Epi24 誰もが一度は通る道

「あたしが養ってあげる」


 アホなことを言い出すのはお嬢だ。

 恋人同士として如何わしい行為に及べば、俺は股間を失い無職になるだろう。

 ゆえにだ、最低限高校を卒業するまでは、関係性を進展させるわけにはいかない。進展させたくもない。花奈さん居るし。お嬢には悪いけど。


「親の金で生きてる間は、そこまでわがまま通らないと思うぞ」

「だって」

「気持ちは理解するが、残り一年も無いんだから我慢するしかない」


 しょげるなよ。なんか悪いことしてるみたいだろ。


「それにさ、大学にでも進学すれば、いくらでもいい男は居るだろ」

「居ない。前にも言った。御曹司なんて甘えた坊ちゃんは要らない」


 絶対マザコンだとか抜かすし。その根拠はなんだよ。

 親の金ででかいツラするバカも要らない、とか言ってる。それ、お嬢もだぞ。とは言えないけどさ。

 体目当ての下衆も要らないとか、顔だけで判断するバカも要らないとか、学校の勉強だけできるバカも要らないとか。まあ好き放題言ってやがる。


「向後みたいな人は、あたしの周りに居なかった」


 どいつもこいつもおべんちゃらばっかり。媚びへつらい親への顔つなぎ。

 誰もが金と知名度と社会的立場に群がるだけで、人間としての魅力は皆無だと言い放ってるし。


「でも、向後は違う」

「違わないぞ」

「でもあたしに靡かない」

「股間が無くなるからな」


 それは違うと言ってる。贅沢したがらない、曽我部の名を出せばみんな、平身低頭態度が豹変する。にも拘らず態度に変化がない。だから信用できると。

 世の中、圧倒的な差を見せ付けられると、最早抗うこともできないんだよ。なにか悪巧みなんて考えようもないし。だから素直に従うだけ。まあ、プライベートでは言葉遣いも荒くなるけど。


「向後は、あたしを対等か下に見てる」

「それはない。主だし」

「嘘。いつも適当にあしらわれてる」


 なかなか鋭いな。お嬢さま、なんて口で言ってても、尊敬してるわけじゃないからな。旦那とか大旦那辺りは、仕事ぶりを見れば尊敬する存在だろう。お嬢の前では優しい親を演じてはいるが、ひとたび公の顔になれば、どれだけ厳しい存在か。そうでなければ、巨大企業をけん引するなんて不可能だ。

 才覚あっての今の地位だろう。でもお嬢は違う。まだなんの実績も無い子どもだ。

 尊敬するに至らない。そのせいで態度に出るんだろうな。


「尊敬なんて要らない。愛してくれれば」

「今は無理だな」

「高校卒業したら愛してくれるの?」

「それはわからない」


 花奈さん居るし。


「中条?」

「まあ」

「優秀なのは確かだけど、おばさんだよ」

「あのなあ。たった四つしか違わない」


 女子高生から見れば二十六歳はおばさんか。年齢を感じさせない若さがあると思うけどなあ。癒しもあるし。この前は嫉妬もしてくれたんだよな、勘違いじゃ無ければ。


 そこででっかいため息吐くなよ。


「卒業まで長過ぎる」

「長いとは思わない。経験した上で」

「長い。あと九か月近くある」

「九か月しかない。大学受験で必死こいてると、そんなのすぐに過ぎ去る」


 お嬢は大学もエスカレーターなんだろうよ。受験競争に挑んだのは小学校くらいか? 貧乏人は過酷な受験競争に挑まざるを得ない。私立校なんて通ってられない。生きるだけで精いっぱいなんだから。

 こんな所にも大きな格差があるよな。適当にやってても大学に行ける。卒業もたぶん簡単にできるんだろう。


「好きなのに。愛してるのに」

「惚れた腫れたは仕方ない。気の迷いだと思うけどな」

「気の迷いじゃない。ドバっと出た」

「だから……」


 俺って女性にとってどんな存在なんだよ。溢れただの零れただの。性欲だけ刺激する妙な生物なのか? もしかして言葉を発する性器だったりして。

 人と同じように動く性器。考えただけで気色悪いな。

 そう言えば、昔、そんな感じのが漫画にあったような。確か「風の〇ん〇ろう」だっけか。拾った際に女学生が頬ずりしてたような。今考えるとインパクトあったなあ。ちょっと切ない話だったけど。


 さっきまで異様に盛り上がってたお嬢だけど、すっかり大人しくなったみたいだ。


「まあ、あと九か月経っても俺を好きだ、なんて意味不明な状態なら、その時は相手してもいい」

「意味不明じゃないのに」

「多感な頃だし、あとになれば、なんであんなのと思うもんだ」

「絶対ない」


 今はそう思うんだよ。誰もが一度は通る道だ。どうせ冷める。

 買ったばかりのソファで丸くなってるし。そこまで落ち込むようなことか?

 まあ、少しは可愛げがあると思えるけど。そうしてるとな。普段の性欲全開で迫るよりは、この方がよっぽど健全で好ましい。


 あんまり突っ撥ねてもあれだし。

 軽く頭を撫でてやると、俺を見て、なんか寂しそうだな。


「なんで?」

「落ち込んでるから」

「抱かないの?」

「それはない」


 抱くと言ってもハグだとか言ってる。海外ならあいさつ程度のこと。日本人は接触を嫌うのか照れ臭いのか、それをしてくれないと。

 キスもあいさつ程度のものなのに、それすら許されないだそうだ。


「プレッシャーキス程度なら、許されてもいいと思う」

「なにそれ?」

「閉じた唇同士が触れ合うキス」

「フレンチ・キスとは違う?」


 フレンチ・キスは日本では誤って広がったそうだ。実際はディープキスで情熱的なものだと。軽い唇が触れ合う程度ものは、プレッシャーキスだとか。

 知らんかったぞ。その辺は教育を受けてるのか、日本以外で学んだのか。

 純粋にあいさつ程度ならライトキスもあるとか。それだとつまらないから、プレッシャーキスがいいとか言ってる。


「いずれにせよ許可を得てからだな」

「めんどくさい」

「じゃあ無しだな」

「向後は堅い。なんでそんなに堅いの?」


 住み込みの仕事だからだ。雇用主の娘を手籠め、なんて許されるわけないだろ。常識で考えても。


「だろ?」

「本人がいいって言ってるのに」

「親に許可をもらえばいい」


 堂々巡り状態ってことは、交渉はしてるんだろうな。でも許可が出ないから部屋で強行突破、または既成事実化してしまおうと。

 お嬢はかなり箍の外れた存在だけど、両親はまだまともな思考ができるようだ。

 一線を超えるようなことは許可しない。まだ高校生だと認識してる。


「許可を取れないなら、高校を卒業したあとに好きなだけやりゃいい」


 だからさあ、なんで服脱いでるんだよ。

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