Epi46 快適な空の旅をどうぞ

 旅行当日になり奥様と大奥様が見送り。旦那様は仕事で忙しく早朝に出て行ってる。大旦那様も同様。


「葉月。羽目を外しすぎないようにね」

「奥様、お任せくださいませ。この諸岡、目を皿のようにして監視いたします」

「そこまでは……」


 気合入ってんなあ、諸岡さん。


「そうやすやすとケダモノの毒牙に掛けられぬよう、ベッドの中でも監視を怠りません」

「も、諸岡、そこまでは」


 ケダモノって俺のことか? 諸岡さん、そこの認識は改めた方がいいと思う。ケダモノは葉月で俺は襲われる草食動物。際限ないのが葉月だし。

 そもそも互いに愛があれば、やることやってもいいって、奥様方も言ってる。俺の場合現状、愛が無いからやるのは無しなだけで。と言っても詮無い話だ。まあ、俺にとっては都合がいいけどな。食われる心配が無いから。


 さて、車だがBRZじゃ小さい。結果、ベンツGLSが引っ張り出された。でかすぎないかと思うが、安全性は高いし荷物も大量に積み込める。葉月の荷物は結局、キャリーでふたつ分。俺のはボストンひとつ分。諸岡さんも同様ボストンひとつ。

 羽田までの運転は諸岡さんがするそうだ。俺だとまだ心配だとか。


「せめて初心者マークが取れるまでは」


 だそうだ。


「それじゃあ、葉月、向後さん、良い旅を」


 見送られて屋敷をあとにする。

 離れた場所から花奈さん手を振ってたな。五日目に来てくれるなら、愉しみはその時に。

 後席に俺と葉月が座り、諸岡さんは運転手兼監視要員。現地での食事の支度もするそうだ。給仕は俺がするけど。


「向後さん。お嬢様を退屈させぬよう、適度な会話は良いですが、道順などは覚えておいてくださいよ」


 つまりだ、今後俺が送迎することもあると。その際に迷っていたりしたら、迷惑になるからだそうだ。

 ナビに頼りっ放しだと結局道を覚えないとか言ってる。

 それにしても、安定した運転するよなあ。花奈さんも運転上手かったけど、諸岡さんも年季入ってるのか、眠くなるほどに運転が上手い。不安感が皆無ってすごいなあ。


 羽田に到着すると車から荷物を降ろし、自分の分と葉月の荷物を抱え、駐機場へと進むけど。


「普通はこんな所に来れないなあ」

「キョロキョロしない」

「あ、はい」

「諸岡は口煩い」


 葉月、不用意な発言は説教食らうぞ。


「お嬢様。外では他者の目も意識しないとなりません」

「めんどう」

「曽我部家として恥ずかしい行いはできません」

「ぶー」


 やっぱそうなるよな。

 でだ、ジェット機。最大十九人乗りだけど、内装はオーナーにより変更してある。九人乗りにして、機内に豪華なソファを設置してあるそうだ。

 パーサーに荷物を渡し機内に乗り込むと、パイロットとあいさつを交わすが、葉月や諸岡さんとは顔馴染みたいだな。俺を紹介されるが、なんかやっぱ飛行機のパイロットって、格好いいなあ。葉月は惚れる相手を間違えて無いか?


「機内ではパーサーにすべてお任せします。例え執事と言えど、機内は専門職に一日の長があります」

「はい」

「のんびり寛いでればいいんだよ」


 離陸して安定するまでは、ファーストクラスレベルの座席に。安定したら三人掛けソファで寛ぐといいそうだ。


「凡そ二時間のフライトです。飲食も可能ですから」


 今の時間だと昼には早いな。喉を潤す程度で充分だろう。

 離陸まで暫し座席から外を眺めたり、葉月を見てみたり。目が合うと楽しそうなんだよな。そうやって普通にしていると、マジで可愛らしい。

 ちなみに諸岡さんは見て無いようで、しっかり見てるようだ。実は視野が三百度くらいあったりして。人間の視野って百八十度から二百度くらいだし。こえーな諸岡さん。


 さて、いよいよフライト開始だ。パイロットより指示があり、座席にゆったりと背中を預ける。

 飛行機に乗ったことなんて、そう言えば無いな。鉄道とバスばかりで、これが初めての経験だ。しかも帰省や長距離移動でも鈍行か深夜バス。自腹だと新幹線や特急も無理だったし。

 どんだけ貧乏だって話しだな。


 飛び立ち高度が上がると……耳が痛い。これ、気圧差から来るものか?


「直輝。耳抜きできないの?」


 できないわけじゃない。


「やり方は知ってる」

「そう。教えてあげてもいいんだよ」


 これ、わかってて言ってんのか? 一度も飛行機に乗ったことが無いって。でもさあ、海でも同じことするし。それなら経験があるからな。


「問題無い。海でもやってる」

「あ、そうだね」


 いくら貧乏でも海に潜ったことも無いわけじゃない。むしろ素潜りで魚を獲ることもあった。俺ら一家にとってのご馳走だったし。冬は無理だったけどな。夏はそうやって食いもんを入手してた。実は素潜りは得意なんだよ。金掛けた遊びができない分、自然を相手に遊ぶことが多かったからな。

 離島で潜る機会があれば、少しはいい所を見せられるかもしれん。


 飛行が安定するとソファに移動し、ひたすら寛ぎモードに。


「そう言えば、島にビーチってあるのか?」

「磯しかない」

「じゃあ、泳ぐのは?」

「ダイビング」


 俺の本領発揮って奴かもしれん。とは言え、もしスキューバだと未経験だ。資格も無いし金がかかりすぎる。


「ダイビングの種類は?」

「スキューバ」

「げ」

「なに? ライセンス無いの?」


 あるわけがない。金無いんだよ? 金の掛ることはすべて無し。


「先に言ってくれれば。そうしたら受講させたのに」

「次回からはそうしよう」

「シュノーケリングは?」

「それなら問題無い」


 じゃあ、ってことでシュノーケリングになった。本当ならスキューバで楽しみたかったとか。無茶な。極貧大学生如きが金の掛ることなんて、できるわけもない。


「あ、そうだ。直輝も船舶免許」

「は?」

「簡単だから。諸岡も持ってる。二級だけど」


 横から諸岡さんも口を挟んできた。


「そうですね。船舶免許も取得しておいた方が良いでしょう。帰り次第、旦那様に進言しておきましょう」


 船の免許も取らされるのか。でもあれか、今後、休暇の際に花奈さんと出掛けた時に、プレジャーボートとかで楽しめそうだし。金出してくれるなら。

 マリンレジャーなんて、どれもこれも金掛かりすぎるからな。今まで縁が無かったが、ここに居ればその機会は多そうだ。


 パイロットから着陸姿勢に入るとアナウンスがあり、ソファからシートへと移動し、しっかり背中を預けておく。

 窓から見えるのは長崎空港か。

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