Epi23 ソファがあっても無理

 ただのソファで二百万オーバー。気軽に決めてるけど、庶民の感覚からすれば頭抱えるぞ。高級だなんて言われても、安価なものと比較して、どこが、ってなもんだ。

 いくら金持ちのお嬢とは言え、高校生ゆえか勝手に契約できず、俺が決済することになった。そのためのカードだそうだ。カード端末はいつものことらしく、外商の人が持ち歩いてる。このカード、限度額いくらなんだよ。

 すんなり通ってるし。


「こちらの商品でございますが、すぐにお嬢様のお部屋にお持ちいたします」


 そう言うと配送業者であろう人に指示し、すぐに持ち出されてるし。

 さすがに高級品なだけに、取り扱い方も慎重だな。傷でもつけようものなら、デパートの損失もでかいし信用にも関わるし。


「向後、部屋に行くよ」

「畏まりました」


 早足で部屋に向かうお嬢の後を、と思ったら腕組んでるし。並んで部屋に行き、置き場所の指定をすると、ご満悦な表情のお嬢が居る。

 業者が部屋を出ると俺を見て、いやらしい笑顔を見せてる。


「向後。座るんだよ」


 くそ。どうあっても俺と一緒に座りたいんだな。こんな高級品まで用意して。

 已む無く腰掛けると、勢いよく隣に座るお嬢だ。


「スーツ姿だと堅っ苦しいから、カジュアルにならないの?」

「屋敷内ではこれが標準でございます」

「もっと楽な格好でいいじゃん。あたしがいいって言ってるんだから」

「決まり事なので」


 で、そうなるとまたも直訴しに行くようだ。旦那と奥様にだろう。

 ドカドカと床を踏み鳴らし部屋を出ると、その勢いのまま旦那の部屋のドアを蹴る。


「パパ! 入るよ」


 遠慮なんて一切ない。ドアを豪快に開け放ち、またもびっくりした表情の旦那だ。


「は、葉月? あ、ソファは決まったのか?」

「決めてもう部屋にある。じゃなくて、向後の格好のことなんだけど」

「格好?」

「スーツじゃ堅っ苦しくて、いい雰囲気作れない」


 旦那様、俺を見ても仕方ないぞ。決めたのが誰かは知らんが、俺に決定権はないんだから。


「えーっとだな、ママに相談してくれるかな」

「面倒な。この程度のことならパパが決めてもいいじゃん」

「いや、でもな、俺の一存じゃ決められないから」

「じゃあ、パパはいいのね?」


 いいらしい。って言うか、どうせ反対しても押し通されるんだろう。このじゃじゃ馬っぷりじゃ手を焼かされそうだし。

 部屋を出る時にちらっと旦那を見たら、手を合わせて「ごめん」とか言ってるし。さすがに俺が振り回されすぎてると認識したか。まあ、家族も振り回されてるようだけど。

 部屋を移動し、こっちは蹴らないんだな。ノックをすると奥様が出てくる。


「ソファ決まったの?」

「決めた。部屋にある。それでね」


 部屋に招き入れられ奥様を前に、直談判をするようだ。この家では女性の方が立場が強いらしい。


「あのね、向後の格好なんだけど」

「スーツ姿では嫌なの?」

「だって、堅っ苦しいし雰囲気作れないし。言葉遣いももっと砕けて欲しいし」


 奥様。俺を見ても仕方ないんですよ。決まり事を守ってるに過ぎないんですから。


「そう……。じゃあ、特例で葉月の部屋に居る時だけ、カジュアルな服装も認めるってどう?」

「裸でもいいけど?」

「それだと落ち着けないでしょ」

「じゃあ、カジュアルでいい」


 裸とかなに寝言抜かしてやがる。お嬢は裸がノーマルでも、俺は服着てるのがノーマルだ。

 許可が出て部屋を出ようとすると「お母様にも許可取っておいてね」だそうだ。

 大奥様の許可はやっぱ必要なんだ。


 でだ、大奥様の部屋へ移動するが、立ち入るのは初めてかもしれない。

 さしものお嬢であっても、ちゃんとドアをノックして許可を得てから入室してる。


「向後の服だけど」

「許可してるの? パパとママは」

「してる」

「なら、葉月ちゃんの部屋限定で認めてもいいでしょう」


 部屋から出る時は必ずスーツに着替えること。お嬢の部屋に居る時は自由にしていいと。


「言葉遣いも」

「親しくしたいのね?」

「うん」

「では、ふたりの時だけに限って」


 これも許可された。なんか包囲網が狭まって無いか? 確実にお嬢に食われるよう、事が進んでる気がする。でもさあ、お嬢とあんまり親密になって、することしたら、俺の股間は見納めだろ?

 ますます距離を縮められるだろうし。それでも耐えろってことかよ。なんか理不尽だ。


「向後。部屋では敬語禁止。スーツ禁止」


 くそ。勝ち誇ったような笑顔になりやがって。

 でだ、一旦寮の自室に戻り、カジュアル一式を複数と下着を複数、持ち出すことになった。


「下着は不要では?」

「毎日あたしの部屋に居るんだよ」


 替えは必要か。

 いよいよ逃れるのが難しくなってきた。だが、股間は死守しなければならない。誘いには絶対乗らないからな。

 お嬢の部屋に行き、早速着替えをさせられる。


「賢さは少し劣る感じだけど、気さくさが出たから良しとしよう」


 スーツ姿って賢そうに見えるんだよな。例えアホでも。普段着になるとアホさ加減が出てくるんだよ。もともと賢くない俺みたいなのだと。

 まあ、それでもいいなら仕方ないが、お嬢に食われるわけにはいかない。


「向後、座って」


 隣に腰掛けるとしな垂れてくるお嬢だ。


「あれ、付けてないよね?」

「あれ?」

「貞操帯」

「今は付けてません」


 敬語禁止と言った、と喚いてる。面倒な。

 だから、股間をまさぐるな。なんでこんなに性欲旺盛なんだよ。


「ねえ向後。もっとムード出してよ」

「出ません」

「だから敬語禁止。ムードもへったくれも無いじゃん」


 俺に抱き着いてきて、キスまでしようとしてるし。それ禁止だろ。顔を背けると無理やり向けさせられ、唇尖らせて奪おうとしてるし。

 暫しの攻防のあと、胸元に頭グリグリ。


「向後。キスなんてあいさつだよ」

「許可が出てないからなあ」

「じゃあ、許可してもらったら」

「しないけどな」


 なんでだ! とか文句言ってる。


「そんなにあたしとキスしたくないの?」

「そうじゃなくて、身分が違いすぎるから」

「身分制度なんて無いよ」

「でも現実に執事と主だから、明確に身分差はある」


 俺を見つめてるけど、なんか不服そうだな。口尖らせてへの字になってるし。


「あたしは向後と恋人同士になりたいの」

「それだと執事を辞める必要があるんじゃないのか?」

「じゃあ辞めればいい」

「明日からおまんま食い上げなんだけど」


 追い出されて無職になるっての。

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