Epi34 親しみは感じられない
拙い会話術。執事たるもの話題も豊富であれ、と心得に書いてあった。
話題を豊富にするためには知識が必要だ。お見合いじゃないのだから、もっと興味を引くようなネタを提供する必要がある。
だがしかし、バイトしかしてない人生。ネタとなるものと言えば、葉月にぶちまけた、バイト先の腐れたネタばかり。大学時代、やれコンパだサークルだ、青春してる奴らを尻目に、ひたすらバイトに明け暮れていた。
「俺には無理だ……」
「どうしたの?」
「そもそも話題が無い」
「あるでしょ、お堅い奴が」
お堅い奴ってなんだよ。あれか、経営者はクソしか居ねえとか。そりゃネタじゃなくて愚痴って言うんだよ。
どこにも採用されずに腐ってたからな。葉月のことも信用できなかったし。
「あの、無理してお話しされなくても結構ですよ」
「ああ、やっぱり拒絶された……」
「違うってば。あたしに説教したみたいにすればいいの」
説教じゃねえ。愚痴だ。ひたすら腹に抱え込んでた不満を、全部葉月にぶつけただけだ。卑怯者だよな。圧倒的に立場が上の存在だからこそ、言いたいことを言って、泣くまで追い詰めたんだから。
それでも葉月は俺しか居ないと縋った。なんか可愛い奴だ。
「えー。そのー。葉月お嬢様とは、なぜ友だちに?」
「私の周りには居ないタイプでした。興味本位もありますよ」
「どのような方と交友関係を?」
「総合商社代表取締役のご令嬢、都市系銀行頭取のご令嬢などでしょうか」
なんだそれ。俺とは次元が違う。飲食店や引っ越し業者に、倉庫の仕分けにピッキング。そんなバイトを複数。似たような境遇の連中や、リストラで已む無く働くおっさん。定年退職して部下が何人も居たとか、過去自慢するジジイ。
そんな連中しか俺の周りに居なかった。
ついでに上司と言えば理不尽な連中ばっかり。
「育ちが根本から違う」
「それは仕方ないと思うけど」
「共通する話題が無いぞ」
「そうかなあ」
ハイソなお嬢とは住む世界が違いすぎるんだよ。今でこそ、こんな屋敷で働いていて、葉月とタメ口で話をしているが。中身は極貧バイト野郎だ。モテ要素ゼロだったんだぞ。
現状が奇跡なんだよ。
「あの、ご趣味は」
「声楽でしょうか。他には印象派の絵画などを鑑賞するのが好きです」
声楽? カラオケとかじゃなく。声楽ってそもそもなんだ?
印象派? あれか、ルノワールとか。
「声楽って?」
「声を楽器の代わりにして表現する音楽。カンタータとかクワイヤとかオペラがそうだよ」
「よくわからん」
教養の無さが露呈してる。
「今度一緒に行く? オペラコンサート」
「楽しいのか?」
「嵌る人は嵌る。ドン・ジョバンニとか魔笛とか、タンホイザーにカルメンとか有名だと思うんだけど」
あかん。葉月もやっぱお嬢だ。教養のレベルが高い。変態だが、やっぱお嬢様なんだよ。
「第九は?」
「あれは違う。合唱付きって奴だから」
とは言え、歌い手は声楽家だったりするそうだ。
「直輝も触れれば魅力がわかるかも。今度行こうね」
「はあ」
「行きたくないの?」
「いや、教養の一環としてなら」
花奈さんにチケットの手配を頼んでおくそうだ。本来は俺の仕事だが、知らないことをやれと言っても酷だからだと。葉月のおすすめから選んでおくとか。
ついでに花奈さんから少し教えてもらうといいと。
花奈さんはやっぱ優秀なメイドなんだ。教養のレベルも俺とは段ち。
「あ、あの。日本の音楽も好きですよ」
割り込んできた。俺と葉月で話してたからか。
「どのようなものでしょうか?」
「臨月に収録されている曲などです」
えっと、みゆきさん……。しかも古い。渋いしちょっと暗いイメージ。
最近の流行りものじゃない。
「最近のものは?」
「……」
「無いのか」
「あのさ、そこで、じゃあ俺が流行りの曲を教えるよ、って言えばいいのに」
ああ、そうか。そうやって近付いたり接点を作るのか。
女性経験の無さが恨めしい。
そろそろ六時を回り帰った方が良さそうな時間だ。
「楠瀬様。そろそろご帰宅された方がよろしいかと」
部屋の時計を確認すると「そうですね」とだけ。
葉月を見ると「まだ大丈夫だと思うけど」とは言ってるが、送り届ける必要もあるだろ。
「ご自宅までお送りしますか?」
「いえ。最寄り駅までで結構ですよ」
「家まで送るつもりだったの?」
「お客様だし。ご令嬢だし」
電車通学してるから、そこまで気を使う必要はないらしい。
少ししてから駅まで車で送り届けた。隣には葉月が乗ってる。付いて来やがった。
「では葉月様。ごきげんよう」
「じゃあ、また明日」
「執事の方もお世話になりました」
一礼して駅へと向かって行くお嬢様だ。
結局、ほとんど表情に変化なし。マジであれこそが本物のお嬢様って感じだ。イメージ通りって言うか、愛想が無さ過ぎる気もする。
葉月の部屋に戻ると。
「どうだった?」
「なにが?」
「退屈どころか話題も振れなかったでしょ」
「まあ。そうだな」
だからこそ心配になるのだそうだ。
「笑顔も乏しくて話題も限られてて、話が続かないし」
「そういう性格なんだろ。と思うしかないけどな」
「変えないと、将来つまんない奴しか、周りに居なくなる」
そんなものか。
で、つまんない奴ってなんだ?
「金だけあって中身のないクソガキ」
「なんだそれ」
「御曹司とか呼ばれてる連中。なんの面白味も無い」
「俺にはわからんな」
中身の無さじゃ俺も同じだし。思い知ったぞ。教養の無さを。
「直輝はさあ、うふふを見てもまだ憧れてる? 淑女とか」
「あれは極端じゃないのか?」
「もう少し砕けたのも居るけど、でも似たようなもんだよ」
葉月が言うんだから大差ないのかもしれん。まあ育ちの悪さから、釣り合いが取れないのは確かだ。葉月があまりにも変態過ぎるだけで。
ある意味、こいつの執事になったのは、運が良かったのかもしれない。
これだけ気さくで、意外にも可愛くて楽しい奴だし。変態でさえ無ければ。
「直輝」
「なんだ?」
「あたしの魅力に気付けた?」
これ、正直に言うと付け上がらないか?
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃないでしょ。すごく付き合いやすいでしょ」
「付き合いやすさはな」
「魅力あるでしょ」
ある。マジ惚れそうなくらいに。
「気のせいだ」
「直輝、今夜は吸い尽すからね」
「それは無し」
「一滴残らず吸い尽すから」
風呂で一発、部屋で出尽くすまでとか言ってやがる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます