Epi29 少しの進展とお嬢の心情

 湿っぽい話になったな。

 いつもは底抜けなお嬢だけど、さすがに俺の過去を知れば、多少でも同情されるのか。これでエロい欲求が少しでも収まればいいんだが。


「向後」

「なんだ?」

「抱いていい」

「アホだろ」


 アホじゃないとか言ってる。俺の境遇が想像以上だったから、お嬢の体で癒してあげるんだとか抜かしてやがる。


「ぴちぴちの体なら癒せると思う」

「だから、それは卒業まで待て」

「だって、嫌われたままだとあたしが辛いもん」

「嫌ってるのは、世に蔓延る人外の経営者だ。人非人だ」


 お嬢がもっとまともな性癖なら、とっくに惚れてる。見た目パーフェクトな愛らしさ。見事なスタイル。性格も悪いわけじゃ無い。ただ変態なだけだ。限度を超えてるからな。


「普通に接してくれれば、お嬢なら問題無い」

「お嬢じゃないっての。なんで名前で呼んでくれないの」

「それはだな、主従の関係性だからだ」

「違う。あたしはそんなこと思ってない」


 胸元に頭押し付けて「好きなだけなのに」とか「本気で向後が欲しいだけなのに」だそうだ。泣いてるのか?

 鼻をすする音がするし。さすがに堪えたかもしれん。

 純粋に愛する気持ちだけで接してるなら。


「なんで名前呼びに拘るんだ?」

「だって、距離がぜんぜん縮まらない」


 まあそうだけど。だって主従の関係は事実だし。恋人同士ってのは花奈さんだろ。


「名前で呼ぶと距離が縮まるのか?」

「今よりマシ」

「そうか。じゃあ、曽我部お嬢さまとか?」

「なんで! そんなのぜんぜん遠ざけてる」


 怒ってるし。胸叩くなよ痛いから。多少鍛えはしたけど、打撃には弱いんだからさあ。

 仕方ない。


「葉月」


 顔を上げて見てるよ。涙流れてる。そうしてると可愛いんだけどなあ。


「向後」

「俺は苗字呼びか?」

「いいの? 名前で」

「距離縮めたいんだろ?」


 泣きながら笑ってやがる。


「直輝だよね」

「そう」

「じゃあ直輝。あたしにキスして」

「しねえっての」


 なんですぐにそうなる。キスは旦那や奥様と相談して、許可してもらうんだ、とか息巻いてやがる。急に元気になったぞ。


「ほっぺにキスするのに許可は要らない」

「あいさつだからか?」

「そう。海外じゃ普通」


 まあ口じゃないし、海外じゃ確かにあいさつだし。額だの掌は普通だ。日本人だけが妙に意識してるだけで。

 まあ、額は恋人同士でもあるけどな。頬もそうだけど、唇を重ね合わせるわけじゃない。決まり事で禁止されてるキスは、唇を重ね合わせる方だろう。

 でだ、葉月の頬にキスしてやると、実に嬉しそうだ。笑顔がいいな。本気で可愛らしい。


「直輝。あたしからも」


 そっと頬にキスしてくる。

 これ、花奈さんが居なかったら、コロッと惹かれてたな。素のスペックが高すぎるんだよ。まさにお嬢さまを絵に描いたような。あとは変態を治せば完璧だろ。


 夕飯の時間になり食堂に行くが、しっかり手を繋いでやがる。


「直輝の手の感触好き」

「そうか? ごつごつしてないか」

「だから、いい」


 まあ、いいって言うんだから、気にしても仕方ない。


「この手で体中触ってもらえるともっといい」

「それは駄目」

「話し通しておく。許可してもらえばいいんだよね?」

「許可すると思えないけどな」


 押し通すとか言ってるし。今どき、女子高生で処女やってる奴なんて、早々居ないとか言ってるが、そこまで爛れた奴らばっかじゃないだろ。

 ましてやお嬢様学校の女子ともなれば、箱に入れて包装紙で包んで、リボンで装飾されるレベルじゃないのか。


「直輝」

「なんだよ」

「愛してる」


 恥ずかしいこと平気で言うんだな。

 躊躇が無いのはあれか、おおらかなのか、変態だからか。


 食事の最中もご機嫌な葉月だ。時々俺を見て微笑んでる。本当なら一緒に食事をしたいらしい。ただ、それだと親の手前主従関係が壊れる。だから仕方なく今は従うんだとか。

 少しは考えて行動してくれれば、こっちの心労も減るんだよ。


「葉月はなにかいいことでもあったのか?」

「ご機嫌ね」

「教えない。でも、あとでパパとママに相談」

「なんだ? なんでも言っていいぞ」


 言う気だな。体中舐り回せるようにとか。性交まではさすがに無理と理解してるだろう。だからその手前で留まるから、許可しろとか言うんだろう。

 今日中に話を纏めたいんだろうな。そうすれば今夜から楽しめるとか。

 その旺盛な性欲を他に回せば、もっとお嬢さまらしくなれそうなのに。


 主たちの食事が終わると、使用人たちが別室で食事をとる。


「向後さん。お嬢様の機嫌が」

「まあ、いろいろあって」

「言えないようなことですか?」

「えっと、実は頬にキスして互いに名前呼び」


 ちょっと目を丸くする感じの花奈さんが居る。


「仲良くなれたんですね」

「えっと多少は」

「恋する乙女のハートをがっちり掴んでますね。私のハートは?」


 なんか、ちょっと変だ。

 花奈さんはいつも冷静だし、ほぼ動じることも無いのに。


「あの、花奈さん?」

「やっぱりお嬢様は可愛らしいですから、いずれはそうなるとは思ってました。でも想定より早いです」

「いやあの、ちょっと勘違い」

「名前で呼ぶ仲なのですよね? どこでも」


 そうだけど、でもまだその辺は。

 なんか周りのメイドたちの目が。にやけてるし、目が弓形。楽しんでるだろ。そんな中で倉岡が絶望的な表情してるな。少しは期待してたのか?

 でも花奈さんと……葉月が相手だからか。逆玉に乗れて喜ばない奴は居ないとか、そう思ってそうだな。


「どこでもとなると、旦那様とか奥様の許可が」

「許可なんてすぐ出ますよ。きっと抱いてもいいとかなりますね。そうなると私は高校生から見ればおばさんです。直輝さんより四つも上なんですよ。どうしましょう?」


 これはマジの嫉妬だ。

 でも、葉月は可愛いと思うけど、本命が花奈さんなのは変わらない。

 どう説明したら、この難局を乗り切れるのか。経験が無さ過ぎてどうしていいかわからんぞ。


「直輝さんが三十歳の頃には私は三十四歳です。直輝さんが四十七歳の頃には、私は何と五十一歳ですよ。五十代なんですよ」

「いや、そんな年齢なんて気にしてないし」

「私の方が先に老けてしまうんです。ですがお嬢様なら直輝さんより若いんです」

「だから、そんなの気にしたこと無いんだってば」


 誰か、こういう危機を乗り越える手段を。こんな修羅場経験したことないし。

 どうしたらいいのさ。周りの人は面白がるだけかよ。

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