Epi33 お淑やかさは退屈なのか

 細身のお嬢様だが、それでも後席の狭さのせいか、時々姿勢を変えたりしているようだ。両手は膝の上に載せたバッグの上にある。きちんと両手を揃えてお上品さもあるな。葉月とは大違いだ。葉月は車に乗り込む前に、バッグを後席に投げ出すし。

 シートに座るとスカートがまくれあがって、柔そうな太ももが露わになってるし。


「絵に描いたようなお嬢様だな」

「誰が? あたし?」

「違う。自己の客観視をした方がいい」

「正真正銘お嬢様だけど?」


 自己評価が高いのか、それともそう思うようにしてるのか。少なくとも後席に座るお嬢様とは違うよなあ。

 まあ、見てくれだけは完璧だ。表情次第では惚れてしまいそうだし。


 屋敷に到着しお嬢ふたりを降ろし、車はガレージに仕舞い込む。その間にふたりには先に部屋に行っておくよう促す。

 ガレージはふたつある。ひとつは使用人の車用。もうひとつは主の車用。この車は主用だからそっちに入れておく。中には高級車が複数。ロールスやベントレーの他に、ベンツやアストンマーチンまで揃ってる。カーマニアってわけでもなさそうだけど。フェラーリとかランボルギーニは無い。

 ある程度の実用性は求めてるってことか。


 車を置いて葉月の部屋に行く前に、飲み物やスイーツを用意して持って行く。

 厨房に寄りシェフに声を掛け、必要そうなものをワゴンに載せ、転がしながら部屋まで行きノックをしてドアを開ける。

 すでにふたりとも寛ぎモードのようだ。

 ソファに腰掛けるのはお友だちの方で、葉月はテーブルの前にある椅子に腰掛けてるな。その椅子もきっと高額であろう、肘付きハイバックチェアだし。安物なんてこの家に存在しない。


「楠瀬様。お飲み物をご用意いたしました。どうぞお召し上がりください」

「直輝。あたしには?」

「水でいいか?」

「ちゃんと用意してるんでしょ」


 まあ当然だけど。紅茶を二人前。買ったのか作ったのか知らんが、ケーキをふたつ。

 テーブルに並べてソファから立ち上がり、椅子を引くと腰掛けるお友だちだ。その際「お気遣いありがとうございます」とか言ってる。まあ堅苦しさは幾分あるが、まさにお嬢さまの雰囲気だな。ふたりから少し距離を置いて直立姿勢を取る。

 まずは喉を湿らせると、葉月が口を開くようだ。


「うふふちゃん、見てどう思う?」

「清楚」

「あたしは?」

「変態」


 違うとか言ってる。いやいや、客観的に見れば変態を極めてるだろ。


「あのね、上品そうな皮を被ってても、一皮剥けばあたしと大差ない、そう思ってる」

「理由は?」

「性欲のない人は存在しないから」


 まあ、皆無ってのは確かに居ないかもしれない。ただ、こいつは異常だ。異常性欲者とも言えよう。

 友だちを見ると平然としてるな。謂われなき中傷だと思ったら、少しは反論した方がいいんだが。同意してると看做されるぞ。


「ねえ、うふふちゃん。性欲あるよね?」


 こら、否定も肯定もしないからって、同意を促すなっての。


「ご想像にお任せいたします」

「ほら、こんな優等生的発言するんだよ。このせいでみんなから、つまんない奴って言われて」

「じゃあ学校内で浮いてる?」

「だからね、あたしが友だちになってるの」


 ボランティアかよ。でだ、お友だちを見るとやっぱ表情に変化なし。

 楽しいのか、つまらないのか、それすらも表情から読み取れん。葉月は表情が豊かでわかりやすいな。


「うふふちゃん。オナニーするでしょ」

「ご想像にお任せいたします」

「しないはずないんだけど、でもご想像にお任せなの」

「そんな質問にまともに答える必要無いからな」


 違うと言ってる。一事が万事この調子なんだそうだ。


「だからね、友だちできにくくて。でも、良家の子女ってのは確かだから」

「だろうね。瑕疵の無い完璧なお嬢様って感じだし」

「そういう子って男の目から見てどう?」

「物語で目にするお嬢様とか、あとは天皇家なんかに該当しそうな」


 裏はどうか知らんが、表では絶対に気品を崩さない。常に優しく微笑みかける天皇家みたいな。尊敬できる部分はあるな。

 家柄が持つイメージを崩さないってのも、大切な要素だろう。凡人にとっては崩れた存在の方が気楽かもしれんが。


「ってことだが」

「ベッドでも同じだったら?」

「いや、それは想像もつかない」

「考えてみてよ」


 考えるも何も、知らんからなあ。上流階級の淑女ってものを。俺はきっと運が悪いんだ。上流階級のお嬢がど変態だった、なんて。全部を同じに見られないだろうし。まあ、フィクションでも女性向けはお上品だし、男性向けは乱れてくれたり、とは言え、ありゃ願望込みだからな。


「子どもをもうけることを考えれば、必要なことはするだろうな。その際の性癖なんて知る由も無いけど」

「だからね、やることはやる。セックスだって。でもそれをおくびにも出さない」


 そんな人が男にとって魅力があるのかと。

 憧れる部分はあるけど、身分の違いから縁の遠さは感じる。葉月がおかしいだけで。


「近しい存在だとは思わない。憧れる部分はあるけど」

「でも付き合ったら退屈するよ」

「それはどうかわからんけど」

「だって、意思表示しないし、セックスしたいと思ったとしても、態度にも口にも出さない」


 それでいざという時に、男の方から切り出して「そのような気分ではない」とか言われたら、白けないのかとか言ってる。

 気分じゃないと言われたら、諦めるしか無いだろうな。無理やりするもんじゃないし。


「うふふちゃんにはね、もう少し感情を出して欲しいと思ってる」

「まあ、悪くはないと思うけど、余計なお世話になってないか?」

「だって、このままだと腹黒男に引っ掛かって、寂しい人生送りかねないよ」

「いや、それはどうかと思うが? 両親だって人を見る目はあるだろうし」


 意外とお節介な性格してるんだな。本人がそれでいいなら、別に周りが口出すことじゃないと思うし、家庭環境がそうなら無理に変えてもなあ。

 でだ、俺から話し掛けてみたらと。

 なにを話せばいいんだ? 俺だって経験が無いに等しいから、なんか話題を振ってもらわないと、話せないんだけどなあ。

 まあとりあえず無難であろうことでも。


「楠瀬様にはご兄弟はおられますか?」

「はい。上に姉がひとり」

「優しい方ですか?」

「そうですね。とても優しく包み込んでくださいます」


 いかん。なんか話し辛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る