Epi47 離島生活初日はおとなしく

 空港に到着し荷物を降ろし、ここからまた車に乗り換えて、曽我部所有のマリーナまで移動するそうだ。

 もちろん運転は道を理解している諸岡さんだ。すごく頼りになるメイド長だな。

 車はここではポルシェカイエンかよ。ベンツよりはカジュアルだな。これもまた滅多に乗らないがメンテナンスを任せ、コンディションを維持してるそうだ。


「四十五分ほどでマリーナに到着します。そこからはクルーザーで島に渡りますので」

「船で二十分以内に着くから、そうしたら少し休んで遊ぶんだよ」


 遊ぶって、何して遊ぶのか知らんが、エロいことじゃ無ければなんでもいいや。

 それにしても、最早驚くまい。クルーザーとか。それも所有してるのか?


「持ってる。いちいち借りると面倒だから」


 しかもここだけで二隻所有してるそうだ。なんだそれ。

 一隻は諸岡さん操縦で島へ行き、そのまま桟橋に停泊。もう一隻は後日花奈さん操縦で桟橋まで来ると、それに乗って諸岡さんが帰るそうだ。

 つまり二隻必要だとか。贅沢な使い方するからだろ。


「離島用に各二隻ずつあるんだよ」

「贅沢すぎる。年間の維持費だってバカにならんだろ」

「そんなの飛行機に比べたら、雀の涙みたいなもんだよ」


 スケールがさあ、でかすぎんだよ。ほんまもんの金持ちってのは、どうにも金銭感覚が違いすぎるな。

 それと花奈さんも船舶免許持ってるんだ。なんか曽我部家のメイドって、すごすぎるなあ。そのくらいじゃないと務まらないのか。じゃあ、俺ってなんだ?


 道中高速道路も利用してマリーナに到着すると、やっと船に乗り換えるわけだ。

 でだよ、これぞ金持ちの象徴。なんか贅沢の極みみたいな船が停泊してるし。


「向後さん。呆けてないで荷物を積み込んでください」

「あ、はい」


 これ、何人乗れるんだ?

 どこの船かと思ったらヤマハなんだ。外国製とかじゃないんだな。


「少しの距離ならこれでもオーバーだから」

「あ、そうなの?」

「横浜のマリーナにはイギリス製の八十フィート級がある。これより十メートは長いから」


 まだ他にもあるんだ。船内で多人数のパーティもできるとか。最早ぐうの音も出ないぞ。ちなみにその船は蓮見さんが操縦するそうだ。マジかよ。執事なのに。

 荷物を積み込み終えて葉月の手を引いて、船に乗り込むと出発するようだ。

 最初にスターンデッキとやらを見て、メインキャビンへ移動。運転席がある。葉月が手を引き今度は船の先端、バウデッキとやらへ。


「島に着くまでここに居よう」

「まあいいけど」


 バウデッキにはベッドがある。そこにふたりで寝そべり、十五分ほどの航海を楽しむことに。


「直輝とふたりきりならなあ」

「そりゃ無理だろ」

「直輝があたしを愛してないから」

「まあ、そればっかりは」


 絶対落としてみせると息巻いてるけど、花奈さんに比べると見てくれ以外は、やっぱどうしてもね。見てくれは文句なく葉月だけど。全身どこを取ってもなんかすごい。

 性格は圧倒的に花奈さんだな。俺には姉さん女房が合ってる。


 夏の風を浴びながら暫くすると、島が見えてきて桟橋に船を寄せてる。島は木々が茂り桟橋から続く開かれた部分に建物がある。

 それにしても扱い方が上手い。メイドが万能だよな。超一流のセレブに仕えるってことは、すべてにおいて一流が求められるのか。

 花奈さんが優れてるのは理解してるけど、じゃあ、他のメイドもか?


 桟橋に船を係留すると、荷物を降ろし二棟ある建物の、メインハウスへ向かう。

 この建物、これだけで普通の一戸建てを凌駕してやがる。


「では、部屋に荷物を置いたら、暫し旅の疲れを癒してください」


 既に管理人が清掃を含むメンテを済ませ、食材も冷蔵庫に保管済み。

 広々としたリビングは、巨大なガラス窓で眺めがいい。でかい三人掛けソファがひとつ。ふたり掛けがふたつ。ひとり掛けがふたつ。センターテーブルもでかいな。

 ベッドルームも無駄に広く、巨大なベッドが鎮座してるし。

 部屋数が五つの居室にリビング、ダイニング、キッチン。それとバスルームふたつ。ひとつは露天ジャグジーとは……。トイレが三つかよ。そんなに必要なのか?


 冷蔵庫を開けて中身を確認してみると、飲料もいろいろ揃ってるし。さすがに酒は無い。葉月だからだろう。俺は飲めても飲む気は無いし、飲む習慣すら無かった。酒買う金も無かったんだよ。貧乏すぎて。

 で、見てると葉月から声が掛かる。


「直輝。あたしコーラ」

「あいよ」

「向後さん。ボトルのまま渡さないように」


 氷を入れたグラスに注いでから渡すようにと。ここでも形式にはこだわるのか。

 ソファに体を投げ出してる葉月に持って行くと、隣に座るよう促される。


「早く五日目にならないかな」

「なんだそれ」

「だって、できないじゃん」

「五日目以降も無いからな」


 さすがに諸岡さんが居ると、迂闊に手も出せないようだな。暫く平和に過ごせそうだ。


「中条でしょ。言えば少しの間、目を瞑ってくれる」

「融通利かせると?」

「うん。本当なら弱みのひとつもあればいいんだけど」

「あんのか、そんなもん」


 無いらしい。職務上、一切の弱みを握らせないらしい。さすがだ。ついでに諸岡さんも弱みが一切ない。むしろ葉月を叱れる存在だ。逆らうと怖いから逆らえない。

 夕飯の支度をする諸岡さんだが、葉月に少し歩かないかと誘われた。


「島の周囲も知ってた方がいいでしょ」

「まあそうだな」


 ということで、建物から連れ出され島の散策へと出る。

 当然だけど、葉月の手は俺にしっかり絡まってる。暑いんだよな。冬はまだいいけど、今は夏だし。

 それでも葉月が楽しそうだし。笑顔で時々俺を見て、微笑んでは「あのね」とか言いながら歩いてる。


「ここなら磯釣りもできるよ」

「魚居そうだもんな」

「アワビとかナマコも獲れるよ」

「なら、明日潜って獲ってみようか?」


 アワビならご馳走だし。素潜り経験を存分に生かせる。


「晩ご飯アワビ?」

「それいいな」

「あたしのは?」

「なんだそれ?」


 あたしのアワビも食えとか、なんじゃそれ。アワビって言うよりハマグリ。じゃねえって。

 つい釣られてアホな想像するだろ。

 

 岩場でしゃがんで何してるんだ?


「カニ居る」

「まあ居るだろうな」

「食べられる?」

「磯のちっこいカニだろ。殆ど食えないぞ」


 水溜りには小魚も居て、それを見てる葉月がなんか可愛い。

 マジで普通にしてれば可愛いのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る