Epi38 立食パーティーだった
前に居たヒキガエルがホテル内に入ると、次は俺の番だ。車寄せで停車し下車すると、バレーサービスが居てキーを預かり、代わりに駐車場へ入れてくれるようだ。
ホテルと車の格が一致しない感じだなあ。他はベンツやレクサスだし。どうでもいいけど。
そう言えば、旦那様はどこに?
行方の知れない旦那様をよそに、葉月の手を引きホテルエントランスホールへ。次々来ることもあり、ドアマンはドアを解放したままで、会釈だけの仕事になってるみたいだな。
それにしても、これまで全く縁の無かった世界だ。虚飾の上に虚飾を重ねて、来客の自尊心を満たす内装だよな。それを格式と呼称するわけだ。
隣に居る葉月はさすがに堂々としたものだ。俺なんか少し背中丸まってるぞ。
「緊張しなくていいんだよ」
「でもなあ」
「見栄っ張りが集ってるだけだから」
なかなか辛らつだ。
エントランスホールの近くにあるエレベーターで、会場階に向かう。中には先に入っていたヒキガエルが何匹も居る。そのうちの数人が葉月を見て気付いたみたいだ。
「これはこれは曽我部のお嬢様」
「本日はお父様の付き添いでは無いのですか?」
ヒキガエルが喋ると臭い。それにしても、なんで経営者の多くは、揃いも揃ってヒキガエル顔になるんだ?
欧米を見るとイケメン社長もたくさん居るのに、日本だとどれを見ても汚い面だし。醜さをこれでもかと凝縮したのが経営者なのか?
葉月は普通にあいさつして会話してる。慣れてんなあ。
「そちらの若者は」
「私専属の執事です」
「ほう。お若い執事ですな。見た所二十代前半ですかな」
「まあ、若いからと言って、粗相は許されませんがね」
はっはっは! とか下卑た笑い方しやがって。若いってだけでバカにしてやがるし。どんだけ偉くてどんだけの会社か知らんが。こうやって見下してる間に、世界から取り残されるんだよ。
会場階に着くと軽い会釈とともに、ヒキガエルが次々エレベーターホールに散って行く。
その後を付いて俺と葉月も出るが、出た先に見える会場だろうか、ぼそぼそと談笑する声が聞こえてくる。
分厚いドア越しに会場内を軽く見てみると。
「入りたくねえ」
「パパは後で来るから、先に入って待ってないと」
「どこ行ってるんだ?」
「用事済ませてくるんだって」
忙しいのか。
「人財って言ったよね。人を宝として見るとね、経営者も馬車馬みたいに働く必要あるんだって」
「なんで?」
「ちゃんとひとりひとりに向き合うから」
「あー、そういうことか」
ここで下卑た笑いをして、偉そうにふんぞり返る連中は、誰も従業員に向き合わないってことだ。数字だけ見て指示してるから、現場の苦労なんて知る由もない。
楽な商売しやがって。それでいて稼ぎの多くは自分の懐直行か。
こんな連中に飼い殺しにされる社員ってのもあれだ、不幸だよな。逆に考えれば就職できなくて良かったと言えそうだ。
旦那様が来るまで会場内で待つしかないのか。
仕方なく葉月を連れて会場内に入ると、一部から視線を集めてるようだ。で、そうなると近寄るウシガエルが数匹居る。
「ようこそ、曽我部のお嬢様。代表はどうされたのです?」
「そちらの若いのは?」
「相変わらず素晴らしいお召し物と美貌ですな」
若い奴ら数人集まってる。これがあれか、御曹司って奴か。なんか背筋が凍るような連中だな。
「お父様は後程」
「そうですか、で? そちらの男性は?」
「専属執事」
「ほー。お嬢様も執事を従えるようになられたのですね」
気色悪い。
こいつら金が無ければ絶対モテないだろ。ウシガエルみたいなツラ晒しやがって。
俺を見た御曹司とやらは鼻で笑ってやがる。
「そう言えば来年は大学生ですな」
「やはりあれですか、女子大へ進学ですか」
「そろそろお嬢様も、意中の男性でもできましたかな」
「私など恐縮ですが、立候補したいですね」
吐きそうだ。
これじゃあ確かに葉月が辟易するのもわかる。葉月の後ろにある地位と名誉、金が目当ての腐れ外道。こんなのを毎回相手にしてたのか。苦労してるんだな、葉月も。
しかも、立候補とか抜かした奴は、体目当てだって視線でわかる。胸元を強調したドレスだし、変態御曹司の目には、胸が歩いてるように見えてるんじゃ?
ちなみに意中の男性とやらは俺だ。悔しいか? バカども。極貧男が葉月のハートを射止めたぞ。
ちょっとだけ優越感。
「向後。化粧室へ行きたい」
「畏まりました」
「では、みなさま、後程」
華麗に踵を返し軽く手を振り、ウシガエルから逃れる葉月だ。
お前ら鼻の下が伸びてるぞ。葉月って優雅な動作もできるんだな。思わず見蕩れてしまうし。これじゃあ、ウシガエルには刺激も強かろう。
一旦、会場の外へ出るとため息吐いてるし。
「葉月の言ってたことがわかった」
「でしょ? 気色悪いし悪寒が走るっての」
「確かに」
化粧室なんてのは逃れるための口実だ。
身震いしてるし。相当気色悪いんだな。
その後、旦那様が来て会場内に入り、政治家先生とやらの話を聞かされ、経済団体会長の話や旧財閥系企業の会長、社長の言葉があり、パーティーは順調に進行したんだろう。
旦那様も矢継ぎ早にいろんな連中と会話して、実に忙しそうだった。
この中でも旦那様はトップレベルなようだ。誰もが首を垂れる。
俺と蓮見さんは、旦那様に付き従うだけだが、葉月は旦那様と一緒にあいさつしてるし。
そんな中、蓮見さんが久しぶりに話し掛けてきた。
「向後さん。お嬢様の執事、きちんと務まってるようですね」
「まあ、いろいろ条件の変更はありましたけど」
「お嬢様も結構なわがままっぷりですからねえ」
「最初はとんでもないと思っていましたが、最近は少し理解できたと思います」
パーティーも夕方にはお開きとなったようだ。
「帰るよ」
「そうだな。こんな臭い空気の中、いつまでも居られん」
旦那様はまだ少し付き合いがあるそうだ。先に帰っていいと言われてる。
帰り際にまた別の気色悪い奴らが、葉月を取り囲んでるし。
「お嬢様。またの機会に」
「次はデートのお誘いをしても?」
「夏季休暇ではクルーザーで洋上パーティーは如何かな?」
「ヘリで夜間飛行もよろしいかと」
金に飽かしたデートプラン。そんなの葉月に通じると思えん。そこらの尻軽お金大好き女相手にしておけっての。お前らの価値感じゃ葉月は靡かないだろうよ。
つくづく反吐が出る。
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