Epi44 最終決定権者とお話し

 俺は今、応接室に居る。

 一昨日の乱痴気騒ぎにより、執事とは何かに大いに迷いが生じたのもある。また、このまま続けることが良いのか、最終決定権者である葉月の家族、即ち両親へと相談を持ち掛けたのだ。

 話を持ち込んだ際に奥様は「気にしなくていいのに」と。

 だが、事はその程度で済まない。他所のお嬢様までも巻き添えにして、危うく傷物にしそうになった。首を括るような事態は避けたい。洗いざらい一部始終を暴露したのだ。


「まあ、ならば話は聞こう」


 旦那様が聞く意思を見せ、奥様もそれに従ったようだった。

 さて、その一昨日の乱痴気騒ぎだが。

 場所は風呂場だ。


「直輝。なんで腰にタオル巻いてるの?」

「不用意に見せる物じゃないから」

「見せていいんだよ。触らせて、ねじ込めばいいんだよ」

「できるかっての」


 もちろん、その場に楠瀬さんも居て、しかも葉月に哀れ剥かれて、すべてを晒している。たぶんそうじゃなかろうか、と思っていた通り、細身の体に控えめなバスト。

 隣に並ぶ葉月と比較すると、葉月が牡丹餅に見えるくらいか。

 ふたりの少女を前に大人しくできるほど、達観しているわけでは無い。


「意味無いよ。モリモリしてたら」

「見るな」

「いつも見てるし触ってるし」

「楠瀬さんには刺激が強過ぎる」


 そんなことはないと、楠瀬さんの胸を揉みしだく変態が居た。悶える感じで、しかし視線は俺の股間に釘付け。呆気に取られている間に接近され、タオルは剥ぎ取られ、ご機嫌な状況を観察されるに至った。

 その後はやれ繋がれだの、入れてしまえだの。

 風呂場が無法地帯と化した。


 実にヤバかった。まさか受け入れようとする楠瀬さんだったし。

 翌日去り際に「あの、とても心地良くて、ち、こ、ですが、次回もください」とか。じゃねえよ。すっかり毒されてしまった。


 ということで、応接室でぶちまけてみたのだ。

 当然だが、そんな事態に至り、しかも窘めることもできず、抗えず流されたこともあり、クビになることは覚悟した。

 間違いなく羽目を外しすぎている。許されるはずも無いのだから。

 それでも、股間を守るべく正直に申告した。隠し立てすれば去勢され男としての機能を失う。そう考えたからだが。


 ふたりとも無言だ。額に汗が流れる旦那様と、少々苦笑気味の奥様が居る。


 旦那様が口を開く。


「その、楠瀬の娘とはしてないよな?」

「そこは死守いたしました」

「じゃあ、問題無いでしょ」


 なんで?

 他所の娘の裸を見て触って、しかも握られて、あの瞬間まで披露してるのに?


「でもあれか、先方には話をしておいた方が」

「そんなの黙っていればいいんです。年頃の娘の秘め事を露わにする権利は、親と言えどありませんよ」

「そ、そんなものなのか?」

「当然です。親に知られた時の恥ずかしさ。それまで純情であればあるほど、ショックですからね」


 奥様と旦那様のバトル少々。

 娘にとっての大切な出来事。他人の親が首を突っ込む理由は無いらしい。むしろ箱入り娘であれば、その親がしっかり見ていればいいと。見もしないであとで四の五の言う権利は無いとまで。娘の変化に気付けない方が悪いそうだ。

 どうにも奥様の方が理解があるような。親がこうだから、娘も自由奔放に育った、そう見えるな。

 でだ、俺に向き合う旦那様だ。


「えっとだな。娘とはどこまで?」

「最後までは至っておりません。そこは死守しております」

「そうか、まあ、それなら契約違反にはならない、かな」

「そのことでひとつ、向後さんに」


 奥様からだ。旦那は契約書の中身に忠実なら、問題は無いと考えるみたいだし。


「葉月を愛していますか?」


 ストレートだ。愛しているかと言われれば、愛はたぶん無い。あくまで仕事の上での付き合いだし。執事とその主、それ以上の関係性も望んでいない。

 それを言うと。


「なんか、残念」

「葉月は向後君に惚れてるからなあ」

「誓約書の件だけど」

「はい」


 性交の禁止、とあるが、互いに愛し合う間柄ならば、それを禁止する理由は無いとか言ってる。

 俺が葉月を好きになり、葉月は俺を好きだ。その際には誓約なんて意味が無いと。誓約書の署名捺印も無効にできるとか。

 一瞬、頭の中が白くなる。


「愛し合ってるのに野暮でしょ」

「葉月がなあ。惚れ込んでるし、それでも駄目とか言うとなあ」

「お互いが本気であれば、私たちは問題ないと考えています」

「俺もなあ、ママとその……」


 若気の至りで突っ走り、つい手を出してしまったとか。そんなことを打ち明ける必要はないと、奥様に突っ込まれてるし。とは言え、奥様がしっかり暴露してくれた。奥様が高校二年の時には、しっかり繋がったそうだ。

 自分たちがやっていることなのに、娘にやるなは道理が通らない。


「だから、お互い本気なら好きにしていいの」

「まあ、その、節度は持って欲しいが」


 四六時中だとさすがに注意しなければならなくなる。しかし、時に互いの愛を確認し合うのは問題ないと。


「今後、葉月に愛情を持った場合は、素直に従ってあげてね」


 情熱的な子だから羽目を外しやすいが、ちゃんと考えるべき部分は考えている。行き過ぎることは決してないと。

 大切にしてくれるなら、何をしていても文句は言わないそうだ。


「本当は葉月を愛してくれると、執事として雇用した甲斐もあるのだけれど」

「まあ、目的はそれみたいなものだったしなあ」

「中条ねえ。確かに葉月とは違うから、男性にとって魅力的でしょうね」

「俺もなあ、もう少し若けれ、ば!」


 奥様にぶっ飛ばされてるよ、旦那様。余計なこと言わなけりゃいいのに。


「それでも、葉月と接していれば、きっと好きになってもらえると思うの」

「自慢じゃないが、愛らしさだけは群を抜いてるぞ」


 旦那様も奥様も、葉月の恋を応援してるのか。

 でも、相手を選ばなくていいのか? ステータスに見合う相手、とはどう見ても思えない。貧乏人の家に生まれて、金とは縁のない生活。頭も良くない。機転も利かない。

 なにが良くて俺だったんだ。


 結局、お咎めなしで解放された。

 事前に覚悟したことが無駄になったな。


 葉月の部屋に行くと「なに話してたの?」と。


「葉月の悪行の洗いざらいを暴露」

「無駄だったでしょ」


 くそ、結果は火を見るより明らか。

 わかってるから無茶もできる。両親の理解があっての行動だったってことか。

 すべては葉月の手のひらの上か。

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