Epi27 自由時間とお出迎え
まとめてお説教。花奈さんはあまり説教染みたことはしなかった。
やっぱあれだ、お局みたいな人や、そこの主みたいな人は口煩いんだよな。バイト先にも居たしなあ。なにかと説教噛まして、決まり文句は「だから使えねえんだよ」と言い放つ奴。
俺を堅いと評した旦那や奥様だけど、堅いのは、今ここに居るメイド長そのものだっての。
「倉岡さん。あなたはまだ見習いなのですよ。無駄話をしている余裕はありません」
少しくらい、なんてのはメイド長には許されないようだ。
で、こっちを見て。
「向後さん。研修中のメイドに無駄に話し掛けないように」
へいへい。
仕事中は私語を慎む。まあ当然と言えば当然かもしれないけど。
お嬢の下着を手洗いし普段着を洗濯機へ。その間、黙々と作業する倉岡だけど、少し凹んでる感じはするな。高卒の見習いメイドだからなあ。あんまり厳しくても逃げ出すんじゃないのか。
メイド長が再びどこかへ行くと。
「あんまり気にしなくていい」
「あ、あの、大丈夫です」
「凹んでるじゃないか。バイト経験が豊富なら、あの程度は耐えられるけど、少ないとね、厳しさで逃げ出しかねないし」
何度も見てる。バイト先での厳しさと言うか、理不尽な物言いに来なくなったバイトを。バイトだから無責任とかじゃない。理不尽な物言いが多過ぎるから辞めるんだよ。叱責は時に必要だけど、しつこいくらいに言われりゃ、誰だって嫌気差すし。
まあ所詮、日本は今も尚、根性論がまかり通る国だ。仕事だろうと勉強だろうと、何もかも根性。非科学的すぎて、すっかり世界に取り残されてる。
洗濯を終えてランドリールームをあとにすると、倉岡から礼を言われた。
そう言えばお嬢から言われたことないな。やっぱあれか、してもらって当然、ってのがあるんだろうな。でも、それだと将来横柄な存在にしかならないだろ。なんでもかんでも、やってもらって当然。仕事だからと言ってしまえばそれまでだけど。それでも礼のひとつもあれば、やる気にも繋がるってものだ。
甘やかしすぎだろ。
さて、午後は暫く自由時間がある。その間、屋敷外に出てうろうろするのもあり。お嬢が学校へ行っている間は、早々呼び出されることもない。ってことで、街ブラ。
特に目的もなくぶらぶらしてる。知った顔があるわけでもない。こんな時間だと、大学時代の同期は仕事してるだろうし。
屋敷の近隣は何気に高級住宅が並ぶ。ゆえに閑静な感じだけど、近くの駅まで行くと相応の賑わい……格好つけた店ばっかりで、やっぱり閑散としてるな。
ブランドに胡坐かいた店ばっかだ。金持ち相手の商売してるんだろうなあ。でも、本当のセレブはこんな店相手にしない。見栄っ張りか成金程度だ。
ひと息吐こうと喫茶店とか探すが、数はあれどなんか高いし、気取りすぎてて入るのもイヤだ。
ぼったくり、とは言わないが総じて高いな。
駅の反対側に出て少し歩くと、比較的安価なカフェがあり、そこで一休みすることに。
店内は質素。ちょっと和のテイストもあるのか。まあ椅子やテーブルは小さいが、このくらいが寛げるな。気取った店は俺には似合わん。
執事を始めてから、ほとんど金を使ったことがない。必要なものはすべて揃う。飯も不要。休日だって食堂に行けば飯は食える。被服費も不要。マジでスマホ代くらいしか負担が無い。
今どきの職場としては圧倒的な好待遇だな。メイド長の説教も待遇を考えれば、我慢もできるってものだ。
むしろお嬢だ。なんとかならんのか。待遇がいい代わりなのかもしれんが、あれに抗い続けるのもひと苦労だし。
暫しのんびり過ごしカフェを後にする。
「そろそろお迎えの時間だな」
屋敷に戻り車に乗ってお嬢の高校へ向かう。
お嬢を降ろした橋の上で来るのを待つ。駐禁じゃないから、停めてても問題は無さそうだ。
ラジオを鳴らし適当に待っていると、ミラーにお嬢の姿が見えた。
一緒に歩いてるのは友だちか。談笑、って言葉がぴったりなくらいに、お淑やかに笑ってるなあ。外面は良さそうだ。
車外に出てお嬢を待つと、気付いたようで小走りに駆け寄ってくる。その際に、友だちであろう人物に会釈し「ごきげんよう」と。そんな言葉初めて聞いたぞ。
「ちゃんと待ってたんだ」
「当然」
さっきの言葉は普段使うのか聞いてみると。
「学校では淑女たれ、って言われてるから」
「へえ、さすがはお嬢様学校だな」
「そうでもない。みんなわりと砕けてるし、下ネタたくさん話すし」
「それは前にも聞いたな」
ただ、校外に出るとお淑やかさの演出も必要だとか。品格を保った行動と慈愛の精神だそうだ。
低偏差値の共学校と違い、外面も大事なんだろう。
「向後。夜は吸うからね」
「駄目」
「いいじゃん。少し先っぽだけでも」
「駄目」
少しは融通利かせろとか言ってるが、それは融通以前の問題だ。
お淑やかであれ、の精神はどこに捨ててきた。ただの色欲魔だろ。
「じゃあ、キス」
「駄目」
「前も言ったけど軽いのならいいと思う」
「旦那様と奥様からの許可を得たら」
車内で地団太踏むな。車が無駄な挙動するだろ。
「向後」
「なに?」
「あたしのこと、嫌いでしょ」
「嫌ってはいない」
たぶん俺を見てる。こっちは運転に集中してて、前を向いてるから表情は不明だけど。まだ慣れてないから、横向いたり振り返ってみたり、器用な真似はできない。
ほんの一瞬、視線を動かすので精いっぱいだな。花奈さんはその点で運転が上手いよなあ。軽やかに車を扱ってたし。
「好きでもないでしょ」
「まあ」
「どうしたら振り向いてくれるのかな」
「それは俺にもわからん」
現状、お嬢の一方通行。最初見た時は、めちゃ可愛いとか思ったけど、中身が腐れたど変態だった。ゆえに一気に幻滅したのもあるし。
もう少しお淑やかな、如何にもお嬢様の風情があればなあ。もしかしたら気持ちも揺れたかもな。
「ってことだが」
「お淑やかなんて、退屈するだけだよ」
「知らないから憧れる部分はある」
「じゃあ、退屈する見本を見せてあげる」
なんだそれ、と思ったら友人をひとり、紹介するそうだ。
「箱入りも箱入り。男子と話しをしたことの無い女子。バカみたいに、どこでも礼儀正しくて少しも姿勢が乱れない。あげく、下ネタにも付き合わないし」
退屈すぎて一緒に居ると会話が続かないとか。
続かないのは、お嬢が変態過ぎるからじゃ?
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