、鼻水凍らせながら。


「居なかったからな。あんな感じの子」

「あたしだってお嬢だけど」

「いや、葉月は田舎の暴れん坊と一緒だ」

「違うっての」


 立派な出自なのに、中身は田舎娘と相違ない。なんだかなあ。


「猪娘」

「誰が」

「葉月」

「いてっ!」


 腕殴るなよ。

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