Epi30 嫉妬のメイドとお嬢さま

 花奈さんの嫉妬は凄かった。俺なんかに嫉妬してもらえるって、光栄なことだけど、葉月にしても花奈さんにしても、俺のどこが良くてと思う。つい三か月前まではただの極貧就職浪人だったのに。


 已む無く、食後に花奈さんの部屋に行く。

 何度も訪れた部屋だ。ベッドサイドにぬいぐるみが少々。他は至ってシンプルな室内。過度な装飾も女性らしい雰囲気もあまり無いけど。


「あの、マジで花奈さんとは結婚まで視野に入れてるんで」

「直輝さん。人の心は移ろうものです。お嬢様を相手に選んでも私は祝福しますよ」

「だから、そうじゃないって」

「大丈夫です。覚悟はしておきますので」


 なんでこんなマイナス思考になってる? マイナス思考は俺だけで充分だろ。花奈さんには葉月に無い魅力がある。年齢差なんて考える余地もないほどに。

 これをどう伝えればいいのか。

 仕方ない。気持ちを伝える手段になるのかどうか。


「本気だって証拠を見せる」

「無理はしないでく――」


 話してる途中遮ってのキスだ。濃厚な奴を何度でも。少し避ける感じだったが、すぐに体をあずけてきてる。

 互いに気分が盛り上がってきたら、あとは野となれ山となれ。


「直輝さん……積極的なんですね」

「花奈さんだから」

「本気で待ってしまいますよ」

「今度、うちの両親に紹介するから」


 やっと笑顔になった。信用されたと思っていいんだろう。

 経験不足ゆえに、無駄に嫉妬させた気もするが、態度でもって示せばなんとかなるもんだな。

 行為のあとはお嬢の部屋に行く。なにしてた、とか文句言われそうだけど。


「じゃあ、俺は仕事がまだあるので」

、なんですよね」

「そう。これも給料の内」


 葉月の相手はあくまで仕事。近い将来、花奈さんと結婚するためにも、必要なことだ。しっかり稼がないと貧乏暮らしを強いることになるし。

 あれだな、将来的には俺がここで執事をやって、花奈さんには専業主婦でもいい。メイドを希望するならそれでもいいけど。経済的に安定はするだろうし。

 新居を用意したいな。ふたりの愛の巣だ。通勤はしんどいかもしれないけど、好条件の仕事なんて早々ないし。


 花奈さんの部屋をあとにし葉月の部屋に向かう。

 出掛けに濃厚なキスを交わして。


 寮の玄関先になんか居るんだよ。なんでそこで待ち構えてるのか。


「倉岡さん、どうした?」

「あ、あの。お嬢様とは」


 こっちもあったんだよ。なんか絶望してたし。でもさあ、マジで悪いけど倉岡は無いんだよ。研修中の新人だから、フォローすることはあっても。


「お嬢さまは仕事。俺の本命は花奈さん」

「えっと、あたしは?」

「新人メイドさん。同じ仕事仲間。それ以上は意識してないから」


 なんか、多少でも期待してたってか? でも、無いものは無い。俯いて寂しげな表情を見せるけど、最早俺の気持ちは揺るがない。花奈さん一択。他は仕事仲間。

 葉月にはいずれまともな男ができる。今は舞い上がってるだけで、少しすれば目も覚めるだろう。


「あの、でも、待ってますから」

「いや、それもどうかと」

「少しは希望を持ってますからー!」


 そう言って走って階段駆け上がって行った、と思ったら蹴躓いてるし。階段の途中で「痛い」とか言ってるし。手のかかる子だなあ。それと意外に執念深そうだ。

 コケてるから手を貸すしか無いよな。


「大丈夫か?」

「ごめんなさい」

「いいけど、気を付けような」

「はい」


 手を取るとギュっと握り締めてくるし、潤んだ瞳で見つめてくるし。こいつもマジで惚れたとか無いだろうな。

 立たせてやると、だから抱き着かないで欲しい。

 見上げる瞳には希望の灯火でもあるのだろうか。


「希望は捨てません」

「捨ててもいいんだけど」

「いいえ。心変わりに期待してます!」


 そう言うと勢い離れて、また駆け上がり、コケそうになりながらも部屋に向かったようだ。

 もう少し落ち着いて行動しようや。


 葉月の部屋の前に来た。

 旦那や奥様との話は終わってるだろう。ノックしてみるが返事は無いし、ドアが開く気配も無い。居ないのか?

 ドアを開けると室内は真っ暗だ。つまり居ない。まだ話の最中かもしれない。

 どうするか。


 旦那の部屋に居るかもしれないから、行ってみるか。

 で、旦那の部屋の前に立ち、ノックしてみると返答がある。ドアを開けて一礼し葉月が在室していないか問うと。


「母の部屋に居ると思う」


 だそうだ。

 大奥様の部屋に居るのか。つまりだ、旦那と奥様とは話が付いた。大奥様に話を通して許可を得ようとしてるのだろう。

 どこまで許可したのかは知らんが、旦那は話す気も無さそうだし、直接本人の口からってことだろう。


 大奥様の部屋に来るとノックしてみる。


「どうぞ」


 ドアを開けて一礼し中を見ると、居たよ。ひとり掛けのソファに腰掛ける大奥様と、その手前に立つ葉月だ。


「どうしましたか? 葉月なら用件も済みましたから、部屋に戻すところですよ」


 どうやら話は付いたようだな。結果がどうかは知らんが。

 ただ、葉月の表情が優れないから、要望の半分も通らなかったんだろう。性交なんて絶対許可しないだろうし。キスは許可したとしても。


「では部屋までお連れいたします」

「そうね。そうしてちょうだい」


 葉月を連れ出すために手を差し出すと、おずおずと手を出し繋いでくる。

 それを見た大奥様はなんか、微笑ましいものを見るようだな。まあ、可愛い孫娘なんだろう。多少の融通は利かせるが、それでも駄目なものは駄目と。

 深く一礼し部屋をあとにし葉月に尋ねてみる。


「どうだった?」

「不完全」

「どう不完全なんだ? 性交は駄目って言われたか?」

「キスはいい。直輝は触り放題、あたしは握り放題。でもセックスは駄目だって」


 当たり前だ。それでもお触りし放題とか、握り放題とか頭沸いてる。

 誓約書は明日にでも新たに作成したものに、俺の署名をしてもらうそうだ。マジで触り放題が許可されたようだ。アホすぎる。箱に仕舞って出さなきゃ、ずっときれいなままなのに。


「あと、直輝が出すのもいい」

「出す?」

「あたしの手とか口で」


 猛烈に頭が痛い。口まで許可したのかよ。あの婆さん、孫娘に何を教えてるんだ?


「素股もいいけど、絶対入れたら駄目だって」


 噴いた。


「どうしたの?」

「バカ過ぎだ」


 由緒ある良家の子女が素股とか、なんの冗談だよ。常識で考えたら問答無用で却下される案件だろうに。

 やっぱ変態家系なんだ。

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