Epi41 ご学友の自発的訪問
交渉したらしい。
結果は惨敗。諸岡さんの同行無くして旅行無し。
葉月は不貞腐れてベッドに全裸で寝転がってる。いや、だから、なんで全裸になる必要があるのか。
「葉月」
「諸岡ヤダ」
「仕方ないだろ。葉月の行動なんてお見通しだっての」
「諸岡怖い」
聞けば葉月の幼少時に躾担当をしていたらしい。それはもう、お嬢様としての品位と教養を叩き込まれたとか。それがあって社交界デビューも早かったそうだが。
ただ、その当時がトラウマになっているのもありそうだ。鬼教官の如く厳しく当たっていたらしいし。
そうは言っても葉月のためだったんだろう。少なくとも外面は良くなった。
俺の前ではだらけた変態娘だけどな。
「見えてるぞ」
「ほじっていい」
「やらん」
開脚するなっての。こいつ全部見せてきやがる。つい視線が吸い寄せられるんだよ。せっかく可愛いのに、その行動のせいで台無しだ。
もう少し性欲を抑えて行動も見直せば、誰もが認める淑女になれるのに。
勿体ない、って言葉はきっと葉月のためにあるんだろう。
「で、旅行は取り止めか?」
「行く。行きたい。いかせて欲しい、直輝に」
「最後の方違うだろ」
ならば諸岡さんを受け入れるしかない。厳しいけどそれは職務に忠実だから。メイドの鑑と言って差し支えなかろう。さすがベテランだよな。
ベッドから起き上がるとバスローブを羽織り、俺の手を引いて「お風呂」とか言ってるし。一緒には入っても貪らせないからな。油断すると招き入れやがる。
数日後、学校に送り届けると午後、スマホにメッセージが入ってた。
葉月からだが先日紹介されたお嬢様が、また遊びに来たいと言ってるらしい。帰りに一緒に来るから車は大きいものを用意しておけ、だそうだ。
仕方ない。BRZは小さい。奥様に言って適当に拝借しよう。
「奥様。葉月お嬢様のご学友をお連れしますので、お車を拝借させて頂ければと」
「好きなの使って構わないけど」
まあ、そうだよな。家人は誰も自分で運転しない。花奈さん、蓮見さん、それと意外にも諸岡さんが運転手をしていたのだから。使用する車はその時々によってだ。
授業が終わる頃合いを見計らい、車庫に行きどれにするか考える。
ベンツやロールスは仰々しい。アストンマーチンは個人的に乗ってみたい。ただ、セダンじゃなくクーペだから、結局後席が広い、とは言い難い。BRZよりは広いんだろうけど。
ああ、これにしよう。マセラティクアトロポルテ。ちょっと顔がごついけど、知名度は低いから街中を走っていても、注目度は高くは無かろう。
で、乗ってみたが。
国産車の操作性。優秀なんだな。手足の如く扱いやすいのに、こっちはまるっきり拒絶されてるみたいだ。なんて言うか、振り回される。俺が下手だからってのも大きいな。
それでも走り出せば快適そのもの。ヘビー級のボディは安定感もある。BRZの倍くらい車重あるし。でもさ、インパネわかり辛い。暫し悩んじゃったし。
いつもの場所で待っていると、ミラー越しに連れだって歩く葉月が見えて、車外で出迎える。
「ベンツじゃないの?」
「これじゃ不満か?」
「別に。後ろが広ければ」
なんで後席の広さ、と思ったら今回は楠瀬さんと一緒に座るようだ。ナビシートじゃないのか。
ドアを開け乗車を促し、乗り込んだら静かにドアを閉める。
俺も乗り込んだら屋敷へ向かうが。
「あのね、あとで話すけど、直輝のこと知りたいんだって」
「は?」
「だから、あとで話すけどって言ってるでしょ」
「はあ」
知りたいって? 極貧男が葉月の執事を務めるに至った経緯でも知りたいのか。興味を抱くようなものじゃないと思うんだが。
ルームミラー越しに楠瀬さんと目が合う。はにかむような笑顔になった。前回見た時には無かった表情だな。柔らかい雰囲気の笑顔は葉月とは違う。強い意思表示をする葉月はなんでもストレートだ。楠瀬さんはかなり奥ゆかしさを感じる。
実に対照的な雰囲気だよなあ。
屋敷に着くまで後席でぼそぼそ会話するふたりだが、その内容はほとんど聞き取れず。ただ、葉月の渋面だけは確認できた。
屋敷に着き二人を降ろすと車庫に車を仕舞っておく。傷付けたりしたら弁償だよな。こんな高級車、とても弁償しきれんけど。
でだ、先に部屋に行くよう促していたのだが、玄関先で待ってやがった。
「あれ?」
「待ってた」
「なんで?」
「うふふちゃんの要望」
わからん。
とりあえずふたりを従え葉月の部屋に行く。
部屋に入ると楠瀬さんにはソファに腰掛けてもらい、一旦席を外す。あれだ、客人のもてなしセットだ。厨房へ行きシェフに用意させて、またしてもワゴンでごろごろ。
給仕を済ませると本題を切り出してきた。
「あのね、うふふちゃん。なんか、直輝のこと、気になるとか言い出した」
「は? 俺? なんで?」
「あたしに対して気さくな雰囲気がすごくいいんだって」
「でもそれは葉月が望んだからで」
本来ならば執事らしくお嬢様と呼んで、畏まった態度であるべきだが、葉月がそれじゃいやだって言うから、例外としてこれが認められてる。
たったそれだけのことなんだけどなあ。
でだ、無言だった楠瀬さんがもそもそ喋り出した。
「あの、向後さんと葉月ちゃんの接し方がとても、羨ましくて」
「ちゃんと好きな相手だからって言ったんだけどね」
「ですが、その、気持ちが」
「つまりなんだ?」
好きになったとか言ってる。
マジか? ただの貧乏人の執事だぞ。まあ、以前に比べれば貯金があるだけ、かなりマシにはなったが。教養は葉月には遠く及ばないし、学もたかが知れてるし。
「ただね、接し方がわらないんだって」
「接し方もなにも、普通に話をすればいいんじゃないの?」
楠瀬さんを見ると、もじもじ。純情可憐なお嬢様ってのがぴったり。これこそがお嬢様だよなあ。葉月は変態を極めすぎてる。
「初恋」
「え?」
「初めて本気になったんだって」
「マジ?」
あり得ん。だが、正真正銘のお嬢様ならば、それもなくは無いのか。
完璧なまでの箱入り娘あるあるかもしれん。思わず楠瀬さんを見てみると、顔を赤らめて俯いてるし。これはマジな奴か。経験が無いからわからんけど。
「それでね、どうすれば直輝に気に入ってもらえるか、直接聞きたいんだって。どんな人が好みなのかとか」
と言いながらぶすっとする葉月が居る。
横取りされそうとか思ってたりして。
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