Epi42 ご学友の初恋の行方
葉月の機嫌が少々悪い。
友人だと思ってた存在が横恋慕となれば、嫉妬もあろうとは思うが、積極的に紹介してきた手前、断り切れなかったんだろうな。その機嫌の悪さは自分への怒りもあるのか?
対して楠瀬のお嬢様と言えば、俺を見つめては顔を赤らめ俯き、そしてまた見つめてくるの繰り返し。これ、俺から話しかけた方がいいのだろうか。こっちも経験不足で、こんなケースでどうすればいいかなんて、さっぱりわからんぞ。
「見つめ合ってないで少しは話したら?」
「そうは言うけどな。共通の話題が」
「率先して話し掛けて探らなきゃ、わかるわけないじゃん」
だろうけどさあ、葉月は自分から話題を振ってくる。だから話しやすい。エロい格好もそうだけど、切っ掛けを作ってくれるからなあ。
なんて思ってたら、もそもそ話し掛けてきた。
「あの、向後さんは葉月ちゃんの執事に、なぜなられたのですか?」
就職できずダメもとで応募したら採用されたから。しかも職務内容は面接当日に聞かされたし。何も知らずに応募して何をするか知った。この変態お嬢の執事兼恋人なんて、誰が想像できるだろうか。
完全なまでに不意打ちを食らった感じだし。
「好条件の求人を見て、ですが」
「直輝。ピントのずれた返答」
「なんで?」
「聞きたいのはそこじゃない」
執事たるもの、主の意図を口頭で知らされる前に、察するべきである。つまり気の利いた存在足れ、ってことだけどさあ。無理だっての。経験の無いことなんだから。
「じゃあ、なんだ?」
「本人の口から」
「あの、伝わりにくかったようですので、質問を変えますね」
「ほら、気を使わせた」
そんな高度なやり取り、執事歴四か月程度の俺に期待するな。しかもその内三か月は研修だったし。これが花奈さんなら、言われずとも理解し適切な解を提示するんだろうけど。言っとくが俺は大学を出ててもバカだ。いや、直接言うわけじゃないが。そこは自負してるぞ。
「あの、す、好きなのですか?」
なぜ執事が、が、好きなのか、とは。こんなウルトラCの問いを即座に理解し、適切な解を提示できるわけがない。
葉月を好きか、と言われれば、それは無い。可愛いと思うし、まあ少々わがままを聞いて、身の回りの世話をして執事としての職務を果たす。それは給料の内だからなあ。
「恋愛感情は特に持っていません」
「直輝」
「なんだ?」
「どうでもいいんだ」
おい。そうじゃない。いや、わかるけど、落ち込まなくても。
そんな情けない顔して俺を見るなって。葉月もわかってるだろうに、俺の心は花奈さんにあると。
「あの、見ていると、とても仲が良く見えます。好意を持って接しているのかと思っていました」
好意、か。好意的な目で見てる部分はあると思う。少なくとも嫌いじゃないし、まともなら惚れるほどに愛らしい。それが傍目に見て取れるってことか。
「好意的なのは確かです。ただし、恋愛感情に結び付いているわけではありません」
だから葉月、落ち込むなよ。背中丸まってるぞ。自分でもわかってるから、猛アプローチを仕掛けてるんだろ。
とは言え、直接聞かされたら、その反応に至るのかもしれんが。
「それでしたら、私にも可能性があると思ってもよろしいのでしょうか?」
「無い」
「おいこら、勝手に言うな」
「だって、あたしに可能性が無いなら、うふふちゃんにも可能性は無いでしょ」
いや。印象の問題もある。楠瀬さんは典型的なお嬢様、と言った雰囲気がある。対して葉月は変態。この差は大きいぞ。
なんて言えないけど。傷付くかもしれんし。
まあ、花奈さん一択だから、どっちみち無いんだけどね。
「大変心苦しく思いますが、両者ともに可能性という点では、少ないかと思われます」
葉月の奴、一瞬だけどにやけたな。楠瀬さんは項垂れちゃったし。
「少ないってことは、あるかもしれないんだよね」
「なにが?」
「自分で言ったじゃん。可能性は少ない。少ないだけでゼロじゃない」
気を使って言ったことを好意的に捉えたか。そうなると希望の光に満ちる楠瀬さんが居る。
「親しみやすさでしょうか?」
「はい?」
「あの、私にも葉月ちゃんと同じように、対等な話し方を」
「気楽だからね。敬語でなんて距離縮まらないし」
なんか、執事として失敗してる気がする。タメ口でお話し、なんてのは楽でいいが、職務放棄と思われても仕方ないだろ。
葉月相手ならば本来は敬語で接するのが、執事であるべきなのに、なし崩し的にタメ口が当たり前になってる。旦那様や奥様はそれで許してる感じはあるけど、内心どう思っているかなんてわからん。今は試されてるだけで、いずれ執事失格でクビもあるかも。
「申し訳ございませんが、立場というものもあります。対等な立場では決してありませんので、ご辞退させて頂きたく存じます」
「直輝」
「なんだ?」
「そんな堅いの要らない」
要らないじゃなくて、執事と主、執事とご学友。明らかに身分差があるんだよ。すっかり楽だからタメ口で話してたけど、本来はやっぱダメだろ、こんなの。
なんか、俺の言葉でまた項垂れてる楠瀬さんだし。いちいちショック受けなくても。
「葉月。本来なら葉月は主なんだから、敬語で接するのが執事の義務だろ」
「だから、堅いのは要らないんだってば。主がいいって言ってるんだから」
「葉月は良くても旦那様や奥様は、快く思ってない可能性もある」
「そんなのいちいち気にしてないって」
いや、おそらくは今もお試し期間。こんな適当な接し方なら、早晩クビを言い渡されるだろう。
ここで職を失うわけにはいかない。路頭に迷うだけだし。
客人が帰ったら、今一度、葉月とは話し合う必要があるな。
「直輝はチ〇コ以外も固すぎて、若いのになんでなの?」
「だから、それやめろ」
「なんで? 硬いのなんてチ〇コだけで充分だって、何度も言ってる」
「あの、ち、こ、って」
なんだ? まさか真正お嬢様が股間に興味あるのか?
ついでに葉月も驚いてる。もしかしてもしかしなくても、そのワードに食いついたのって初めてなのか。
「チ〇コ。男の股間にぶら下がる生殖器。愛でて良し、舐めて良し、含めて良し、入れて良しの肉棒。直輝限定だけど」
「おいこら。アホか」
「話しに乗ってきたんだから引き込む」
「やめろ。変態は葉月だけでたくさんだ」
このままだと葉月に毒される。清楚なお嬢様の危機だ。
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