Epi31 お嬢と新条件下での一夜

「直輝。遅くなったけど、お風呂入りたい」


 入りゃいいだろうに、いちいち俺にお伺い立てる必要ないし。


「どうせ一緒なんだろ」

「うん」


 準備を済ませ風呂へ向かうが、必ず手を繋いでくる。今はのぼせ上ってる状態なんだろう。俺を好きだと勘違いしてるとか。まだ若いし、往々にして勘違いすることはある。

 大学に通う頃にはきれいさっぱり冷めてるだろうよ。


 風呂に着くと「脱がして」とか言ってるし。

 已む無く服を脱がし下着も剥いでいく。見事な双丘はあれだ、花奈さんが居なかったら、きっと虜になる。パンツを降ろすと目の前になあ。俺の股間はすでに元気いっぱいだよ。さっき花奈さんを相手にしたはずなのに。

 親不孝な俺の息子よ。こんなんだから、葉月が無駄に期待するんだろうな。


「直輝。背中」

「はいはい」

「素手で後ろも前も」

「前は自分でやれ」


 嫌だとか抜かしてる。俺の手の感触を全身で感じたいとか。許可を取った以上、堂々と要求できるとか思ってるよな。これをどうかわせばいいのか。

 言われるままに全身撫で回すなんて、そんな行為はやっぱできない。


「許可取ってるんだよ」

「あのさ、もう少し自分を大切にしようよ」

「なんで? 好きな相手だから、なんでも許せるし、なんでもして欲しい」

「駄目だって。一時の感情に流されてるだけだろ」


 違うと言ってるけど、十代くらいなんて、ほぼ感情のみで動いてるだけだ。気持ちだけが高ぶって冷静な判断は下せない。舞い上がって浮かれて、あとで気付いても手遅れってこともある。

 だから安易に男に体をあずけるもんじゃない。それで不幸になる女子は多い。

 男は基本バカだから、誘われれば喜んで相手する。後先なんて何歳になっても考えないからな。

 だが、ここでは違う。


「お嬢さまとしての振る舞いがあるだろ」

「そんなの知らない」

「いや、だから。家柄に釣り合う相手じゃないと、のちのち後悔するって」

「しない。後悔なんてするわけない」


 今だからそう言えるんだよ。五年後十年後、なんであんな奴とって思う時が来る。

 今後、俺とは違う家柄のしっかりした男と出会った時、思いっきり後悔するんだから。

 男なんて狭量だから、過去の男性遍歴を気にするぞ。

 しかも相手が執事であげく、出自の粗末な貧乏人とかだと安っぽく見られる。

 家柄のいいお坊ちゃんほど、それを気にするんだよ。


「だから無理」

「許可取ったじゃん!」

「だからって羽目外して、やりゃいいってもんじゃない。もっと自分を大切にしろって」

「気持ちに正直になってるだけだもん」


 だろうよ。その気の迷い程度の気持ちにな。


「なあ、俺はさあ、前に話した通り貧乏人だ。なんの取り柄も無い、平民どころか最下層の出だ。普通、そんな奴はこれ幸いとばかりに、いい顔して頂くものは根こそぎ、頂こうとするだろう」

「なんの話?」

「騙して近付く奴も多いってことだよ。金が目当て。俺もそうかもしれないだろ」

「ぜんぜん違う。直輝はそんなの一度も思ったこと無いでしょ」


 金目当てならとっくに要求に従ってると。従わないからこそ信頼できるし、すごく真摯なんだと。

 家柄のいいお坊ちゃんなら、何人も見てきたとか。

 どいつもこいつも見た目で惑わされ、調子に乗って家柄に胡坐をかく、つまらない人間ばっかりだったと。態度こそ紳士然としてはいても、腹の中は真っ黒で、如何に落として取り込むかしかない。そんな下衆みたいな奴らだったそうだ。


「お坊ちゃんなんて、みんなあたしの体と名前と地位と金だけ。物欲と性欲の権化みたいな連中しか居なかった。でも直輝は違った。あたしは前にも言った。直輝は違うって」


 一気にまくし立てたと思ったら、俺が前に言ったことを言い出した。


「経営者なんて人非人だって。じゃあその息子も同じだと思わない?」


 まあ確かに。親が親なら子も子だ。


「強欲で物欲と名誉欲に塗れて、従業員を人として見ない。だったらその息子も同じでしょ。だから、そんな世界と無縁だった直輝がいい」

「それはそうだけど。でもさ、俺だって大金を手にしたら、人格変わるぞ」

「変わらない。変わる人ならとっくに変わってる」


 そんなのわかんねえだろ。実際、大金を手にしてないんだから。目の前に十億積まれて人を殺してこい、とか言われたらやりかねない。

 十億あれば外国に高跳びして、悠々自適な生活も可能だ。犯罪人引き渡し条約を締結してない国なら、日本の司法の手も及ばない。


「ってことだけど?」

「ない。直輝にそんなことできるわけない」

「葉月を連れ去って身代金を要求するかもよ」

「するわけないじゃん。日本の警察はそこまで甘くない」


 あかん。打つ手なしだ。

 俺が前に言ったことも根拠にされてるし。


「マジで、もう少し冷静に考えて欲しいんだけどな」

「考えた。直輝しか居ないの」

「俺なんてどこの会社も雇わない出来損ないだぞ」

「そんなことない。見る目が無いだけ」


 一流を気取る企業と言えど、所詮は雇われ社長の居る会社。そんな会社の奴らに人を見る目なんてあるわけがないと。

 経営が傾いても居座る低レベルな経営者。そんなのが堂々と政治家にものを言ってる。偉そうに。でも実態は傾く経済に右往左往し、クビ切りと事業の切り売りで生きながらえる、その程度の何の役にも立たない奴しか居ないとか言ってる。

 俺以上にボロクソ言うなあ。


「見る目が無いから。だから経営を立ち直らせられない。でしょ?」

「なんか。まあさすがと言えばいいのか」


 俺よりやっぱ優秀だ。


「セックスはしなくていい。でも抱き締めて欲しい。直輝の手の感触を感じたいの」


 これ以上は無理か。もう泣きそうだし。どんだけ俺に惚れたのか。線引きさえしっかりしていれば、これ以上拒む理由も無いのかもしれない。

 とんだお嬢だ。きちんと教育を受けてるのに、どこまでもアホだ。でも、それが愛らしく見えるから困ったもんだ。

 抱き寄せてみた。


「直輝……なんか当たってる」

「ほっとけ」

「キスして」


 既成事実が積み上げられていく。

 いずれ逃れることもできるかもしれない。そのまま泥沼に嵌るかもしれない。今は先のことはわからないが、傷物にした、なんて言われないよう、最後の一線を超えなければいいんだろう。


「なんだよ。嬉しそうだな」

「だって、キスしてくれた」


 ヤバすぎるくらい可愛いんだよ。

 なんだこの生き物。惚れそうだ。

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