Epi26 お嬢さまの通う女子高

 屋敷からお嬢の通う高校までは、渋滞さえ無ければおよそ二十分で到着する。

 ただ、山手線内にあるから、朝の道路は確実に混雑するだろう。まず都道から首都高へ入りそのまま都心部へ。


「免許取ってどのくらいだっけ?」

「ひと月ほどです」

「事故らない?」

「それはなんとも」


 俺と一緒ってことは一蓮托生。もらい事故は防ぎようが無いけど、それ以外は注意しすぎと言うこともない。一般道はわき道から人やチャリも飛び出すし。車も一時停止せず突っ込んでくるし。

 まあ、お嬢を乗せている以上、慎重に運転する必要はある。

 それと最近多いのは煽り運転だな。一応、こっちは初心者マーク付けてるけど。問答無用で煽るバカには事欠かないだろう。その際は旦那の顧問弁護士に頼むそうだ。検察や判事に限らず、マスコミにも知り合いが居るとか。二度と復帰できないよう社会的に抹殺するらしい。手段は知らんが。敵に回したら怖すぎる相手だな。


「事故って死んだら向後と一緒に墓に入りたい」

「そうならないよう、慎重に運転いたします」

「敬語要らないんだけど」

「ああ、そうでしたねえ」


 外苑インター出口から一般道に入ると、やっぱあれだ、混雑具合が酷いな。


「そう言えば制服、セーラー服なんだな」

「知らなかったの?」

「いや、何度か見てたけど、こうしてちゃんと見るのは初めてだな」

「可愛いでしょ」


 ブレザーの方が今どきはお洒落なものが多い、そう思うけど、これはこれで悪くはないか。


「まあ、馬子にもって奴か」

「馬子じゃない。ちゃんと着こなしてる」

「そういうことにしておこう」

「向後。帰ったらチ〇コ吸う」


 吸わせるかっての。

 のろのろと一般道を進み、四谷見附橋を通過し左折しさらに左折。橋の上で停車しお嬢を送り出す。歩道に駐輪場があるのか。


「お嬢様学校だっけ?」

「ただの女子高」

「中高一貫校だろ」

「そうだけど、あたしは小学校で受験したから」


 やっぱりそうだよなあ。男子との接触が無かったから、こんな変態が出来上がったんだ。明け透けすぎて股間もガバガバだったりして。

 男子が居れば多少でも意識するし、男に対して品定めの目も厳しくなるだろう。見る目を養えず、俺みたいな奴に惚れ込んだ。共学だったら俺なんて選ぶはずも無い。


「車通学って」

「禁止。でもうちは特別」

「まあ、そこらのお嬢とは違うし」

「ちゃんと放課後迎えに来てよね」


 仕事だから確実に迎えに来る、と言ってお嬢を送り出した。

 それにしても、小さいのから大人っぽいのまで、様々な学生が歩いてるなあ。車内から見てると、ああそうか。すぐ傍に大学もあるからだ。

 幼稚園から大学まで駅前に集中してるから。


 一旦、屋敷に戻り、お嬢の部屋の掃除や片付けなどをする。

 掃除と言っても、毎日やってるから埃もほとんど出ない。俺が付く前は他のメイドがやってたみたいだし。

 ちなみにお嬢の机の中身は「見ていい」と言われてる。隠すようなものは無いとか。だからと言って用もないのに、机の中を漁ることも無いけどな。興味無いし。

 クローゼットの中や衣裳部屋も同様。下着に関しては頬ずりして舐めて、頭から被って穿いてもいいとか、沸いたことを抜かしてた。「高級品だけど向後は特別。汚して欲しい」じゃねえっての。


 そんな変態染みたことはやらん。


 昨日購入したソファ。期待してたんだろう。きっちり突っ撥ねたけど、やっぱショックだったか? 楽しみにしてただろうし、俺なんかと語らって、愛し合えると思ってたんだろう。

 あいにく、愛情が無いからなあ。花奈さん居るし。あっちは大人だし。


 衣裳部屋の一部に俺の服だの下着も置いてある。

 お嬢の服や下着に比べると、ごく少量しか無いな。お嬢の普段着、何着あるんだよって。靴も鞄も帽子も。しかも制服まで複数。部屋中溢れ返ってるし。着てない奴は捨てるとか、そんな発想に至らないのか。ただのコレクションとか。

 使用済みの服や下着類は、メイドたちの井戸端会議場となってる、ランドリールームへ運び込んで、なぜか俺が洗うことになってる。


 あとは、この掃除機、業務用だよな。セントラルクリーナー方式らしく、壁にホースの差込口付いてるし。個人宅には珍しいよな。おかげで室内に排気が出ないから、掃除の効率もいい。どれだけ高性能なフィルター搭載、なんて謳っても排気ゼロには敵うまい。そもそも埃が舞い散らないからな。


 パウダールームの洗面台も洗っておく。鏡は高すぎて上に手が届かないから、脚立でもって磨き上げておく。

 歯磨きや洗顔で水を跳ね飛ばすことはないが、それでも毎日清潔さを保つ。


 ベッドメイクもきちんとこなす。昨日はひとりで寝ていたからか、雑に掛け布団が丸まってるし。シーツもヨレヨレだ。どんだけ悶えてたんだ?

 枕も四つあるのに、ベッドの上に残ってるのはひとつだけ。あとは放り出されてるし。寝相悪いんだよ。ベッドがでかいから問題無いけど、小さいベッドなら転げ落ちてるんだろう。

 ついでに、ベッドには布団乾燥機をセットしておく。

 汗を掻いているから、しっかり乾燥させてダニの繁殖を防ぐ。これも毎日だ。


 お嬢付きってことで、この部屋の掃除が終われば、あとは迎えに行くまで自由時間。とは言え、体術訓練は今も続いてる。

 午後の一時間はそれに充てられているからな。


 洗濯物を持ってランドリールームへ行くと、例のあれが居た。


「あ、向後さん! お洗濯ですか?」

「えーっと倉岡さんだっけ。研修は?」

「今日はお洗濯を」


 洗い方や干し方、畳み方なんかを仕込まれてるらしい。俺も仕込まれた。

 お嬢の下着は洗濯機でガラガラ回すと、生地が傷むから手洗いが基本とかで。洗濯ネットでガラガラは? と尋ねたら「手抜きするとバレますよ」だそうだ。

 さすがに最初は恥ずかしいし手間取ったが、今は慣れた。所詮変態の着てた下着だし。


「メイド長は?」

「少し外してます」

「厳しいのか?」

「とても厳しいです。言葉遣いも動きも注意されてばっかりで」


 俺の教育係が花奈さんで良かった。なんか優しいし目を吊り上げて叱責、なんてのも無かったし。

 少し話をしているとメイド長が来た。


「無駄話をせずに集中して仕事をするのですよ」


 それと俺に向かって「屋敷内では誰にでも敬語が基本です。あなたはすぐフランクになりますが、決められた場所だけと覚えておきなさい」だそうだ。

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