Epi39 もうすぐ夏休みらしい

 ヒキガエルとウシガエルの群れから解放された。

 車内で思いっきり深いため息吐いてる葉月だ。


「大変だな」

「定期的にあれがある」

「付き合わないって選択肢は無いのか」

「一応体裁はね」


 企業がいくらでかくても、どれだけ歴史があろうとも、日本では付き合いの悪さは致命的になる。バカでもクズでもアホでもカエルでも、とにかく上っ面だけでも付き合いは必要だそうだ。

 ゆえの経済団体だそうだ。日本を背負って立つ企業連合。と、自負してる連中だそうだし。それって下々の生活改善じゃなく、自分たちの懐をいかに潤わすか、そこに注力してるだけだよな。下々は雀の涙程度の給与で生きて行かなきゃならん。あげく、いつ会社を放り出されるかもわからん。


「上流階級の家庭に生まれても、そこにはそれ相応の苦労があるのか」

「あたしから見れば、一般家庭の自由さが羨ましい」

「金ないからひいひい言ってるぞ」

「でも、その分自由がある。夜遊びできるし」


 夜遊びは普通の家庭でも許さないと思うぞ。親が無関心なら可能だろうけど。


「風俗のバイトもできそうじゃん」

「まあ、それはなあ。親が知らないってだけだし」

「直輝とだって、好きなだけエッチできる」


 それは家によるんじゃ?


「チ〇コ出し入れ自在。理想的なんだけどなあ」

「アホか。自在なんてのはさすがに一般家庭じゃ無いからな」

「そうなの?」

「最低限の倫理観はある」


 むしろ金持ちの方が倫理観が無いと思ってた。今日見たあの連中、気に入った女相手なら好き放題してるだろ。やり捨てして金だけ渡せば文句無かろう、みたいな。

 事件化されそうになると、もみ消し工作してそうだし。口封じも遠慮が無さそうだ。世の中、金のある奴と犯罪者に都合良くできてる。

 いつも貧乏くじを引くのは庶民なんだよ。


「ああ、そうか。政治力って奴か」

「どうしたの?」

「いや、金持ちと政治家に倫理観が無くて済む理由」

「なにそれ?」


 互いに結託してるから、問題を起こしても無かったことにできる。庶民の首根っこを掴んでる経済界。立法府はそんな経済界に都合のいい法律を作る。

 タッグを組んでるから庶民は歯が立たない。搾取だけされて、使い倒したら捨てるのも許されるわけだ。


「ってこと」

「経済団体が政治家に献金する理由だからね」

「そうだよなあ。法律を都合よく作ってもらうんだもんな」

「人を殺しても無罪にできるよ」


 だよな。財界のトップの不祥事なんて、簡単にもみ消せるだろう。

 その息子や娘も腐ってそうだ。葉月は例外だな。

 これもあの旦那様だからか。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「もうすぐ夏休みなんだよね」

「ああ、そんな季節だな」


 ふたりで無人島に行きたいとか抜かしてやがる。


「誰が面倒見るんだよ」

「直輝」

「俺に無人島生活は無理だ」

「できそうだけど」


 貧困に喘いだ生活を経験していれば、いろいろ工夫できるんじゃないのかと。

 それとこれとは別だっての。野草食って凌いでたわけじゃないし。そこらの木材を組んで屋根作ったわけでもない。


「あ、でも、無人島って言っても、住人が居ないだけで設備は揃ってる奴」

「なんだそれ」

「個人所有の島がね、あるんだ」

「誰の?」


 曽我部家もふたつみっつ、島を所有してるそうだ。普段は定期的に管理者が管理していて、誰も住んでいない島だとか。

 長期休暇の際に滞在することもあるとか。だから建物は立派なものがあり、船着き場も完備されていて、行く前に管理人に使える状態にしてもらうそうだ。


「直輝は自炊できないの?」

「多少だな。葉月は?」

「できると思う?」

「どう見ても無理そうだな」


 その通りとか言ってるし。自慢にならんぞ。

 屋敷に帰ってくると、車を仕舞い葉月の部屋に行く。


 着替えを済ませるのだが、だから手を出すな。握るな。


「直輝。もっと握りたい」

「駄目」

「じゃあ吸わせて」

「駄目」


 なんで要求がエスカレートするんだよ。普通は逆だろ。

 ふたりでラブソファに腰掛けると、俺に体をあずけてくる葉月だ。


「あ、それでね。夏休み」

「無人島?」

「そう。一週間くらい過ごして、やり放題」

「無いぞ」


 やり放題が目的じゃねーか。そんなの許されるわけがない。

 ただ、誰にも邪魔されない島の生活かあ。花奈さんと毎日しっぽり。金あるとそんなこともできるんだな。いいなあ。花奈さんなら飯も作れるだろうし、生活力は凄く高そうだし。

 俺は海で釣りをして釣った魚を調理してもらう。ふたりとも誰も居ないなら、服も不要だよな。あの良く揺れる尻を堪能できる。

 あ、いかん。股間が。


「直輝」


 心地良い感触、と思ったら握られた。


「なんだよ」

「心ここにあらず」

「いや、あるぞ」

「起ってる」


 ちょっとトリップし過ぎたか。


「島に行っても飯はどうする」

「事前に作っておいて持参する」

「腐るぞ」

「冷凍保存なら大丈夫」


 冷凍食品を持参しても一緒じゃねーか。

 それにしても島なんてどこに持ってるんだ? 瀬戸内海とか小笠原諸島のどこかか?

 それに島に行く交通手段は。


「島ってどこにある?」

「アメリカ。メーン州にある島。七エーカーくらいの広さで、ふたつコテージがある」


 日本じゃねえのかよ。行くだけで時間掛るじゃねえか。

 それにしてもスケールのでかい話だ。国内じゃないってだけでも。


「他には? もっと近場とか」

「長崎にあるよ。島に渡る船とか、ボートもあって建物もあるから」


 長崎の方が現実的な気もする。アメリカくんだりまで行ってたら大変だろ。一度くらいは行ってみたいけど。

 それにしてもマジで金持ちだ。いくらするんだ、島って。


「野暮なこと聞くようだけど」

「値段? 長崎のは一億八千万程度だから安いと思う」


 撃沈だ。億を超える額を安いと抜かしやがる。庶民は五千万のマンションでさえ、買うのに三十五年ローンを組む。まさかキャッシュで買ったとかじゃないよな。

 と思って聞くと、そこは知らないそうだ。まあ、旦那様が手続きしてるだろうし。あ、いや、蓮見さんが細かい手続きはしてるのか。


「長崎に行きたいの?」

「いや、そっちの方が現実的かと」

「じゃあ、行こうよ。パパに言えば使える状態にしておいてくれるし」

「やり放題なんて言ったら、却下されるぞ」


 正直に言うわけ無いと。行ってしまえばこっちのものだとか。だからさあ、それは卒業までやらんからな。

 契約で決めてるし、誓約書も書いてるんだから。

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